好きだという
 愛しているという

 君はそう言うけれど
 何を根拠にそれを信じられるというのだろう

 寄る辺ない想いなど
 信じろという方が無理だろう


 けれど―――




 ―――完全に邪険には出来ないのは…何故なのか
















 百夜通い【第二十三夜】















「あの笑顔犯罪。もう、マジ犯罪…」
「…ねえ、貴方どうして此処に居るのかしら…?」


 科学者の部屋の中。
 昨日まで居たせいか勝手知ったるとばかりに上がり込んできた挙句、手近な椅子にちょこんと腰かけて頬に両手を当てほぅ…と陶酔の溜息を吐いている怪盗に流石の哀も呆れた視線を向けた。

 ここ数日で怪盗は哀に対して随分と態度を軟化させた。
 それは探偵の懐にいる者だからなのか、それとも命を救ったからなのか、はたまた怪盗が言った『可愛い御嬢さん相手だからですよv』なのか。
 一体どんな理由なのか、一体彼の中で何があったのか。
 その葛藤は哀には分からないが、それでも間違いなく怪盗は(勝手に)哀に懐いていた。
 それと共に変えられた口調は軟化した態度と相まって、哀はそろそろこの怪盗が本当に“世界的大怪盗”なのか世の中本気で考えた方がいいんじゃないか、とすら思っていた。

 けれど、そんな哀の考えなど怪盗には関係ない。
 今もそれはそれは嬉しそうなやに下がった顔で哀に探偵の可愛さを説いていた。


「いや、昨日の名探偵の笑顔がそれはそれは可愛くてさぁ…」
「そういうのは本人を相手にやって頂戴」
「名探偵は事件でお出かけ中。で、今悩んでるんだよ」
「…何を?」
「美味しいご飯と温かいお風呂を用意して大人しく待つべきか、それとも事件現場に乗り込むべきか」
「………」
「女史はどう思う?」
「……どっちでも好きな方に、…」


 したらいい、と言いかけた所で怪盗から哀に向けてすっと紙袋が差し出される。
 それを受け取って、中身を確認して―――哀はニッコリと笑った。


「工藤君に電話してあげるわ。だから貴方は大人しく彼の家で待ってなさい」
「はーい♪」


 良い子のお返事をして、怪盗もまたニッコリと笑うと早々に踵を返す。
 そうして最後の駄目押しとばかりに、ドアの前で振り向いた。


「それは相談料。お礼はまた後日v」


 成る程、ある意味コレは手付代わりか。
 だとしたらあの怪盗…中々出来るかもしれない。

 そんな事を考えながらパタンとドアが閉まったのを見送って、哀は手近にあった携帯電話に手を伸ばした。
 掛ける相手は勿論―――探偵本人ではない。

 探偵本人にかけた所で事件の推理真っただ中の彼が出るとは到底思えない。
 ここは…あの人の良い刑事に頼むのが一番得策だ。


「―――コレは、高くつくわよ」


 クスッと笑って、哀は電話帳で件の刑事の名前を探しつつ、探偵からの貢物もリストに加える算段を整えていた。















 ―――ガチャッ

「…お前、灰原に何言った…?」
「…ん?」


 ドアを開けて開口一番そう言った探偵が目にしたのは、ソファーの上で限りなく寛ぎながらテレビを見つつチョコアイスを頬張っている怪盗の姿だった。
 その姿に、探偵は更に項垂れた。


「……何処が急用だよ……;」
「急用…?」
「…灰原から電話が来たんだよ。
 事件だったんだけど、高木刑事に『何だか急用みたいなんだけど…』って言われたら出るしかねえし…。
 で、代わったら『怪盗さんが急用があるそうだから、急いで帰って来るのね。でないと――』」
「でないと…?」
「『―――昨日作った新薬の実験台、協力してもらうわよ。ああ、大丈夫。知らないうちに盛ってあげるから何も用意する必要はないわ』ってな……;」
「あー……流石女史。なんつーか……ホント、お見事だね……;」


 項垂れたままの探偵に、怪盗も天井を仰いだ。
 流石に名探偵殿の扱いに慣れてらっしゃる。
 『見事』の一言に尽きる。


「…俺がどんだけ急いで切り上げてきたか……」


 はぁ…、と深々溜息を吐いてその場にしゃがみ込んでしまった探偵の横に怪盗はそそくさと寄ると、ちょこんとその隣にしゃがみ込んだ。


「急いできてくれたの…?」
「…灰原が急かすからな」
「………俺の、為……?」
「…灰原が急かしたからだ」


 ぷいっとそっぽを向いている彼の耳が少しだけ赤いのを見ない振りをしてやって。
 怪盗は人差し指でつんっとその頭を突いた。


「何すんだよ…!」
「いや、可愛いな…と思って」
「お前、だから一遍視力検査行って来い」
「俺は両目とも2.0ですー♪」


 えへん、と胸を張って怪盗が事実を告げれば探偵にじと目で睨まれた。


「じゃあ、悪いのは目じゃなくて頭か」
「俺IQ400あるもん♪」
「…馬鹿と天才は紙一重……ってやつだな」
「…名探偵、ホント失礼だね。毎回毎回」


 むぅっとむくれて見せる怪盗の元気な様子に探偵は溜息を吐きつつ、内心で安堵していた。





 先程怪盗に言った言葉は半分本当で半分は嘘だった。
 哀が探偵に告げたのは、それだけでは無い。
 その言葉には続きがあった。


『それに、早く帰って来ないと貴方きっと後悔するわよ。
 怪盗さん、具合が悪いのに相当無理してたみたいだから…今頃貴方の家で倒れてるんじゃないかしら』


 そう言われて慌てて事件を解決し、すっとんで来たなんて言った日には目の前の怪盗が調子に乗るのは必至。
 だから探偵は心の奥底にその事実は秘めておく事にして敢えて憎まれ口を叩いた。


「失礼なのは、お前みたいな馬鹿を毎回相手にしてるからだ」
「だーから、それが失礼だっつーの。ホント名探偵ってば可愛い癖に可愛くないんだから」
「…お前矛盾してるぞ、それ」


 先程突かれたお返しとばかりに、ぺしっと横にある怪盗の頭を探偵が叩けば、何故かにへらっと怪盗は笑った。


「しょうがないよ。名探偵は可愛くない事言ったって可愛いんだから」
「……お前、やっぱり一回検査受けた方がいい。勿論頭の方のな」


 呆れた様に言いながらも、隣に座る怪盗の存在が悪くないと思いつつある自分に探偵は内心で深い溜息を吐いた。

































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