好きだという
愛しているという
君はそう言うけれど
何を根拠にそれを信じられるというのだろう
寄る辺ない想いなど
信じろという方が無理だろう
だから―――
―――さっさと諦めてしまえばいい
百夜通い【第十三夜】
「だーかーら、何で朝食用に作った物体が無くなってねえんだよ!」
夜更けにやって来て早々、キッチンへと駆け込んだ怪盗が探偵の部屋に戻ってくるまでに一体何秒かかっただろうか。
世界新記録なんじゃないかと探偵が思う程の速度で部屋まで戻って来るなりそう叫んだ怪盗に、探偵はだるそうに伸びをしながら面倒そうに語った。
「しょうがねえだろ。朝起きたらギリギリだったんだよ、時間」
「…どうせ昨日俺が帰った後も推理小説読んでたんだろ」
「………」
「図星か、この大馬鹿推理之介」
「るせーよ。良いだろ、別に。そんなのは俺の勝手だ」
ぷいっとそっぽを向いて、更に推理小説へと手を伸ばした探偵に流石の怪盗も盛大に眉を寄せ、その手をがしっと掴んだ。
その細過ぎる手首に余計に怪盗の眉が寄る。
「………」
「何だよ」
「お前、今日夕食食った?」
「………」
「食べるまでおあずけ。推理小説禁止!」
「何でお前にそこまで言われなきゃなんねんだよ」
ぶんぶんと手を振っても、怪盗の手が外れる事はない。
その手を睨み付け、不満そうに口を尖らせた探偵に怪盗はそれはもう極上のニッコリとした笑みを浮かべた。
「言う事聞かないと、此処にある推理小説全部消しちゃうよ?」
「馬鹿言うな。幾ら巷で『魔法使い』なんて言われてるお前でもそんな事…」
「おや、俺に出来ないことがあるとお思いかな? 名探偵」
クスッと笑みを零したその姿はこうして夜毎通ってくるふざけた怪盗のモノではない。
現場でやり合う時のあの凛とした冷涼な気配を纏った怪盗の姿に一瞬探偵の目が吸いつけられる。
「なめないで欲しいね。俺は『魔法使い』だぜ?」
パチンと指が鳴らされれば、探偵が手を伸ばそうとした推理小説がポンという音と共に現れた煙幕と共に一瞬にして消え去った。
「てめぇ…」
「さて、一つずつ減らしていこうか。それとも全部いっぺんの方が良いかな?」
ポンポンとそこかしこで煙幕が上がる。
その度に本棚や、本棚に収まりきらなくて積み重ねられていた本達が、一冊、また一冊と消えていく。
「あー…くそっ…! …わあったよ。食えばいいんだろ! 食えば!!」
次々と消えていく本達に流石の探偵も慌てたのか、不満げにしながらも渋々怪盗の提案を受け入れた。
その瞬間、煙幕が上がるのが止まる。
「そうそう。そうやって良い子にしてればいいんだよv」
「…何かムカツク」
「何か言った?」
「…別に」
相変わらずそっぽを向いたままではあったが、それでもそれ以上不満をぶつけて来ない探偵に満足して怪盗はスーツのジャケットを脱いだ。
「さて、俺は夕食作ってくるから大人しくしてろよ」
「…わあったよ」
「はい、いい子。んじゃ、ご褒美にとりあえず出来るまでそれは返しててやるよ」
怪盗が言うが早いかまたポンッという音ともに探偵の膝の上に小さく煙幕が上がり、その煙幕が晴れた頃、先程探偵が手を伸ばそうとしていた小説が現れた。
「…お前、ホント……」
「ん?」
「何でもねえよ。とっとと作ってこい」
「はーい♪」
さっきまでの冷涼さは何処へやら。
いつもの調子で部屋を出て行った怪盗の姿が見えなくなってから、探偵は溜息を吐いた。
「ったく…なんつー魔法の無駄遣いしやがる……」