好きだという
 愛しているという

 君はそう言うけれど
 何を根拠にそれを信じられるというのだろう

 寄る辺ない想いなど
 信じろという方が無理だろう


 けれど―――




 ―――完全に邪険には出来ないのは…何故なのか
















 百夜通い【第二十四夜】















「…灰原」
「何かしら?」
「昨日のアレのどこが『急用』で、誰が『具合が悪った』んだよ」


 お隣の地下室でパソコンを叩く哀の横顔を見詰めて、探偵が抗議の声を上げても、哀は至って涼しげなその表情を崩さなかった。


「あら、怪盗さんが貴方にそれはそれは逢いたがって今にも事件現場に押しかけそうだったんだから『急用』でしょう?
 それに、彼の体力が異常なだけで怪我の程度から言わせて貰えば彼は未だ『具合が悪い』筈、よ」


 何処にも悪びれる様子など無く、いけしゃあしゃあとそんな事を宣って下さった哀に探偵は溜息を吐いた。


「ったく……。アイツにどんな賄賂貰ったんだか」
「そう思うなら、それ以上の賄賂で買収する事ね」
「………」
「そう言えば、新作の発表会もう直ぐだった筈だわ」


 手近の雑誌を引き寄せてそんな事を言って下さる哀の視線が落とされているのは、彼女のお気に入りのブランドのページだ。
 …成る程、そういう事か。


「何が欲しいんだよ」
「そうね、丁度新しいバッグでも欲しいと思っていた所なんだけど…」
「…母さん経由で手回しとく」
「有難う」


 極上の笑顔で返されて、探偵はガックリと項垂れた。


「…俺がどんだけ昨日急いで帰って来たと思ってんだよ」
「あら、そんなに怪盗さんが心配だったのね」
「………」
「人間図星を刺されると何も言えなくなるものね」


 クスッと笑われて、探偵は諦めた様に天井を仰いだ。


「…馬鹿だと思うだろ」
「いえ、別に。ただ、難儀だとは思うわ」


 探偵と怪盗。
 正反対で宿敵。
 そんな相手に好敵手以上の執着を抱くなんて――。


「…ホント、俺もそう思うよ」


 諦めた様に笑った探偵の顔を、それでも哀は悪くないと思った。















「めーたんてーv」
「…お前、ホント段々遠慮無くなってきたよな;」


 スーパーの袋片手にそれはそれは堂々とリビングの窓から侵入してきた怪盗を呆れた眼差しで見詰めても、返って来るのはにしゃりとした笑みだけ。


「だって名探偵俺の事待っててくれてるし」
「思い上がるな。勘違いだ」
「全く、そんな照れ隠しも可愛いけどねv」
「…お前その勝手な脳内変換止めろ」


 スーパーの袋をダイニングテーブルに置き、冷蔵庫へその中身をてきぱきと怪盗が詰め込んでいくのを、ソファーに座ったまま眺めていた探偵は、ふとある物に視線を止めた。


「…またチョコアイスか?」
「うん。俺のおやつv」
「………なあ、…」
「ん?」
「お前、…もしかしなくてもソレ好きなのか?」
「うん。大好きv」
「………イメージ崩れる」
「…それは言わないお約束だよv」


 しっ、と言う様に人差し指を口元に当て、怪盗は笑う。
 悪戯っ子の様な笑みで。
 それが酷く様になっていて、逆に不思議に思うぐらい。

 探偵が思わずそんな怪盗の表情に目を奪われた刹那、怪盗はまた別の笑みを浮かべそれはそれは嬉しそうに探偵を見詰めた。


「でも、嬉しいな」
「は?」
「名探偵が俺に興味を持ってくれるなんて」
「興味……?」


 単語を追う様に首を傾げた探偵に一歩一歩怪盗は近づく。
 そうしてソファーに座っている探偵の前まで来ると、視線を合わせる様に前屈みになり目を細めた。

「そうだよ。少しは俺の行動とか嗜好に興味を持ってくれてるって事だろ?」
「…ただ気になっただけだ」
「上出来だよ」


 ぶっきらぼうに言った言葉にすら笑顔を返した怪盗に探偵はムッと唇を尖らせた。


「何だその上から目線は」
「おや、気付いた?」
「気付いた?、じゃねえよ。何様だ」
「うん? そうだね、『愛の伝道師:怪盗キッド様』かなv」
「………」


 パチッとウインクまで付けて下さってそんな事を宣った怪盗に、探偵はしらーっとした視線を向けた。


「うわっ…! 何その冷たい目線…!!」
「…いや、余りにも寒過ぎて…」
「酷いっ…! ちょっと良いでしょ、愛の伝道師!」
「………ぜってー伝道されたくねえ……;」


 馬鹿馬鹿しい程寒々しい台詞に凍りつきながら、探偵は本音を誤魔化せた事に少しだけ内心で安堵していた。

































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