好きだという
愛しているという
君はそう言うけれど
何を根拠にそれを信じられるというのだろう
寄る辺ない想いなど
信じろという方が無理だろう
けれど―――
―――完全に邪険には出来ないのは…何故なのか
百夜通い【第二十五夜】
「これはこれは名探偵。今宵はお越し頂き恐悦至極」
芝居がかった台詞を口にして怪盗は腰を折る。
そうして顔を上げた怪盗の表情は、探偵が知っているモノでもあったが、いつも見ているその表情とはまた違う。
『怪盗』なのだと実感する。
こうして現場に来ると思いだす。
相手が誰で、自分達がどういう関係なのか。
「別に来たくて来た訳じゃねえよ」
「…知っていますよ」
笑った怪盗の笑みは少しだけ暗さを含んでいる。
その意味を知っている癖に探偵は何も知らない振りをして怪盗から視線を外すと、フェンス越しに街を眺めた。
色とりどりのネオンが闇を照らしている。
空の星の光さえ霞む程に、地上の星は騒々しい。
「名探偵が私になど逢いたくないのはよく分かっていますよ」
自嘲気味に怪盗が嗤った。
耳障りだと思った。
その嫌な嗤い声が。
眉を寄せ怪盗へと視線を戻し、探偵は嫌そうに口を開いた。
「…思ってもない事を言うな」
「おや、それは心外。私は思った事しか言いませんよ」
常の砕けた口調ではない。
あくまでも『怪盗』として接する相手に、何故だか探偵は酷く苛立ちを覚える。
「…よく言う……」
「私は怪盗。一夜の幻。ですから、耳当たりの良い言葉を選んではいるつもりですがね」
一夜の幻に“痛み”など必要ないでしょう?
そう言って怪盗は嗤う。
張り付けたポーカーフェイスという名の笑みで、ただ嗤う。
「…どこが耳当たりが良いんだよ」
「…良くはありませんでしたか?」
「全然」
探偵の言った言葉に、怪盗は―――笑みを歪めた。
「………それは、それは………」
ククッと笑った後、堪えきれなくなったのかクスクスと本格的に笑いだしてしまった怪盗に探偵は眉を寄せる。
「何が可笑しい」
「いや、…名探偵はホント……可愛いなって思ってさ」
口調が戻っている。
張り付けたポーカーフェイスの代わりに見慣れた笑みがその顔に覗く。
そうして、言われた言葉を脳内で反芻して―――探偵はハッとした顔を浮かべた。
「気付いた?」
「ち、違う…! 俺は別に…」
「知らなかったな。名探偵がそんなに俺に『逢いたがってる』なんてさ」
「っ…!」
耳当たりが良くないと確かに言った。
怪盗の纏う『怪盗』としての雰囲気も。
どこか壁を作る様な独特な空気も。
張り付けた笑みも。
何もかも気に入らない風を見せてしまった。
けれど―――。
「ほーんと、こんな手に引っかかるなんて…名探偵もまだまだだねv」
―――それが全部、怪盗の意図的な行動である事に気付かなかったなんて。
「違うからな! 俺は別に…」
「はいはい。自分でも無理があると思う言い訳しないの」
「るせー! 大体、何だよお前! さっきのアレは演技かよ!!」
「失礼だな。アレはアレで『怪盗キッド』だよ。出逢った頃の俺はあんな感じだっただろ?」
ふわりとマントを翻し、怪盗は音も立てずにフェンスの上へひらりと舞った。
そうしてフェンス上から探偵を見下ろしまたクスリと笑う。
「あの時の俺は名探偵を『好敵手』だと思ってたからな」
その頃を懐かしむ様に言った怪盗を探偵は訝しげに見詰めた。
「だったら今は何だと思ってんだよ」
そう探偵が返したのもきっと怪盗の予測通り。
探偵が遅れてそう気付いたのは、怪盗の言葉を聞いた後。
「決まってんだろ。世界で一番――――『大切な人』だよ」