好きだという
愛しているという
君はそう言うけれど
何を根拠にそれを信じられるというのだろう
寄る辺ない想いなど
信じろという方が無理だろう
けれど―――
―――完全に邪険には出来ないのは…何故なのか
百夜通い【第二十夜】
「……あ、れ……?」
「あら、目が覚めたみたいね」
「あっ……」
「お久しぶりね。ハートフルな怪盗さん」
真っ暗な視界をこじ開ける様に瞼を持ち上げた。
ゆるゆると覚醒してくる意識がきちんと目覚めるより先に、視線の中に飛び込んできた哀の姿に怪盗はピクッと反応した。
そんな怪盗に彼女は小さく笑い、その小さな手で怪盗の左手を取った。
「どう? 感覚はあるかしら?」
「…多分、大丈夫です」
「良かったわ。魔法使いさんの手が使い物にならなくなったらどうしようかと心配したのよ」
様子から察するに怪我の治療をしてくれたのは彼女なのだろう。
視線を少し彷徨わせた怪盗に彼女はまた小さくクスッと笑った。
そうして、左手をベッドの上へと戻すとその上から上掛けをかけてくれた。
向けられる視線の優しさから逃げ出す様に、怪盗は瞳を閉じた。
「…ご迷惑をかけて申し訳ありません」
「謝るなら私じゃなくて工藤君に謝るのね」
「そうですね……。名探偵にも、…謝らないと……」
「そうね。彼酷く青い顔してたわよ」
「…嘘……」
「あら、嘘なんて吐いてないわ。それにそんな風に言ったら彼が可愛そうよ」
驚いた様に瞳を見開いた怪盗の頭をぺしっと軽く叩く振りをして、哀は怪盗の耳元でそっと囁いてやった。
「彼、貴方の事嫌いじゃないみたいだから」
「えっ……」
言われた言葉の意味を問う前にひらりと身を翻してドアの向こうに行ってしまった哀を呆然と見送って数秒。
怪盗は漸くクスクスと笑いだした。
「…全く、そういう事言ってくれちゃうからなぁ……」
これはもう、何て言うか……応援されていると思ってもいいのだろうか。
そんな風に思える様な言葉を残して行って下さる彼女も本当に罪作りだ。
けれど――その前に一つ問題がある。
「それにしても……昨日のアレは…カウントされるのかなぁ……」
「ノーカウント、って言ったらどうすんだ?」
ぼそっと呟いてみれば、独り言だった言葉に返事が返って来てドキッとする。
視線を彷徨わせれば、少しだけ不機嫌そうな探偵の姿がドアから現れた。
「名探偵…」
「目、覚めたみたいだな」
「うん。ごめん…」
「悪いと思うなら、これを機にもう少し慎重さを身に着けろ」
一歩一歩怪盗へと近付いて、けれど後数歩の所で歩みを止めると探偵は手近の椅子を引き寄せて腰かけた。
ジッと自分を見詰めてくる瞳が心配に満ち満ちていて、怪盗は少しだけ居心地の悪さを感じていた。
「ごめん…」
「とりあえず、その白い衣装…どうにかなんねえのかよ」
「え…?」
「目立ち過ぎだ」
「しょうがないよ。アレはキッドには必要な物だから」
「…知ってる。でも……」
「ごめん。それは譲れない」
「…知ってる」
呆れた様に言いながらも、恐らく全て予測済みだったのだろう。
ふぅ、と小さく息を吐いて探偵は腕を組むと少しだけ目尻を下げた。
「お前のそういうとこ、嫌いじゃねえよ」
「っ……!」
男前な顔でそう言われて、息が詰まる。
呼吸が止まるんじゃないかと本気で思った程。
目を見開いて探偵を見詰めたまま動かない怪盗に、探偵は少し眉を寄せた。
「…お前、その顔…」
「…?」
「いや、いい…。もうなんか……いや、やっぱりいい。好きにしろ」
「…??」
探偵が言い淀む事など珍しい。
何が言いたいのかさっぱり分からずただ首を傾げる怪盗に、探偵は静かに告げた。
「お前のあの衣装が矜持だと言うなら、もう少し慎重になれ」
「…うん」
「ただ、それはお前を狙う連中相手に、だけな。普通の観客には今まで通りで居ろよ。俺も―――」
クスッと探偵が一瞬小さく笑った。
そうして一息置いてから改めて怪盗を見詰め、悪戯っぽく口元を上げて見せた。
「―――闇に映えるあの『白』の大胆さが好きだからな」