好きだという
愛しているという
君はそう言うけれど
何を根拠にそれを信じられるというのだろう
寄る辺ない想いなど
信じろという方が無理だろう
だから―――
―――さっさと諦めてしまえばいい
百夜通い【第十六夜】
「…お前……仕事は…?」
「おや、名探偵殿が怪盗のお仕事の心配をして下さる日がくるとは…」
感涙、とばかりに大袈裟に泣き真似なんかをして下さる怪盗の手には泡立て器。
その緊張感の無さに探偵はガックリと項垂れた。
「…お前、緊張感無さ過ぎ;」
「そう? まあ、準備はもう済んでるしな」
流石に料理をする為かジャケットはソファーにかけられ、手袋は外されている。
男にしては些か繊細な指で泡立て器から一掬いソースを掬うと怪盗は口へとそれを運んだ。
「うん。上出来♪」
「そりゃ良かったな…;」
最早探偵も反論する気すらなくなっていた。
そんな探偵に怪盗は指でもう一掬いするとその指を探偵に差し出した。
「名探偵も味見する?」
「…すると思うか?」
「残念。可愛らしく俺の指舐めてくれるかとおも…」
「黙れ変態」
ジロリと探偵が睨めば怪盗は肩を竦め、もう一度自分の指をぺろりと舐めた。
「ま、そういうのは百夜通い詰めてからでいっか」
「…それでもやる訳ねえだろ」
「いや、分かんねえぜ? 百夜の間に俺の魅力にメロメロになるかもよ?」
「…ぜってーねえよ」
「おや、それは残念」
クスッと笑ってそう言って、怪盗はぽいっと泡立て器をシンクヘ放り込むと唐突に探偵の細い腰を抱き寄せた。
「おいっ…! なにす…」
「しっ…。黙って」
探偵の反論を、そっと人差し指で封じて怪盗は探偵へと顔を近付けた。
「大好きだよ。名探偵」
その余りにも真っ直ぐな告白に探偵は何も言えず、口を閉じたまま。
その様子に怪盗はまた小さく笑ってその顔を更に探偵の顔へと近付けた。
―――ぎゅっ
慌てて目を閉じて数秒。
予想した感触がやって来ないのを不思議に思った探偵が恐る恐る目を開けば、ニッコリと微笑んだままの怪盗の顔がそこにはあった。
「…お前、…」
「名探偵。駄目だよ、そんな風に流されちゃ」
笑みを掃いたままの唇がそんな風にからかうから、探偵は盛大に眉を寄せ怪盗を睨んだ。
「別に流されてねえよ」
「おや、そうは見えなかったけど? だって、このまま俺に奪われてもいいと思ったろ?」
「思うか…!! ぜってーそんな事、天変地異が起こってもねえよ!!」
自分でも無理な言い訳だと思っていた。
あんな風にあんな場で目を瞑っておいて今更だと分かっていた。
けれど、それを素直に認められる程には残念ながら探偵のプライドは低くなかった。
「へぇ…。んじゃ、今夜は天変地異が起こる前触れって訳だ」
「るせー! お前なんかさっさと仕事行って、さっさと白馬辺りに捕まって来い!!」
「ひでーの。俺は名探偵以外に捕まる気なんて更々ないのにさ」
残念、なんて小さく呟いて怪盗は漸く探偵を腕の中から解放した。
「んじゃ、俺はお仕事行って来るけど…ちゃんと食っとけよ」
「…お前、いつの間に……」
先程の泡立て器は洗ってしまわれていて。
お皿にはそれはそれは見事なフォワ・グラとセープ茸トリュフ風味のサバイヨンが出来上がっていた。
「さてね。タネも仕掛けも御座いませんv」
「…バーロ。タネも仕掛けもないマジックなんかねえだろうが」
探偵だってそんな当たり前の事は分かっている。
けれど、この目の前の魔術師はそんな当たり前の事すら疑いそうになる程にそれはそれは見事に観客を楽しませてくれるから――。
「あるよ。だって俺は名探偵だけの『魔法使い』だからさ」
―――そう言って笑った彼の言葉を信じられたらとすら思ってしまった。