好きだという
 愛しているという

 君はそう言うけれど
 何を根拠にそれを信じられるというのだろう

 寄る辺ない想いなど
 信じろという方が無理だろう


 けれど―――




 ―――完全に邪険には出来ないのは…何故なのか
















 百夜通い【第二十一夜】















「やばい。俺きっと今日死ぬんだ…」
「はぁ…?」
「だって名探偵が二日も連続でお見舞いに来てくれるなんて……天変地異の前触れだ」
「…お前、本当に失礼な奴だよな」


 ベッドの中からこちらを見上げ、それはそれは真剣にそんな事を宣って下さった怪盗に探偵は盛大に眉を寄せ、眉間に青筋を浮かべた。
 幾らなんだってこれはちょっとばっかり失礼なんじゃなかろうか。


「分かった。そんなに死にたいなら俺が今此処で永眠させてやる」
「ちょっと名探偵…! 探偵さんが物騒な事言わないの!」
「お前が言ったんだろうが。この死にたがり」
「おいっ…! 俺は別に『死ぬかも』とは言ったけど『死にたい』って言った訳じゃないだろうが!!」


 べしべしと叩く振りなんかしてくれちゃう探偵が可愛くて堪らないと言ったらきっと本当に殺されるだろう。
 他愛無いやり取りをしながら怪盗がそんな風に思っているなんていざ知らず、探偵はのほほんと続けた。


「それにしても、残念だったな」
「ん?」
「『百夜通い』達成出来なくて」
「…名探偵」
「…無し、だ」
「えー…」
「えー、じゃねえよ。大体逢った事は逢ったとしても、俺が行ってやったんじゃねえか。通えてねえだろうが」
「…駄目?」
「…駄目に決まってんだろ」


 未だに『えー…』だの、『うぅ…』だの言っている怪盗に探偵はここ最近頻繁になってしまった溜息をまた吐き出した。


「あのなぁ…、大体お前あの場で死ぬ気だっただろ」
「…! べ、別に…アレは、……その………」
「しかも挙句の果てに、俺が泣けばいい、だと? 全く、ふざけるのも大概にしろよな」
「ふざけてない…」


 呆れ果てた様にそう言った探偵に、どうやら少しご機嫌斜めになってしまったらしい怪盗はぶすっとした顔で小さく答えた。


「…別に俺はふざけてないし」
「…どう考えたってふざけてんだろ」
「…俺は本気」
「なお悪い」


 足を組み少し上から目線で、探偵は怪盗を見下ろすと真面目な声色で言った。


「俺はお前が死んだって絶対泣かない」
「……知ってる」


 その視線を受けながら、怪盗は少しだけしょんぼりと、けれど分かりきっていたかの様にそんな返事をする。
 それに探偵は少し呆れて、そのふわふわの髪に手を伸ばした。


 ――びくっ


 飛び上がるんじゃないかと思う程に過剰反応した怪盗に思わず探偵は噴き出した。


「そんなにビビんなよ。別に取って食おうなんて思ってる訳じゃねえんだから」
「だ、だって…! きゅ、急にどうしたの…!?」


 ビクつきながらそう言って見上げてくる怪盗の視線に探偵は柔らかく笑んだ。


「別に」
「別にって…」
「いいから、大人しくしてろよ」
「…うん……」


 未だ納得いかない様子の怪盗を無視して、探偵はそのふわふわとした癖の強い髪を混ぜた。
 そっと梳き、そっと撫でつけてやる。


「お前は死なないだろ…」


 言いながら怪盗の髪を撫でる探偵の言葉は、怪盗の耳にはまるで探偵自身にそう思いこませる為に囁かれている様に聞こえた。


「…お前は死なないよ。だってお前は―――『魔法使い』なんだろ?」


 言い聞かせる様に。
 思いこませる様に。

 言われた言葉の響きは何処か悲痛で。
 酷く優しい声色なのに、含まれている色は余りにも苦しくて。



 ―――怪盗は何も言えず、ただその瞳をゆっくりと閉ざした。

































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