bv 愛しいのは、恋しいのはこの温もり




 それは人から見ればきっと馬鹿な行為で

 それは人から見ればきっと無意味な行為で


 それでも俺達は触れ合わずにはいられなかった















 温もり















「おめでとう」
「さんきゅ」


 彼の祝辞に言葉を返した時、自分でも驚く程に俺の声は冷静に響いた。






























 それは当たり前の様にやってきた。

 幼馴染の彼女とは本当に小さい頃からの付き合いで。
 『結婚』という二文字すらまるで特別な事とは思えないままに俺はそれを受け入れていた。

 何もかも自然だった。
 何もかも当たり前だった。

 そう、何もかも全てがまるで最初から定められていたかの様に自然に流れていった。















「結婚?」
「そう、結婚」


 ベットの中新一の足を絡め取りながら、紡がれた言葉に快斗は一瞬だけ目を見開いた。


「結婚するの? 新一が?」
「ああ」
「そっか」


 けれど、それについて何かを言及する訳でもなく、かといって泣き言を言う訳でもなく、快斗は再び新一に覆い被さった。


「結婚を間近に控えた独身男がこんなとこでこんな事してていいのかねえ?」
「別に関係ないだろ」
「そう?」


 そう、と頷くと新一は快斗の首に腕を絡めキスを強請る。


「関係ねえよ。お前との事は」
「それはどういう風に取ればいい訳?」


 クスクスと声をたてながら、快斗は新一に強請られるままに額にも頬にもそして唇にも、数え切れないぐらいキスを落としてやる。


「好きに取ればいいさ」
「ったく…そういうのが一番性質悪いって解ってる?」


 苦笑と共に紡がれた言葉に新一は口の端を持ち上げて見せた。


「解っててやってるに決まってるだろ?」
「……ほんと、新一ってば性格悪過ぎ」


 まったく、と余計に深まった快斗の苦笑を止めさせる為に新一は少し頭を浮かせ、自分から快斗に口付けた。


「お前はそういう俺がいいんだろ?」
「ま、そうですけど」


 潔く負けを認め、快斗はそれ以上新一に言葉を紡がせるのを防ぐ為に深く深く口付けから始めていった。






























 快斗との関係はまったくもって不自然極まりない形で始まった。

 『探偵』と名乗った俺――その時は小学生だった只のガキ――に『芸術家かいとう』だと馬鹿みたいに真面目に真っ向から名乗り返した泥棒。

   素直に興味を持った。
 いや、『興味』というよりも『執着』と言った方が正しいかもしれない。

 『目の前で易々と逃げられた』という事実は俺が『怪盗キッド』に執着するには十分過ぎる程の事だった。

 そしてその執着は一年後漸く実を結び、俺は彼を捕まえる事に成功した。
 まあ、後から快斗に聞いた所によると『半分はわざと捕まった』らしいのが癪に障るが。

 兎にも角にも、深夜の屋上で彼を捕らえその腕に手錠をかけた瞬間――その怪盗に唇を奪われていた。
 俺は一瞬世界が止まった様に錯覚した程、何も考えられず――けれど、気付けば彼の首に腕を回していた。



 気付かなかった。
――彼への執着が本当は何から発生したものなのか。



 気付かなかった。
――自分が本当に欲していたものは何だったのか。






 その真実に気付いたのは―――彼の腕に抱かれてからだった。






























「で、何時結婚するの?」


 ベットの中少しだけぐったりしてしまった新一に少しだけ反省――何度しても魅力的な彼の前では何の意味の無い行為――をしながら、快斗はそう尋ねた。


「ん? 来月だけど?」
「来月!? ……それって幾ら何でも俺に言うの遅過ぎるんじゃない?」


 新一の告げた内容に珍しく声を高くした快斗は、次の瞬間にはそう言ってむくれた。
 その拗ねた口調に新一は快斗の腕の中で小さく笑い声を漏らす。


「別に何時言ったって変わんないだろ?」
「変わるって! 俺にだって心の準備ってもんが…」
「だいじょぶだって。お前そんなにデリケートに出来てねえから」
「酷い…;」


 よよっ、と泣き崩れるなんて細かい事までしてくれた快斗を新一は力の入らない足で蹴飛ばしてやる。


「いたっ! もう、新ちゃんの乱暴者…!」
「うるせえよ。どっちが乱暴者だ」
「別に俺は乱暴じゃないもん。ちゃんと優しくしてあげてるでしょ?」


 その言葉を実証するかの様に顔に優しく降って来たキスの雨に新一は微笑んで目を閉じる。
 額にも、頬にも、そして閉じた瞳すら慈しむかの様に瞼にも落とされる優しさに心が穏やかになっていく気がする。


「知ってるよ」


 快斗が新一を欲する時は何時だって優しい。
 どんなに激しく抱き込まれた時でも彼が本当に新一を乱暴に扱う事なんてない。

 それが分かっているからこそ、新一もその腕に素直に収まるのだけど。


「知ってるのにそう言う可愛くない事言うのはこの口かな?」


 クスクスと笑いながら唇に口付けられる。

 快斗とのキスはまるで悪い麻薬の様だと新一は何時も思う。
 一度覚えてしまったら、手放す事の出来ない甘い甘い性質の悪い麻薬の様だと。


「可愛くなくて結構。大体男が可愛くても何の足しにもなんねえだろうが」
「そう? 俺は新一は充分可愛いと思うけど?」


 唇から離れて、首筋まで落ちてきたキスを新一は快斗の髪を引っ張る事で止めさせる。
 流石にこれ以上は身体が持たないと。


「それはお前の目がおかしいだけだ」
「そんな事ないと思うよ? だって、新一結構男に人気あるもん」
「男に人気…?」
「そう。知らない? 新一のファンサイトなんて男が作ってるの結構多いんだぜ?」
「ファンサイト…」


 そんな物が存在していたのかと新一は遠い目をした。
 しかも、男に人気があるなんて――。


「だから、俺が一生懸命害虫駆除してるのv」
「………」


 快斗が何をしているのか、大体想像はついたけれどそれについて言及するだけの精神力は新一には残っていなかった。
 代わりに、はぁ…っと一つ溜息を吐いて、未だ覆い被さっていた快斗を退ける。


「疲れたからさっさと枕になれ」
「もう、新ちゃんてばほんと女王様。まあ、そんなとこも好きだけどv」
「………」


 もう一つオマケに、はぁ…っと疲れた溜息を吐いて、新一は横になった快斗に差し出された腕に素直に頭を乗せた。
 逞しい腕に頭を預け、綺麗に筋肉の付いた胸に顔を埋める。
 同じ歳、同じ身長とは思えない程快斗の身体は自分とは比較出来ない程しなやかで、逞しい。


「ほんと、ムカツク…」
「ん?」


 快斗の鍛えられた身体を目にする度に、自分とのあまりの差に悔しくて新一は唇を噛む。
 幾ら鍛えても大した筋肉も付いてくれない細く白い自分の身体。
 その事が悔しくて、悔しくて――けれど、その逞しい腕に抱きこまれる事は嫌いではないのだから余計に性質が悪い。


「何がムカツクの?」
「お前」
「!? 新ちゃんてば俺の何が不満な訳!?」


 顔を上げ快斗を見詰めたまま、余計な単語を省いて放った言葉に快斗は慌ててがばっと――けれど、新一が頭を乗せている腕にはちゃんと気を付けて――上半身を起こした。


「んー、何って…強いて言えば……身体?」
「――!?」


 その余りの慌てぶりが面白くて、新一はからかう様にそう言ってやる。
 そうすれば快斗の顔がみるみる青くなっていく。


「な、何が!? 俺の身体の何処が不満なの!?」
「何処っていうか…」
「そりゃ確かに傷は一杯あるし、まだまだ鍛え方は足りないけど…」
「いや、それだけ鍛えてあれば充分…」
「!? も、もしかして…」
「?」
「肌が合わないなんて言わないよね!? 俺はずっと新一と相性いいと思ってたけど新一的には満足出来てないの!?」
「………」


 一人顔を青くさせたまま『もしかして…』『まさか…』を連呼している快斗の胸に新一は無言で再び顔を埋めた。
 けれど、その口元には押さえきれない笑みが上っていた。


「し、新一…?」
「ほんとお前っておもしれえ奴」


 結局抑え切れなかった笑いはクスクスという音を立てて新一の口から零れ落ちた。
 其処で漸く快斗は自分がからかわれただけだと気付いた。


「新一!」
「ほんと飽きねえよな」


 堪えきれずに零れ落ちた笑い声は一旦零れてしまえば堰を切った様に止まらなくなった。


「しんいちぃ…。ほんと、笑い過ぎだってばぁ…;」
「悪い、悪い」


 ちっとも悪いと思っていない笑みを含んだ新一の瞳を快斗はじと目で見詰め返す。
 蒼に藍が広がる。
 綺麗に綺麗に広がっていく彩。

 ああ、これに自分は惹かれたのだと改めて実感する。


「新一?」
「あ…」


 くいっと顎を引き寄せられて、新一は漸く自分が一瞬他の世界へ旅に出ていたのだと知る。


「何考えてたの?」
「別に…」


 ことん、と首を傾げて見せた快斗から視線を逸らし、新一はバツが悪そうにそう言った。
 本当の事なんて言える筈がない。

 彼に見惚れて。
 彼の事を考えて。

 そして、今この瞬間が幸せだと感じていたなんて。


「ふーん…。新一君は俺と居るのに他の事を考える余裕がある訳だ」


 けれど、その新一の行動を快斗は別の意味として捉えたらしい。
 少し拗ねた口調の中にありありと不機嫌さを滲ませて、ぐいっと新一の身体を引き寄せた。


「ちょっ…快斗!」
「だーめ。俺以外の事なんて考えられなくしてあげる」
「ばっ……なにす………んっ……」


 貪る様に口付けられて。
 煽る様に背中を撫で上げられて。

 新一は何も考えられず唯、快斗という存在に溺れていくしかなかった。






























「ほんと、可愛い顔して寝ちゃって…」


 腕の中、すやすやと寝息を立てて眠っている新一の頬を快斗はぷにっと指で押してみる。
 けれど、腕の中の人は起きる事は無く唯少し、眉間に皺が寄っただけ。


「結婚ねえ…」


 先程新一から告げられた事実に、正直ビックリしなかったと言えば嘘になるが、ビックリしたと言っても嘘になるのだろう。

 予想はしていた。
 それが現実になる事も分かっていた。
 そして――だからと言って自分はどうするつもりもなかった。


 変わらない。何も。
 変えさせない。何も。

 彼がどういう人生を歩もうと。
 彼が誰と何をしようと。





 ――自分だけが彼と共に『生きて、逝ける』のだと知っているから。





「愛してる」


 口付けに籠めた意味を彼はきっと一生知り得ないだろう。






























 晴天に恵まれた大安吉日。
 これ以上はない結婚式日和。

 新婦である毛利蘭は工藤新一の「友人」である『黒羽快斗』も知り合いで。


「おめでとう」
「ありがとう」


 そう言って快斗が微笑めば、蘭もお礼の言葉と共にこれ以上無い程に眩しい笑顔を快斗へと返した。





「おめでとう」
「さんきゅ」


 新一と快斗がその日交わした言葉はそれだけ。
 周りから見れば唯の友人同士。

 けれど、その中に籠められた複雑な感情は誰にも悟られる事なく――唯、お互いの中へと落ちた。










END.


10万hit有り難う御座いますv
10万ですよ!? 10万hit!!(発狂)最初見た時は「桁が…桁がおかしい…」と一人錯乱してました(爆)
これもひとえに、通って下さっているお嬢さん方のお陰。本当に有り難う御座います。
最近特に(…;)更新が滞りがちなサイトですが見捨てないでこれからも遊びに来てやって下さいませ。

にしても…10万hit記念の内容がこんなんで良かったんだろうか…。
いや、ずっと書きたかったから本人的には満足なんだけど、でもやっぱり10万hitだったし…(以下堂々巡りの為略)
まあ、出しちゃったし、いっかv(核爆)

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