好きだという
 愛しているという

 君はそう言うけれど
 何を根拠にそれを信じられるというのだろう

 寄る辺ない想いなど
 信じろという方が無理だろう


 けれど―――




 ―――完全に邪険には出来ないのは…何故なのか
















 百夜通い【?〜第二十七夜】















「………どういう、事態なんだ……これは……」


 目を覚まし、左手に違和感を覚え視線だけをそちらに動かせば、視界の先には――――白い塊が居た。
 しぱしぱと何度か瞬きをしてからその塊をきちんと認識するまで数秒。
 そして、探偵は深々と溜息を吐いた。

 強過ぎず、弱過ぎず、けれど決して離れない様に。

 最大限に気を遣いながら、最大限の我が儘で握られている手を確認して、それから手の中の感触に首を傾げる。
 ……自分も何かを握っている。

 さらりとした布の様な感触。
 そして手の先に続いているモノ。

 ………自分が持っているモノの正体に気付いて、探偵は目を見開いた。


「っ……///」


 この状況から察すれば、恐らく先に掴んだのは自分だ。
 確かに昨日彼に声をかけられたのは何となく記憶の片隅にある。

 自覚すれば、無意識だったとはいえ酷く恥ずかしくなる。
 自由な右手で頭を抱え、探偵は困った様に眉を寄せた。

 コレではまるで――――帰って欲しくないと言わんばかりだ。
「……俺、何やってんだよ………」


 ギリッと奥歯を噛みしめる。
 そんなつもりじゃなかったと言い訳した所で、眠っている時の無意識下なんてそれこそ素直に本音を晒したと言わんばかりでより性質が悪い。


「んっ…」
「…!」


 小さく声を上げ、身動ぎした怪盗に探偵はビクッと肩を竦ませた。


「………」


 数秒、石の様に固くなりながら息を詰め大人しくしていれば、再度静かな寝息が鼓膜に届いた。
 それを確認して、漸く探偵は息を吐いた。

 こうなったら知らない振りをしよう。

 そう開き直って、探偵は再び静かに目を閉じた。






























 ―――ひたり


「んっ…」


 額に感じたひんやりとしたその感覚に、しぱしぱと瞬きをし、漸く視界が戻った所で探偵は目を見開いた。


「キッド…」
「おはよう。名探偵」


 顔を覗きこんでいるのは紛う事無く、怪盗だった。
 そうしてそのひんやりとしたモノの正体も漸く分かった。


「…お前、ずっと居たのか…?」
「え…?」


 探偵が問えば怪盗の瞳が意外そうに見開かれる。
 その瞳を見た瞬間、探偵はしまったという顔をした。


「名探偵、起きてたの?」
「…いや、別に……」
「ふーん…」


 口の端を持ち上げて笑う怪盗には何もかもばれてしまっている様で、探偵はばつの悪さにそっぽを向いた。
 その途端ぼたっと額に乗せられていた冷やしたタオルが顔の横に落ちる。
 それに慌てて上を向けば怪盗に再度それを額に乗せられた。


「触んな」
「おや、つれないね。夜通し看病してたっていうのに」
「…頼んでない」
「そうだね。頼まれてない」


 感謝こそすれ、文句を言う筋合いではないのは探偵とて分かってはいたが、いつもの調子を崩せずに強くそう言えば、怪盗はまるで気にしていない様に笑った。


「余計なお世話だって事は俺が一番良く分かってるよ」
「………」


 嗤う怪盗は何処か寂しげで。
 探偵は視線を彷徨わせてから、怪盗をもう一度見上げた。


「……別にそこまでは言ってない」
「そう。ならいいんだけど」
「………悪かった」
「名探偵が謝る事なんて何にもないよ」


 柔らかく笑んで、怪盗はそっと額から頭へと手を滑らせると探偵の髪を一撫でして手を離した。


「熱も大分下がったみたいだけど、今日はこのまま大人しく寝てな」
「…今、何時だ?」
「秘密。でも、もう夜だよ。寝る時間だ」


 まるで子供にでも言い聞かせる様に言った怪盗の言葉に反する様に視線を窓の方へと向けても、確かにその先に見えるのは闇ばかりだ。


「ね?」
「…お前、時々嘘吐くからな」


 言ってから探偵は思う。
 “嘘”とは少し違う、と。

 怪盗が見せるのは嘘というより幻の様な“魔法”だ。


「“嘘”は俺の専売特許だよ」
「ちげーだろ。魔法使い」


 にしゃりと笑った怪盗に探偵がそう言えば、怪盗は意外そうな顔を探偵へと向けた。


「そう言って貰えると嬉しいね。名探偵には――あんまり嘘は吐きたくないから」
「………そうか」


 少しだけ下がった目尻に、何故だか哀愁にも似た何かを感じて、探偵は多くを返す事が出来なかった。
 それでも怪盗は満足そうに笑んだ。


「また明日。それまでには元気になってなよ」
「そうだな。じゃないと怪盗を捕まえらんねえしな」
「そうそう。名探偵はそのぐらいじゃないとね」


 ふわりと翻ったマントを眺めて、探偵はふと手の中の感触を思い出した。
 そうして手元を見詰めた一瞬後、怪盗へと視線を戻せば―――酷く楽しそうに笑う怪盗と目が合った。


「俺のマント、そんなに魅力的だったのかな?」
「っ……!!!」


 熱が頬に瞬間的に集まるのが分かった。
 かっと火照った頬に、一瞬にして頭に血が上る。


「ばーろ!! べ、別に俺は…」
「知ってるよ。“無意識”だろ?」
「うっ…」
「起きてる間よりも、寝ている間の方が時に人間は雄弁だよ」


 クスッと笑って怪盗は今度こそ窓に手をかけた。



「また明日、名探偵。――――良い夢を」

































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