だって仕方ない

 これ以外に彼を手に入れる方法なんて解らなかった










――牢獄の果てに待つ夢――











「……どういうつもりだよ」
「どういうつもりも何もそのままだけど?」


 向けられた鋭い視線を新一はにっこりと微笑で封じる。
 ソレが余計にキッドの神経を逆なでするのを知っていて、だ。


「俺をこんな場所に閉じ込めてお前に何の得がある?」
「お前の悔しそうな顔が見られる」
「ふざけるな!」


 唇を噛んでこちらを睨み付けてくる相手が愛しくて仕方ない。
 それが例え歪んだモノだとしても。


「別にふざけてるつもりはないぜ?俺はただ真実を述べているだけだ」
「『探偵』が『怪盗』を閉じ込めて楽しんで、それの何処が真実だよ!」


 ああ、それでいい。
 もっと俺にお前のそのポーカーフェイスじゃない表情を見せろよ。


「『探偵』が『怪盗』を閉じ込めるのがそんなに不自然か?」
「当たり前だろ!」
「なら『探偵』でなければ不自然じゃなくなるのか?」
「えっ…?」


 新一の言葉に一瞬キッドの瞳が見開かれる。


「俺が『探偵』じゃなければお前は閉じ込められても不自然に感じないのか?」
「お前何言って…」
「お前がそう言うなら俺は何時だって『探偵』を辞めてやるぜ?」
「なっ―!?」


 今度こそ完璧に見開かれた瞳。
 その表情に満足したのか新一は柔らかい笑みを浮かべた。


「お前が望むなら俺は何だってしてやるよ」


 それはこれ以上はない極上の告白かせだった。




















「んだよ、これしか食ってないのか?」


 食器を回収にやって来た新一の言葉にキッドはそっぽを向く。


「こんなとこで食欲が湧く筈ねえだろ」


 閉じ込められているのは工藤邸の地下にある牢獄。
 重い鉄格子。
 石で作られた壁。

 まるで中世の城の中に作られていた地下牢を再現した様なそれ。
 どうしてこんな物があるのか、この館の持ち主である彼の父親の趣味を疑いたくなった。

 けれどそれだけではないところが此処の今の主の優しさを示していた。

 牢獄には不釣合いなふかふかのベット。
 床には毛足の長い絨毯。
 食事を取るためのテーブル。
 飽きないようにと用意された数百冊に上る本。
 それに加え、きちんとバストイレまで整備されている。
 しかもバスタブはジェットバス。
 明らかにここにはそぐわないそれらの物達。

 高待遇といえば高待遇だ。
 首に嵌められた赤い首輪と、手枷から繋がる長い長い鎖を除けば。


「そう言うなよ。欲しい物があるなら用意してやるから」
「何も要らない。だからさっさとここから出せ」
「それは出来ないと言った筈だが?」




 あの日、


『お前が望むなら俺は何だってしてやるよ』


 そう言った彼にキッドはすぐさま解放を望もうとした。
 けれど、


『但し、お前を解放する以外で、だ』


 それは彼の予想の範疇だった。
 他に望む事など今のキッドにある筈がないのに…。




「だったら別に何もいらねえよ」


 ふかふかのベットの上でそう言って身体を新一とは逆の方向に向けてしまったキッドを新一は静かに見詰めてくる。

 視線が痛い。
 居心地が悪い。
 四六時中誰かに監視されている感覚。


「もういいだろ?さっさと上に上がったらどうだ?」


 視線に耐え切れなくてそう言っても新一からは何の反応も無い。
 ただ更に視線が注がれるだけ。


「あーもう!いい加減にしろよ!!」


 ベットからがばっと飛び起きてキッドは新一を睨み付けた。
 けれどその先に居たのは酷く穏やかな笑みを浮かべていた新一だった。


「な、に…?」


 その表情が余りにも意外で。
 その表情が余りにも綺麗で。

 不覚にも見入ってしまった。
 不覚にも魅入られてしまった。


「別に」


 本当にそっけなく、そっけなく言葉は紡がれる。
 けれどその表情は穏やかなもの。

 こんな狂った事をしている人間のものではないよう。


「別にって…」


 それだけ言うのが精一杯。

 脈が上がる。
 鼓動が煩い。

 この人はこんな風に笑う人だったろうか。
 この人はこんな穏やかないろを湛える人だっただろうか。


「別にいいだろ。お前を見ていたかった、それだけだ」


 その言葉と笑顔に眩暈さえ起こしそうだった。




















「俺何やってんだろ…」


 日が差さないこの部屋では日にちも、曜日も、時間さえも解らない。
 変わる事のない天上を見詰めてキッドは一人呟く。

 逃げようと思った。最初は。
 死のうとも思った。逃げられないと知った後は。

 けれど彼はそのどちらも許してはくれなかった。

 逃げようとすれば監禁場所の鍵は彼の頭脳を駆使してより厳重なものにされていった。
 食事を摂るのを止めようとすれば、手足を縛られ抵抗できない状態で点滴を注された。

 逃げる事も死ぬ事も叶わぬ中、俺は彼の為に生かされ続けている。


「アイツこんな事して何が楽しいんだろ…」


 毎日、幾度となく彼はここにやってくる。

 学校はどうしたのだとか。
 探偵業はどうしたのだとか。

 聞きたい事は幾らでもあったけれど、ソレを聞いたら何かが変わってしまう気がして。
 聞きたい事は幾らでもあったけれど、ソレを聞いたら自分が壊れてしまう気がして。

 結局何も聞けず、気がつけば此処に閉じ込められてから自分の体内時計でカウントした限りでは一ヶ月が経とうとしている。
 尤も、怪盗を続ける上で身体に染み込ませた体内時計も徐々に狂い始めてはいるだろうが。


「ほんと、訳わかんねえ…」


 最初は自分の屈辱的な姿を楽しむ気なのかと思った。
 『怪盗』を閉じ込めて『探偵』としての気分を満足させる気かとも思った。

 けれどそれも違うと最近では思う。

 彼が自分を見詰める瞳は何時でも優しい。
 ソレに気付いたのは此処に閉じ込められて何日か経った時。

 彼は優しい。
 彼は当初に言った通り俺の望みは本当に何でも叶えてくれる。

 例えば、老舗和菓子屋の上生菓子が食べたいと言えば直ぐに用意してくれるし。
 例えば、退屈だと言えば新しい本(本な辺りが「流石は本の虫の名探偵…」と言いたくなるが…)を用意してくれる。
 (最近は専ら俺がゲーム、と言うからゲームが増えていく一方だが)

 外に繋がる物、例えば電話だとかパソコンだとか、後は逃走に使えそうな物以外は全て俺の望むようにさせてくれる。

 扱いはVIP。
 ある意味居心地はいい。

 でも…。


「いい加減身体鈍った…」


 牢獄にしては広過ぎるこの部屋。
 ワンルームに別付きでバストイレ付き。
 ありえない広さのその部屋は確かに広い為それなりの運動は出来るが、それでも身体は鈍る。
 それも彼の狙いなのかもしれないが…。


「絶対俺太ったし…」


 むにぃっと頬を伸ばしてみる。
 肉と言うか脂肪が付いた気がする。
 当たり前と言えば当たり前だ。
 正に『食っちゃ寝』生活をしているのだから。


「ぶくぶくの俺なんて嫌だ…」


 ぶくぶくになった自分を想像してぞっとする。
 そんな事になったら目も当てられない。


「名探偵に言って健康器具用意してもらうかな…」


 昔(と言ってもほんの一ヶ月前だが)見たテレフォンショッピングで紹介されていた器具を思い出して、どれがいいか考えて。
 それから一つ溜息を吐いた。


「何で俺…」


 ―――逃げ出したいと思わなくなったんだろう?





















「それなら結構」
「!?」


 何時の間に来ていたのだろう。
 幾ら彼が気配を消すのが上手いと言っても気付かなかった自分に呆れる。


「お前を一生ここに閉じ込めておけそうで嬉しいよ」


 向けられる笑顔は穏やか。
 狂った言葉すら優しい睦言に感じる。


「なあ、『かいと』?」
「!?」


 一度も名乗る事をしなかった名前を呼ばれて、快斗の表情が引き攣る。


「解らない筈がない事ぐらい解ってただろ?」


 そう、解らない筈はない。

 キッドの衣装は初日に剥ぎ取られた。
 モノクルもその時外された。

 態々引っ張るなんて真似をしなくても、毎日毎日俺を見ていればこの表面かおが偽物でない事ぐらい解る。

 だとすれば調べるのは簡単。
 身元が割れるのなんか即行だった筈だ。


「ああ」


 確かに驚く事ではない。
 予想できる範疇だった筈だ。
 けれど何処かで期待していたのかもしれない。

 彼に正体がばれない事に。
 彼が自分に何も聞かない事に。


「でも調べるぐらいなら俺に聞けば良かっただろ?」


 何故か理不尽な怒りが湧き上がる。
 彼は何も聞かなかった。
 彼は何も知らない振りをしていた。
 それが悔しい。


「聞いたら答えたのか?」
「………」


 怒りを湛えた瞳で睨み付けてくる快斗を新一は幸せそうに見詰める。

 どうして怒りが生まれるのか。
 どうしてそんな瞳を向けるのか。

 新一には快斗がまだ解っていない感情が解っていたから。


「聞いても答えない、そう思っていたからこそ調べさせてもらった」
「それで…どうするつもりだよ」


 脅す気かと。
 何かに利用する気かと。

 そう瞳で訴えてくる快斗に新一は微笑む。


「別にどうするつもりもねえよ」
「じゃあどうして…」
「お前の本当の名前を呼びたかった。それだけだ」
「何言って…」
「毎日偽りの名前を呼ばれ続けるんじゃ辛いだろ?」
「っ……」



 新一はコナンだった時に気付いていた。

 『江戸川コナン』と呼ばれる度に『工藤新一』が消えていく気がした。
 だからこそ、『怪盗キッド』と呼ばれる者の事を考えた。

 きっと自分と同じ思いをしている筈。
 きっと自分が自分でなくなる感覚を知っている筈。

 快斗の瞳が曇った事が全ての事実を証明していた。


「だからお前の本当の名を呼んでやりたかったんだ」


 それは事実であり偽り。
 彼の為だと言いながら、それは自分の為だった。

 彼を手に入れても彼は自分のものにはならない。
 彼を手に入れても自分は彼の事を何も知らない。

 名前も。
 家族構成も。
 どんな環境で生きてきたのかも。

 何もかも知らなかった。
 全て知りたかった。

 だから全てを彼の全てを貪る様に調べた。
 自分の知らない彼が居るのを嫌う様に。


「そんな事されても…迷惑だ」


 勿論返されたのは拒絶。
 そんな事は解りきっていた。


「知ってる」
「だったら今まで通り『キッド』と呼べばいいだろ?」
「それは嫌だ」
「嫌だ、嫌じゃないの問題じゃない!」
「俺にはそういう問題だ」
「っ…!この我が侭野郎!」
「そんな事解ってるよ」


 我が侭なのなんか最初から解っている。

 我が侭で君を閉じ込めた。
 我が侭で君を俺のものにして。

 けれど決して堕ちてくれない孤高の怪盗。


「そんなの最初から解ってる」


 欲しかったから閉じ込めた。
 手に入れたかったから全て調べた。

 我が侭以外の何物でもない事は自分が一番よく分かっている。


「それでも俺は…」


 言いかけて言葉を切る。

 告白いう資格なんかない。
 こんな所に閉じ込めて、そして俺以外頼れないようにして。
 その上で言える言葉である筈がない。


「何だよ」
「何でもねえよ」
「…気になるだろ」
「気にしてろ」
「………ムカツク」


 むぅっと眉を寄せた彼が愛しい。

 此処に閉じ込めてから彼が見せてくれる素顔。
 例えそれが憎しみに彩られた物だとしても。


「何笑ってんだよ」


 指摘されて気付く。
 どんな時でも笑みが零れてしまうのを抑えきれない。

 好きで好きで仕方なくて。
 どうしようもなくて閉じ込めた。

 だって不安だったから。
 彼が自分以外の誰かに捕まってしまったらどうしようかと考えると。
 だって不安だったから。
 何時彼が死んでしまうのかと。


「別に何でもねえよ」


 この瞬間が永遠に続けばいいと願っていた。




















――ガチャッ


「んっ…?」


 扉の開かれる音に快斗の意識は浮上した。
 その方向に目を向ければ何処か寂しげな目をした新一の姿。


「悪い。起こしたな」
「別に。それよりどうしたんだ?」


 新一が態々自分が寝ている時に此処に入ってくるなんて珍しい。
 一体何事かと首を傾げれば、新一はそっと快斗の眠っているベットの端へと腰を下ろした。


「お前さ…」
「ん?」
「出ていいぜ。此処から」
「なっ…!」


 望んでいた筈だった。
 欲していた筈だった。

 自由を。
 解放される事を。


「鍵開けてくから好きな時に帰れよ」


 そう言って腰を上げた彼のシャツを掴んでいたのは本当に無意識。


「突然どうしたんだよ」
「別に」
「別にじゃねえだろ!こんなとこに勝手に閉じ込めて、それで今度は勝手に出ていいだ?ふざけるのもたいがいにしろよ!!」
「いいだろ。解放してやるって言ってんだから」


 目線すら合わせて貰えない。
 こちらを向いてすらくれない。

 その事が酷く辛い事に感じた。


「ふざけるな!一体お前は何がしたいんだよ!」


 こんな所に何も解らず連れて来られ、閉じ込められて。
 そして今度は何も解らずに解放される。

 彼が何をしたいのかも、何を望むのかも解らない。


「別に。最初に言っただろ?俺はお前の悔しそうな顔が見られると思ってお前を此処に閉じ込めた、と」
「じゃあ何か?俺はお前にそれを提供しただけだと?」
「ああ。だが、今のお前はそうじゃないんでね」
「どういう意味だよ」


 解らないと発した瞬間、新一は快斗に覆いかぶさって来た。


「何すんだよ!」
「お前さ、ほんとは此処から逃げ出したくないんだろ?」
「何言ってんだよ!逃げ出したいに決まってんだろ!」
「へえ…。だったらさっさと逃げればいいだろ?鍵は開けっ放しなんだからさ」


 新一の言う通り扉は開かれたまま。
 逃げ出そうと思えば、何時でも逃げ出せる。


「お前が…お前が邪魔なんだろ!」
「またそうやって理由作りか?お前なら俺を払い除けて行くのなんか容易いだろ?」


 確かに線の細い彼と、怪盗をしていて鍛えていた自分では力の差は歴然。
 彼を払い除けて逃げるのは容易い。


「それでもお前はそれをしない。それどころか俺を引き止めた」


 逃げてもいいという言葉を受け入れられず、自ら監視者を引き止めた。
 ソレが意味する事は…。


「お前は逃げたくないんだよ。俺の許から」
「っ…!」


 きっぱりと言い切られ、嘘偽りを許さない蒼に見詰められて、快斗は固まるしかなかった。

 気付きたくなかった。
 知りたくなかった。

 自分の本当の気持ちなど。


「俺の傍に居たいんだろ?」


 言われた言葉はきっと真実だった。

 何時しか彼に見詰められるのが幸せになっていた。
 何時しか彼を見詰めるのが幸せになっていた。


「だったら素直にそう言ったらどうだ?」


 にっこりと微笑まれる。
 天使の皮を被った極上の悪魔に。


 卑怯なやり方だと知っていた。
 此処で頷く事は負けだとも解っていた。

 けれど。


「……傍に…居たい」


 魅了されていた。
 この悪魔に。

 心奪われていた。
 この天使に。


 だから交わすのは狂った契約ちかい


「だったら一生お前の事を閉じ込めてやるよ」



 それは夜を翔る天使が自ら地上に留まる事を選んだ瞬間だった。










END.


70000hit有り難う御座いますv
自分のサイトよりも先にweb拍手解析を見て、其処にきていたメッセージで気付きました(爆)←それでいいのかよι
最近激しく、激しく更新が滞りがちなこんなサイトに来て下さる心優しい皆様に感謝v
これからも宜しくお願い致します。

で、今回は…病んでる上に快新っていうか、新快?(核爆)
いや、心持ちはもちろん快新で書いてますよ?(焦)新快っぽくても快新だと言い張ります!(オイ)
こんな品ですが、何時も通りhit記念でフリーとなっております。
宜しければお持ち帰り下さいませ♪



top