好きだという
愛しているという
君はそう言うけれど
何を根拠にそれを信じられるというのだろう
寄る辺ない想いなど
信じろという方が無理だろう
だから―――
―――さっさと諦めてしまえばいい
百夜通い【第一夜】
「こんばんは。名探偵」
「………何の用だコソ泥」
月明かりを楽しむ様に、ベランダに出してあるテーブルセットの椅子に座り本を捲っていた探偵の傍らに、ふわりとその白は降り立った。
真っ白なその姿が闇に慣れた目を焼く。
「名探偵が珍しく月光浴なんて風流な事してるから、ちょっとお邪魔してみたんだ」
「…予告日でもねえのにご苦労なこったな」
白いマントが汚れるのも厭わずに、ベランダの淵に腰掛け様とした怪盗の行動を視界の隅に捉え、探偵は横にあった椅子を無言でスッと押した。
「座っていいの?」
「好きにしろ。怪盗キッドの白いマントがこんな事で汚れたなんて笑えねえからな」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
傍らの椅子に腰を下ろして、怪盗はテーブルに肘をつき手の甲の上に顎を乗せ探偵を眺めた。
「相変わらず美人さんだね、名探偵」
「…お前一回視力検査に行って来い」
「おや、俺審美眼には自信があるんだけど?」
「お前のソレはビッグジュエルにしか適用されねえんじゃね?」
本から顔すら上げずに探偵から返されるのはつれない言葉ばかりだ。
それでも怪盗はうっすらと笑った。
「違うよ。名探偵が自分の魅力を分かってなさ過ぎるだけだ」
「…狙いは何だ」
「へ…?」
「そんだけ人の事無意味に褒めやがって。一体目的は何だ、って聞いてる」
「ぷっ……! これはこれは……」
不機嫌そうに紡がれた探偵の言葉に怪盗は一瞬絶句して、それから思わず噴き出した。
「全く、面白い発想するね。名探偵殿は」
「どういう意味だよ」
「ここまで直接的に口説いてるのに、『目的は何だ』なんてどうして聞いちゃうのかと思ってさ」
怪盗の言葉に、ピキッとこめかみに青筋でも浮きそうな程探偵は不機嫌な顔を更に不機嫌に寄せた。
そうして本から顔を上げると、迷惑を隠そうともせず怪盗を睨み付けた。
「……俺は男だ」
「うん、そうだね」
「男が男口説いてどうすんだよ」
「しょうがないよ。俺、名探偵の事大好きだもん」
けれど、相手はこの怪盗。
そんな犯罪者もビックリな探偵の不機嫌さに臆する事などある筈も無く、飄々とそんな事を宣う。
「…だーかーら、俺は男で探偵だ」
「知ってるよ」
「怪盗が男でしかも探偵の俺なんかを口説いてどうする」
「しょうがないよ。好きなんだから」
紡ぐ言葉は変わらない。
探偵が不機嫌になろうとも、怪盗はあくまでもいつもの怪盗のままだ。
「怪盗が探偵を『好き』なんて終わってる」
「分かってるよ。俺もそう思う」
言いながら、それでも怪盗は楽しそうに笑った。
「でも、俺は名探偵の事大好きだし……叶うなら―――――俺の事、好きになって欲しいと思ってる」
いつもの笑顔だった。
ポーカーフェイスという名のいつもと同じ笑顔だった。
けれど、向けられる視線は余りにも真摯で、探偵は思わず言葉を失った。
「名探偵。覚えておいて。俺は――――名探偵の事、大好きだよ」
ふわり、と甘い芳香が鼻を擽る。
一瞬それに思考が捕らわれた瞬間、目の前が白い煙幕で覆われた。
「おいっ……!」
呼びかけた瞬間、クスッとアイツが笑った気配がした。
けれど、視界がクリアになった頃、当然ながら怪盗の姿はそこには無かった。
残ったのは、今まで彼が居た事を主張するかの様にテーブルの上に置かれた一輪の真っ赤な薔薇だけ。
どうやら甘い芳香の正体はこの薔薇だったらしい。
「…ったく、何が覚えておけ、だ……」
誰がそんな悪ふざけ覚えておくか、と小さく悪態付いて、探偵は再び手に持っていた本へと視線を落とした。