好きだという
 愛しているという

 俺はそう言うけれど
 何を根拠にそれを信じられるというのだろう

 寄る辺ない想いなど
 信じろという方が無理だろう


 けれど―――




 ―――分かって欲しいと思うのが恋する者の性だ
















 百夜通い【第三十三夜】















「…ねみぃ……」


 ベッドの上、クッションを背にした状態で上半身を起こしたまま『シャーロキアンは眠れない』を読み耽っていた探偵はそう小さく呟いて本に栞を挟み込むと、それを傍らに置いた。
 大きく伸びをして溜息を吐く。

 これは今日予約しておいた本屋に取りに行ってきた物。
 絶版になっていた物が復刊されると聞いて、何ヶ月も前から楽しみにしていた物だ。
 絶版になったとは言え、ホームズの研究本。
 当然自宅の書庫にない筈は無く、読んだ事もあったが、それでも内容が追加されているのではないかと期待して買った訳なのだが……正直眠さの方が今は勝っている気さえする。
 これでは全く頭に入って来ない。

 ホームズと眠気でこれだけ眠気が勝ちを譲ろうとする事なんて、早々無いというのに……。


「…全部アイツのせいだ……」


 そう、全て昨日のアイツのせい。
 あんな近くに居られたら落ち着いて本なんて読める訳がない。
 けれど、そんな態度を見せたら『ホームズの方が好きなんじゃなかったの?』なんて憎まれ口を叩かれるに決まっている。
 そう思ったら仕方なく本に集中している振り、をするしかなかった訳だが……どのタイミングでページを捲ればいいのか、どのタイミングで本を閉じればいいのか、をすっかり見失ってしまった。

 気付けば夜明けで。
 漸く本を閉じ眠そうに目を擦れば、直ぐ近くであの怪盗はクスッと笑った。


『随分熱心に読んでたけど、そんなにその本面白かった?』


 その一言に全部が籠められていた気がする。
 あの野郎は最初から全部全部分かっていて、ずーっと黙りこくっていたかと思ったら、最後の最後にそんな言葉を吐いて帰りやがっのだ。
 性格が悪いにも程がある。


「…あの性格極悪怪盗め……」
「……名探偵。一体何があったか知らないけど、それは随分なんじゃない?」
「…!?」


 ぼそっと呟いた独り言に思わぬ返答が返って来て、探偵はビクッと肩を竦ませた。
 ちらりと視線を窓の方へと向ければ、其処には窓を背にして悠然と佇む怪盗の姿があった。


「こうやって毎夜毎夜通って来る真面目で殊勝な怪盗を捕まえて『性格極悪怪盗』だなんて、酷いと思うけどなぁ…俺は」
「…事実だろ」
「何でそう言うかなぁ…。こんなに優しくて誠実で、料理も上手くて家事全般出来て、格好良くて頭も良くて運動神経抜群な男なんて他に居ないよ?」
「……だから、そう言う事自分でよく言えるよな、お前」
「だって、事実だろ?」
「てめぇで言うな」


 軽く肩を竦めながらも、言った事は間違いないとばかりに真顔で見詰めてくる怪盗の厚顔さに探偵は呆れつつも感心する。


「しかし、…よくそれだけ自分に自信が持てるよな」
「事実だからね」
「…その切り返しが出来るのがすげーよ…;」
「そお?」


 何にどう探偵が呆れているのかなんて素知らぬ振りでのほほんとそう答えるから、呆れを通り越してある意味感心してしまう領域なんじゃないかと探偵は思いながらジッと怪盗を見詰めた。


「お前さ…」
「ん?」
「自信無いとことかねえの?」
「ん? 自信無いとこ?」
「ああ。お前のウイークポイント」


 全部全部揃っている人間なんて、余りにも人間らしくない。
 まあ、この目の前の怪盗が人間離れしている事は幾度も対峙している探偵が一番良く知ってはいたが、それでも興味本位にそんな事を尋ねれば、意外な事に少しだけ怪盗は表情を曇らせた。


「あるよ。自信無いとこ」
「…へぇ……」


 何だか意外だった。
 いつも自信満々の怪盗がこんな風に顔を曇らせる様な自信のない部分があるなんて。

 先を促す様に怪盗を見詰めれば、困った様にその瞳が揺れた。


「でもなぁ…名探偵がそれを聞いちゃんだからなぁ…;」
「ん?」
「…ま、いいか。どうせばれてんだし」
「??」


 怪盗の言わんとする所が分からず、探偵が首を傾げれば怪盗は少しだけ視線を落としフローリングの床を見詰めたまま小さく呟いた。


「名探偵だよ」
「…ん?」
「俺のウイークポイント」
「……は?」


 言われた事の意味が分からず、再度探偵が顔中にハテナマークを浮かべたまま首を傾げれば、怪盗は深くふかーく溜息を吐き、目の前の探偵をただ真っ直ぐ静かに見詰めた。


「だから、俺のウイークポイントは名探偵だって言ってんの」
「……それは……好敵手として認められてると思って良いのか…?」
「………何で名探偵はここにきてまでそういう捉え方しか出来ないのかねぇ……;」


 呆れ半分と残り半分は分かりきっていた、と言わんばかりの感じでガックリと肩を落とした怪盗の態度に探偵は少しだけムッとして、口を尖らせた。


「何だよ、その言い方!」
「事実なんだからしょうがないよ。今日は名探偵が悪い。
 こうやって毎夜毎夜百夜通いを続けようとしている人間相手にその捉え方はないでしょ」
「…だったらどう捉えろって言うんだよ」
「……ったく、これだから劇的恋愛音痴は……」


 半分程度だった呆れが、全てになった。
 溜息を吐いた怪盗が、その次の瞬間にはもう探偵に覆い被さる形でベッドの上に出現した。


「なっ…!?」
「あのね、名探偵。俺はお前が『好き』だって言ってんの。
 惚れた弱み。つーかもう、俺の事名探偵がどう思ってんのか考えただけで俺死にそうなんだけど?」
「……あ、……えっと………」
「分かった? 俺の弱点は――――お前だよ、名探偵」
「っ……///]


 真下にある顔が漸く真っ赤に染まる。
 それで漸く満足した様に、怪盗は口の端に笑みを掃いた。



「俺は、お前の事に関しては何にも自信が無いよ。それこそ情けないぐらいにね」

































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