さらさらと零れ落ちる砂の様に手の中からゆっくりと零れ落ちていく

 記憶はまるで蜃気楼の様だと思った










――零れ落ちたモノ――










 桜が風に乗って舞い、高い空が薄紅色に彩られる。
 それは何時の日か見た風景。


「快斗」

『快斗』


 呼ばれた名前があの日に重なる。
 声が…声が此処に届く。


「新一…」

『父さん』


 けれど次に紡ぐのは別の名前。

「何やってたんだよ?」

『何をしていたんだい?』


 それでも、声は言葉は重なり続ける。
 何年もの時を経てなお俺を呼び続ける声。


「桜を見てたんだ…」


 言葉を紡ぐ声は、心はきっと変わってしまった。
 もうあの頃には戻れない。何も知る事はなかった過去へは。


「桜って…今はまだ冬だぞ?」
「うん。知ってるよ」
「だったら…」
「それでも俺は桜を見てたんだ」


 嘗て見たその光景が、昔此処に来た時の思い出がこの場所に来た瞬間突然蘇ってきた。
 此処に来るまではそんな事も、此処へ来たという事すら忘れていたのに。


「そっか…」


 自分でも訳が分からない事を言っている自覚はあるのに、彼はそんな俺ににっこりと微笑みかけてくれた。
 まるで全て分かっている様に。まるで全てを赦してくれるかの様に。


「新一」
「ん?」
「帰ろっか…」
「ああ」


 ゆっくりと頷いた彼の手を取る。
 冷たいそれに少しだけ眉を寄せ、温める様にその手をぎゅっと握る。


 思い出はきっと少しずつ少しずつ消えてしまう。
 きっと此処で彼とこうやって過ごしたことすら十年後には忘れているかもしれない。

 それでいい、そう思う。
 今此処に彼と在れる事が俺の幸せだと思うから。


「新一」
「ん?」
「愛してる」


 そう。今俺は君を愛している。
 それだけできっと充分。






END.

桜月様のサイト60000hit記念で贈りつけたブツ。
今回はやや微糖でv

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