好きだという
愛しているという
俺はそう言うけれど
何を根拠にそれを信じられるというのだろう
寄る辺ない想いなど
信じろという方が無理だろう
けれど―――
―――偶には甘やかしたくなってもいいだろ?
百夜通い【第三十四夜】
「……何怒ってんだよ」
「別に…」
人様のベッドの上で盛大にむくれながら、ぷいっとそっぽを向いたままの怪盗に探偵は深々と溜息を吐いた。
帰って来て早々、自分の部屋に電気が点いている事に何の違和感も覚えずに探偵は自室の扉を開いた。
案の定怪盗が今夜も来ていた訳だが…今夜はいつもとは様子が少し違っていた。
帰って来た探偵をチラリと一瞥すると、怪盗は何故だかとても怒った様に頬を膨らませ睨み付けてきた。
そんな風にむくれたままベッドに居座っている怪盗に困惑しながらも、探偵は正直早く休みたかった。
今日は事件帰りで疲れている。
けれど、きっとこのまま放置すれば後でより面倒な事になるのは必至。
正直ベッドに倒れ込みたいのを探偵はぐっと堪えて、何故だかご機嫌斜めな怪盗の説得を試みた。
「あのな…そこ俺のベッドなんだけど?」
「知ってる」
「知ってるんなら退けよ」
「嫌だ。だって退いたら名探偵寝るでしょ?」
「そりゃ…まあ…」
「じゃあ、退かない」
「……はぁ……;」
駄々をこねる子供の様な言い分で、膝を引き寄せ抱え込んでてこでも動かない姿勢を決め込んだ怪盗に諦めの溜息を吐いて、探偵は手近にあった椅子に腰かけた。
一体なんだってこんな目に合わなければならないのか…。
「なあ、…お前さ……何でそんなに今日機嫌悪いんだ?」
「…別に」
「別に、じゃねえよ。理由言えよ、理由。そんな態度取られたんじゃこっちだって気分が悪い」
「………」
その言葉に怪盗は視線を彷徨わせ、そうして漸く困った様な呆れた様な顔をした探偵にその視線を合わせた。
ばつの悪そうな顔で、それでも引き寄せたままの膝に顎を乗せ唇を尖らせる。
「名探偵が悪いんだ」
「一体俺が何したって言うんだよ」
「…誰? アレ」
「は?」
「…名探偵を送ってきた人……誰…?」
「……送ってきた人って……」
今日はいつも通り(…)事件に出くわして。
いつもの様に馴染みの警部を呼んで、捜査に加わって。
無事に解決し、やれやれと帰宅したのだが―――。
「あー……あの人か……」
一通り本日の流れを思い出し、漸くそう声を上げた探偵を怪盗は厳しい顔で見詰めた。
「…仲良さそうだった」
「…は?」
「……帰って来たのに、十七分も門の前で立ち話してた……」
「…お前…見てたのか……。つーか、十七分って……;」
どれだけ正確に見てたんだ、と突っ込みたくなるのをガックリと肩を落とす事に替えて。
探偵は呆れた顔を隠そうともせずに、怪盗に言い聞かせる様に口を開いた。
「あのな、あの人は新しく一課に入って来た人だよ。
今日初めて逢ったんだけど、帰り送って貰ってる途中に偶々ホームズファンだって聞いて…」
「だからって…門の前であんなに話し込む程直ぐ仲良くなる訳?
だって今日会ったばっかりなんでしょ? なのに何でそんなに……ホームズファンって何なんだよ……」
ギリッと奥歯を噛みしめ、目尻にうっすらと涙すら浮かべて見せる怪盗に探偵はどう言って良いか分からず、視線を彷徨わせる。
「…どーせどーせ俺はホームズよりルパン派だし…。推理小説とか詳しくないし……」
言いながら余計にしょぼんとして終いには膝に顔を埋めてしまった怪盗に探偵は思わず天井を仰いだ。
………子供か、コイツは。
「あのな、怪盗のお前がホームズ好きとか言ったら正直引くよ。ルパン好き、大いに結構じゃねえか」
「…でも、名探偵はホームズファンのシャーロキアンじゃないとお友達になってくれないんだ…」
「お友達って…お前なぁ…;」
語彙力まで既に子供帰りしている。
どうしてやろうかと思案して、探偵は椅子から腰を上げると、未だベッドの上に居座り続ける怪盗の隣に腰かけた。
緩くスプリングが上下する振動にビクッと肩を竦ませた怪盗のシルクハットを手早く取ると、ふわふわの髪に手を突っ込んで、探偵はその髪をぐしゃぐしゃと混ぜた。
「わっ…! 何すんだよ…!!」
「バーロ。お前は俺と『お友達』になりてえのかよ」
「へ…?」
言われた意味が分からなかったのだろう。
瞳を大きく見開き首を傾げる様は、あの気障な『怪盗キッド』だなんてとても信じられない。
そんな姿に笑みを浮かべ探偵は再度尋ねた。
「『お友達』でいいのか?」
「えっと…」
「お前は俺の事『友達』として『好き』な訳?」
「違う!! ぜ、全然違う!!!」
「ふーん…」
怪盗の答えに満足そうに笑みを浮かべたまま、探偵はぐしゃぐしゃにしたその髪を漸く撫でつけてやった。
「安心しろよ。ホームズ好きのシャーロキアンの“お友達”は沢山居るけど―――ルパン好きの“好敵手”はお前しか居ないんだからさ」