好き
 愛してる

 どれだけ君にそう言っても
 君は信じてはくれないのだろう

 確かに寄る辺ない想いなど
 ただ信じろという方が無理だろう


 だから―――





 ―――その証の為に君に逢いに今夜も…
















 百夜通い【第十九夜】















 ―――ポタッ







 ―――ポタッ








 ―――ポタッ……ポタッ……









「っぅ……」


 血を滴らせながら痛む左肩を庇う様に右手で押さえ、何とか路地裏を歩く。

 完全に失敗した。
 予測が甘過ぎた。
 もう少し慎重になるべきだった場所で、余りにも安易に翼を広げ過ぎた。

 黒に映える白は完璧な標的になった。
 そして、人を殺す事を厭う筈のない奴らにとって、怪盗を殺す事は虫けらを殺す事と同義だった。

 かわせたのは奇跡。
 けれど、急所は外れたとは言え、それは肩に相当なダメージを残して下さった。


「……コレで、…終わり……かな……」


 視界が霞む。
 出血のせいなのか、痛みのせいなのか、はたまた両方なのか。
 ふらつきながら歩く。
 それでも怪盗の頭の中を占めていたのは愛すべき探偵の事だった。

 昨日で十八夜。
 今夜で十九夜になる予定だった。

 まだ百夜までは五分の一にも満たない。
 何て無様な終わり方だろう。


「……ちゃんと、言いたかったな……。『好き』だって……」


 身体を支えきれず、一番暗がりで背を壁に預け座り込んだ。
 空を仰いでも四角く切り取られた空には暗闇が広がるばかりで、いつも自分を照らしてくれる守護星すら見つける事が出来ない。
 ひっそりと目を閉じる。
 広がるのは闇。
 それでも、思い描けば彼の姿が瞼の裏にはすぐ浮かんでくる。



「…名探偵……泣いてくれたら、いいな………」



 少しでいい。
 少しでいいから、悲しんでくれたらいい。

 少しだけ思い出して。
 少しだけ泣いて。
 そうして、少しだけ思い出に浸った後は……忘れ去ってくれればいい。
 ただ、心の片隅にそっと…欠片だけ置いてくれたらそれで満足だ。



 視界がぼやける。





 段々と気温が下がってくる気がする。






 ああ、これで終わりだ―――――――――――。




















「誰が泣くか。ふざけんな」




















 聞こえた声が最初は幻聴かと思った。
 けれど、その声に思わず瞼を上げれば、霞む視界でも分かった。
 彼を怪盗が見間違える筈などなかった。


「名、探偵……。どうして……」
「撃たれたって聞いてな」


 言いながら探偵は怪盗の傍らにしゃがみ込むと、真っ赤に染まった左肩を見て舌打ちをした。


「思ってたよりひでーな…」
「…大丈夫だよ。大したことない」
「バーロ。青白い顔して何強がり言ってんだよ」
「っ……!」


 びりびりと怪盗のマントを容赦なく破り、それを使って探偵は止血していく。
 強く絞められた鎖骨の上辺りに僅かに痛みを覚え怪盗が眉を寄せれば、探偵は慌ててその顔を覗き込んだ。


「大丈夫か?」
「うん。大丈夫。…ごめんね、迷惑……かけて……」


 寒い、と思う。
 今日はこんなに冷え込んだかとも。
 そう思ったら寒さに身体が勝手に震えるのを感じ、ぞわりとする。

 ああ、駄目だ。
 これ以上彼に迷惑をかけてはいけない。

 そう思ったら、意外にも気丈になれた。
 怪盗は探偵に向けニッコリと笑うと、力の入らない身体に無理に力を入れて立ち上がろうとした。

 けれどそれも直ぐに探偵に押さえつけられ防がれてしまう。


「何馬鹿な事言ってんだ! 大人しくしてろ!!」
「でも…」
「でももヘチマもねえんだよ! お前は今、唯の怪我人だ。分かったら大人しく博士の車が着くまで此処に居ろ!」
「駄目だよ。……博士にも、…名、探偵にも……迷、惑…かけたくな……」


 言いながら、段々と呂律が回っていない事に気付く。
 眩暈にも似た感覚が襲い、今にも目を閉じてしまいそうになる。

 それでも懸命に怪盗はその身体を起こそうとした。
 それを探偵は必死に押し留める。


「余計な事考えるな。それに、お前に今ここで死なれる方が迷惑だ。
 俺は―――――お前の為になんてぜってー泣いてやらないからな!」


 彼らしい言葉に怪盗の口元に笑みが浮かぶ。
 そうして―――その意識は闇の中にずるずると持って行かれた。

































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