『告白』

 (名)スル
 (1)心の中に秘めていたことを、ありのままに打ち明けること。また、その言葉。
 「愛を―する」
 (2)キリスト教で、自己の信仰を公に言い表すこと。また、自己の罪を神に告げ、罪の赦(ゆる)しを求めること。
 (3)広く告げ知らせること。広告。
 「―…予私塾を開き英学を教授す/新聞雑誌 18」
(三省堂「大辞林 第二版」より)










告白(ver.sweet)











「心の中に秘めていたことをありのままに打ち明けること、ねえ…」


 辞書を開き、今更ながらにその言葉の持つ意味を確認したりしてみながら快斗は重い溜息を吐いた。

 先日大好きで大好きで堪らない人に好きだと言った。
 けれど、それは彼的には「レトロで気障な怪盗」らしからぬ告白だったらしい。

 確かにどうも流れ的な所で言ってしまった感は拭えない。
 が、しかし…だからって―――やり直しを要求するってどうなんだ…?


「大体、俺だって普通の高校生なんだから…あれぐらいで許して欲しい;」


 確かに名探偵としては俺の正体なんぞ知らない訳で。
 だからと言って、告白をする前にそれを言ってしまうのも何だかな…と思って。


「やっぱり『私』を受け入れてもらってから、『俺』の事も受け入れて欲しいし…」


 けれど、しっかり受け入れて貰う気は満々な辺り、自分も相当自信過剰なのかもしれない。
 まあそれも、名探偵が『私』の事を嫌いじゃないのは分かっているから。
 ただ…そういう意味で好きかどうかと問われれば、彼がどう答えるかは分からないが。


「ま、名探偵そういうのは奥手だし。っていうか、押しに弱そうだし…」
「かーいと。何ブツブツ言ってるの?」
「ほっとけ。今俺はとーっても大事な事考えてる最中なの」


 授業中だというのに、教師が話す言葉なんて何にも耳に入ってこない。
 唯一入ってくるのは隣に座っている幼馴染の言葉ぐらい。


「だってえ…気になるじゃない!」
「勝手に気にしてろ」
「それに何調べ……こく、はく…? 快斗、告白するの!?」
「ばっ…! お前声でか…」


『黒羽が告白!?』
『相手は誰だ!?』
『っていうか、この学校なのか!?』
『奴は面食いだ! 絶対に美人に違いない!!』


 青子がついつい声を上げてしまったせいで途端にクラス中からそんな声が上がる。
 酷い奴に至っては「俺の彼女には絶対に手、出すんじゃねえぞ!!」なんて検討違いな声まで…。


「あー…もぅ…面倒な事になったなあ…;」


 わあわあと騒ぎ立てるクラスメイトに快斗は頭を抱える。
 教師の「静かにしなさい!」という叫びにも似た静止の声すら既に暖簾に腕押し、糠に釘だ。


「で、快斗。誰に告白するの?」


 そんな中、意外にも冷静にそう尋ねてきたのはその原因を作った幼馴染。
 その目は楽しそうにきらきら輝いている。

 あー…コイツ俺のことホント幼馴染としてしか見てねえのな…。
 俺はちょっとでも好きだった時期あったっていうのに…。

 心の中でちょっとセンチな気分になりながらも、快斗はそんな興味津々の眼差しに答える様にウインクをしてやった。


「だーめ。幾らお前でも内緒vv」






























「あー…豪い目にあった……;」


 結局激し過ぎるクラスメイトの質問攻撃から逃げる為、いつも通り(…)ぽんっと教室から煙幕と共に姿を消して。
 残りの授業は自主休校を決め込むことにした。

 学校からの帰り道、天気も良くぽかぽか陽気を満喫しながらぽてぽてと歩いていると―――。










 ―――ファンファン…ファンファン……










「こんないい天気だってのに…」


 事件らしい。
 しかもあの赤い光をつけてパトカーがありえないスピードで駆けつけなければならない程の。

 もーやだなぁ。
 物騒な光景を見ながら暢気な声で呟いて、快斗は鞄から取り出したイヤホンを耳に嵌め込んだ。


『…繰り返す。現場は米花町三丁目マンションの四階。被害者は……』


 全く、物騒な世の中だ。
 殺しが日常茶飯事ってのもホント気が滅入るよな…。

 自分もある種物騒な事をしているのだが、それはこの際置いておく事にして。
 まあ、色々必要だからしょうがない。うんうん。
 なんて一人納得してみて。
 解決するまではとりあえず探っておこうかとイヤホンから聞こえてくる声に耳を傾けながら歩く。


『犯人は現在人質を取って立て篭もっている。その人質は、犯人が立て篭もっている隣の部屋に住んでいる小学校四年生の白井明美ちゃん…それから―――』


 あー…大変だ。
 人質まで取ってるのか。
 全く…迷惑この上ない犯、人……。


『―――――工藤君だ……』




















(ちょ、ちょっと待てよ…。嘘、だろ……!?)




















 聞こえて来た彼の名前に、気付けば人通りのある道で一人叫び声をあげそうになって慌てて口を押さえる。

 ちょっと、待て。
 幾らなんだって何でアイツを人質に取る。
 相手はあの『名探偵』なんだぞ?
 危ないだろうが…;

 そう、非常に危ない。
 そりゃ普通の人間を人質に取ってるんだったら快斗だって心配はするのだけれど…。


(あの名探偵人質に取るなんて…どんだけ命知らずな犯人なんだよ;)


 あーもう、お馬鹿さんだなぁ…。
 しょーがない。
 様子だけでも見に行こう…。


 結局、何だかんだ言っても彼の心配までしている自分に苦笑しながら快斗は彼が捕らわれている場所へと向かった。






























 その頃、工藤新一は非常に不愉快なのを隠そうともせずに綺麗な眉を盛大に機嫌悪そうに寄せていた。
 いや、不愉快とか機嫌が悪いとか、そんなレベルの話ではない。
 そりゃもう…今すぐに目の前の人物を刺し殺してでも―――いや、一応殺人はしたくないからそんな事は本当にはしないが―――それでもそのぐらいここから一分一秒でも早く脱出したい思いでいっぱいだった。


 今日は楽しみに待っていた新刊の発売日で。
 事件と言う名目(…)で午後は自主休校を決め込んで本屋に寄れば、馴染みの店主が新一の為に取り置きしておいてくれた本を受け取って。
 ルンルン(…)しながら家に帰る途中、妙な叫び声が聞こえた。
 それを不審に思い、このマンションまで来てみれば―――。


「く、来るな!! 来たら刺すぞ!!」


 なんて三流ドラマ風に包丁を振り回している男に出くわした。
 その時はどれだけ自分の事件体質を呪った事か…。


「おい! 其処の細い奴!」


 きゃあきゃあと逃げ惑う人々の中、じっとその男を見詰めていればそんな風に言われた。
 その瞬間ちょっとピキッとは来たのだが、とりあえず自分らしい。
 細い奴、ってそりゃ…まあ、太いとは思わないがそう言われるのも男としては非常に癪である。


「そうお前だ!! こっちに来い! じゃないと……」


 言いかけた男が視線を向けたのは、男のすぐ傍で泣きながらしゃがんでしまっている女の子。
 自分が行かなければ確実にその子が人質に取られるのだろう。
 いつものように蹴り飛ばしてやろうとも思ったが、生憎相手とその子との距離が近すぎる。
 もし、何かあった時の事を考えたら――。


「っ…」
「早く来い! コイツがどうなっても…」
「分かった」


 非常に不本意ではあったが男の言う通りに一歩一歩男との距離を詰める。
 ゆっくりと、確実に。


「よし。大人しくしてろよ?」


 ニヤリ、と笑った男は新一の首にナイフを当てるとその女の子の手を引っ張り無理矢理に立ち上がらせた。


「おい! その子は…」
「大人しくしてろよ。人質は…一人より二人の方がいい」
「っ…」


 次の瞬間には男の手元には準備万端というようにもう一本小さなナイフが握られていた。
 そのナイフの刃先はその女の子の首元にあてられていた。
 迂闊に手出しする事も出来ず、新一はぎゅっと右手を握り締めた。
 その様子に満足したのか男はまたニヤリと嫌な笑みを浮かべて見せた。


「大人しく付いて来い」




















 そして連れて来られた部屋で見たモノは―――惨殺された女性の死体。

 それを目の前にして、叫び声を上げる事も出来ずただがくがくと震えながら泣き出してしまった女の子を男は面倒臭そうに見詰めながらその小さな身体を縛りあげる。
 器用にも、左手でその子の首元にナイフを突きつけ新一が動けない様にしながら。


「お前もここに座れ」


 大人しく新一が座ると、新一の身体にもロープが巻かれていく。
 ぎりぎりと締め上げられる程強く縛られたそれに新一の身体は悲鳴をあげる。


「っ…」
「いいか。大人しくしてろよ?」


 言われた通り新一は口を噤んだ。
 一人であったなら如何様にも出来るが、今は一人ではない。
 この小さな女の子を巻き込む訳にはいかない。


(どうする…どうする…)


 逃げ道はさっき入って来たドアとベランダ。
 しかしここは四階。
 一人なら伝って逃げられない事もないが(…)流石にこの子を連れてそれは難しい。
 だとすると、逃げ道はドアだけか…。


「来たみたいだな…」


 男がカーテンを少しだけ開け、窓から下を覗いて呟いた。
 新一もそっと視線をそちらへ向ける。
 が、ベランダの壁に邪魔されて見る事が叶わない。
 けれど、予想はついた。

 あれだけ大暴れしていたのだ。
 直ぐに警察に通報されたのだろう。
 だとすれば―――。


「まあ、こっちには人質も居るし…奴らも滅多な真似は出来ねえだろうな。何たって……」


 ちらり、と男が新一の方を向き、ニヤリと厭らしい笑みを浮かべる。


「こっちには、警察の救世主の『工藤新一』が居るんだしな?」
「っ……」
「まあ、そんなに怖い顔するなよ。しかし…あそこにあんたがいたのはラッキーだったな。
 精々、利用されてくれよ? 平成のシャーロック・ホームズさん?」


 クスクスと笑いながら男は新一を見詰める。
 横の女の子には目もくれずに。


「俺に、何をさせようって言うんだ?」
「なぁに、ただ単に交渉をしてもらうだけだよ。警察と、な」
「交渉?」
「ああ。逃走用の車と、それから…ある程度の現金」
「………。俺が交渉した所で警察がみすみすお前を逃がすとは思わないが?」
「まあ、俺が交渉するよりもお前が交渉した方がましだろ?
 警察も、みすみすお前を死なせてマスコミに叩かれたかないだろうからな」
「っ……」


 ぎりっと奥歯を噛み締めて、新一は耐える。
 一時の感情に任せて軽率な行動を取るのは懸命ではない。
 特に、自分は一人ではないのだから。


「舐めた真似したら、その子がどうなるか…」
「止めろっ…!」
「じゃあ、精々大人しくしてるんだな」


 吐き捨てる様にそう言った男は、ドアの鍵を確認する様に新一と女の子から離れ玄関へと向かった。


「……平気か?」
「……ぅ……」


 漸く男が少し離れたので、新一は小声で女の子に話しかけた。
 瞳一杯に涙を溜め、それでも新一をじっと見詰めてくる女の子を安心させる様に、新一は女の子に優しく微笑んだ。


「大丈夫。絶対助けが来るからな?」
「ぅ…」
「それまでは俺が付いてるから。だから、一緒に頑張ろうな?」
「うんっ…!」


 力いっぱい頷いて、少し笑顔を見せてくれた女の子に新一は少し安堵して。
 ズボンの後ろのポケットを探った。


(ちっ…やっぱ、何もねえか…)


 こんな事なら、サバイバルナイフの一本でも入れて置けば良かったと思う。
 そんな物騒なモノでなくても、何か入れて置けば良かったと。

 まあそんな事今更思った所で無駄ではあるが。


(どーすっかな…)


 人質として捕らわれている以上、直ぐに殺される事はない…と思う。
 けれど、男は殺人犯。
 キレたら何をするか分からない。

 唯の誘拐とか、現金目当ての立て篭もりとかよりは激しく性質が悪い。
 しかもこっちは少女が居る分、分も悪い。


(大人しく、救助を待つしかねえかな…)


 きっと長期戦になるだろう。
 それまでこの女の子が持つかどうか―――。


 考えて、新一は天井を見上げた。
 そして何故かこんな時に思い出した事に苦笑してしまう。


(あー…俺、そういやアイツにまだ返事してねえや。つーか、まだちゃんとした告白待ち…だしな…)


 昨日の事を思い出し、少しだけ気分が浮上した。
 彼が自分に告げてくれた言葉。
 まあチョコレートに例えられたのは大分嫌だが(…)それでも、彼の言葉が嬉しくなかったと言えば嘘になる。
 照れ隠しの様に何だかんだ理由をつけてこの間は逃げてきてしまったが。

 正直、彼が言う『好き』という感情を新一は彼に対して持っているとは言い難い。
 それでも――彼の事が気になって気になって仕方ないのは事実だから。

 彼が自分を気にしてくれている事は純粋に嬉しかった。


(今頃アイツ何してんのかな…)


 ぼおっと天井の線を見詰め、そんな事を考えてしまう。
 現実逃避をしたいのかもしれないなんて頭の片隅で思いながら。


(つーか、アイツ…幾つだよι)


 見た感じは二十代…より若いのだと思う。
 最初に会った時からそれは感じていた。

 そして…あの事件の時、引っ張られても変わる事のなかった顔立ちから、きっと自分と同年代ぐらいなのだろう事も。


(あー…同い年は嫌だな…;)


 あの時知った。
 アイツの顔立ちが俺に似ているのだという事を。
 そして、アイツは幾らでも人の声を出せるから――。


(顔立ちも一緒で、声も真似出来て……同い年なんて洒落にならねえ;)


 唯でさえ、あの時一瞬でも自分の幼馴染も自分だと信じていたのだ。
 これでもし、アイツと付き合うなんてことになったら――。


(色々メンドイ…;)


 ぶっちゃけ新一的にはソコが問題だった…(爆)



「お兄ちゃん…?」
「あ、悪い…」


 少しぼおっとしてしまって。
 不安げに呟かれた言葉に新一は視線を女の子へと戻した。


「何、考えてたの…?」
「んー……大事な人の事、かな…」
「大事な人?」
「ああ」
「ママの事? それともパパ?」
「あ、いや……ι」


 そうか、と思う。
 この小さな女の子にとっては一番大切な人と言えば両親なのだ。

 素敵な両親の元で幸せに育って来たのだろう。
 そう思うとこんな時なのに何故か温かな気持ちになる。


「違うの?」
「あ、ああ…」
「んー…じゃあ、お兄ちゃんの好きな人?」
「…あ、まあ…そんなとこ……かな…」


 女の子の中では大事な人、と好きな人、では何やらはっきりと分かれているらしい。
 どういう違いかは分からないが。

 好きな人、と言われてしまうとはっきり好き、とは言えない自分に苦笑しながら純粋に向けられるその瞳にはっきりと嘘は言えずに新一は多少口篭った。
 それに女の子は首を傾げる。


「好きなのか分からないの?」
「あー…いやぁ…」
「?」


 じーっと答えを待っている女の子に新一はもう一度苦笑して、何と返していいものか考えてしまう。

 好き、ではある…と思う。
 けれどそれが彼と同じ意味での好き、かどうかは自分でも分からない。


「多分、好き…なんだと思う」
「………」


 新一の微妙な返答にんーっとちょっと不満げに唇を尖らせて考えてしまった女の子に新一は何か不味い事を言ってしまったかと少し慌てたが、それも少女の次の質問で吹っ飛んだ。


「お兄ちゃんは、その人とキスしたいと思う?」
「き、キス!?」
「そう。あのね、雪子ちゃんが言ってたの。『キスしたい』って思える人が本当に好きな人なんだって!」
「………」


 なんだろう。  最近の小学生はそんなにマセているのだろうか…。
 自分が小学生の時なんて、幼馴染を照れ隠しに苗字で呼ぶぐらいだったというのに…。


「ねえ、お兄ちゃんはその人とキスしたい?」
「………分かんねえ」


 正直、そんな風に言われても実感が湧かなかった。

 彼と付き合うとか、彼とそういう事をするとか。
 何だか現実味がなかった。

 彼は自分にとって幻の様なモノで。
 彼との逢瀬はまるで夢幻の様で。

 リアリティがないのだ。
 まるで自分の都合の良い夢の中にひたひたと浸かっている様な気がする。


「分かんないの?」
「ああ」
「ふーん…」


 少女は少し詰まらなそうにそう言って、慌てて口を噤んだ。
 男が此方に戻って来たからだ。


「どうした? 逃げる算段でもしてたのか?」
「そんな事してもこの状況じゃ無駄だろ」
「まあ、そうだな。この状況じゃ…」
「……あっ……」
「ん? なっ……!?」


 少しだけ開けられていたカーテンの向こう、ちらりと見えた白に新一は思わず声を上げた。
 その新一につられる様に男も視線をそちらへ向け、固まった。


「な、何でこんな所に怪盗キッドが居るんだ!?」


 目の前で叫ぶ男と一瞬だけ、新一は同じ事を思った。
 そして、心の中でこの目の前の男の哀れな末路を思い溜息を吐いた。


「お邪魔しますよ」


 無駄に丁寧にそう言って、怪盗は窓を開け、室内に侵入してきた。
 当然窓には鍵が掛かっていたのだが、そんなものこの怪盗にとっては子供騙しだったに違いない。


「ど、どうして…」
「貴方が私の大切なモノを勝手に持って行かれたので取り返しに来ただけですよ」


 微笑みながら、男に一歩一歩近づいて行くキッドの目は笑っていない。
 それに新一は天井を仰いだ。

 先日、彼に告白されて。
 思い上がりでなければ彼の大切なモノというのは恐らく自分で。
 んでもって、こんな夜とは言えない時間にこの怪盗は自分を取り返す為にこんな所まで来た訳で―――。


(あー…もうホント、バ怪盗だな;)


 折角助けに来てくれた怪盗に向かって新一はそんな酷い事を考えていた。


 大切な人にそんな事を思われているなど露程も考えていない怪盗は、さっさと男との間合いを詰め、男が新一と女の子の所に駆け寄ろうとした所で、その足元にトランプ銃を向け躊躇う事なくトリガーを引いた。
 トランプ銃から発射されたスペードのエースが男の足ぎりぎりのフローリングへと見事に突き刺さった。


「ひっ…!」
「大人しくしておいた方が身の為ですよ?」
「か、怪盗キッドは人を傷付けないんだろ!」
「ええ。ですが――大切なモノの為なら…私だって何をするか分かりませんよ?」


 にっこりと微笑みながら紡がれた歪んだ言葉に男は竦みあがり、新一は溜息を吐いた。


「わ、分かった! 人質は解放するからっ…!」
「なら、大人しくしてもらいましょうか」


 すっかり怯えきってしまった男に、キッドはすかさず催眠ガスを嗅がせて。
 倒れこんだ男を支える事無く、床に倒れさせた。

 ゴスッといい音がしたのはご愛嬌だ。


「大丈夫ですか? 名探偵」
「何しに来た。このバ怪盗」
「…それが助けて貰った人間の台詞ですか;」
「俺は助けてくれなんて一言も頼んでない」
「………;」


 分かっていた事とはいえ、新一の冷たい目線に怪盗は小さく溜息を吐く。
 そりゃ頼まれてはいなかったとはいえ、もうちょーっと素敵なお言葉を期待していたのだが……。


「どうでもいいけど、早くその子のロープ解いてやれよ」
「ああ、そうでしたね」


 目の前の現実に何が何だか分からずに、驚きでぱしぱしと瞳を瞬かせたままだった女の子にキッドはにっこりと笑いかけて。
 直ぐにそのロープを解いてやった。


「もう大丈夫ですよ」
「あり、がとう…」


 キッドをじーっと見詰め、きちんとお礼を言ってくれた少女にキッドは笑みを深め、ポンッとピンクの可愛い薔薇を少女に差し出した。


「頑張った勇敢なお姫様に怪盗から心を籠めてこの花を」
「………」


 無言で頬を赤らめておずおずとその花を受け取った少女に新一の口元にも笑みが浮かぶ。


「良かったな」
「うん!」


 にこにこと嬉しそうにその花を見詰める少女を新一は嬉しそうに見詰めた後、怪盗を見詰め…俺様的発言をかました(ぇ)


「まあ、それはいいとして…早くコレ外せよ、バ怪盗!」
「…そういう言い方をされて、私が外すと思いますか?」
「………」
「外して下さい、でしょう?」
「っ……」


 にこにこと機嫌良さそうにそう告げる怪盗を新一はキッと睨み付ける。
 そんな視線も怪盗の笑みを深めさせるばかり。


「そんなに意地悪しちゃ駄目よ?」


 そんな二人を横で見詰めていた少女の口から発せられた言葉にキッドと新一はお互いに向け合っていた視線を少女へと移した。


「仲良くしなきゃ、ね?」
「………」
「………」
「それから、お兄ちゃんも助けてもらったんだからちゃんとお礼を言わなくちゃ」


 ね?とにっこりと可愛らしい笑顔で言われ、新一も言葉に詰まった。

 確かに、彼女の言う通りではある。
 助けてもったのは…確か、だ…。


「……さんきゅーな」
「名探偵…」


 女の子に諭されて、嫌そうに、それでもきちんとお礼(…?)を言った新一にキッドはほんの少し驚いた顔をして。
 でも、次の瞬間には嬉しそうに笑って、新一のロープを解いてやった。


「仲良しが一番よ♪」
「そう、だな…」
「ですね」


 女の子の言葉にキッドも新一も何とも言えない笑みを浮かべて。
 けれど、そんなのも悪くないと少し思った。


「さてさて…それでは私はそろそろお暇しましょうかね」
「そうしろ。さっさと帰れ、バ怪盗」
「あーもう…名探偵…。またそういう言い方する;」


 折角ちょっといい感じだったのに…と凹むキッドに新一はクスクスと笑う。


「ま、助かったよ。精々気をつけて帰れよ」


 ちらっとだけ笑って見せた新一にちょっとだけキッドは驚いて、同じ様な笑みを探偵に返すと楽しげに言い放った。


「まー、そんな事言えるのも今のうちだけだぜ? 次は覚悟してろよ?」
「あ? 覚悟?」
「そ。ちゃーんと俺の告白、受ける覚悟しとけよ。愛しの名探偵殿v」
「なっ…!」


 言われた言葉に反論しようとした瞬間、視界が煙幕で覆われた。
 そして当然の如く、次の瞬間には彼の姿は忽然と部屋から消えていた。


「あのヤロっ…」
「告白…?」
「あ、いや…あの…」


 隣に女の子が居るのをすっかり忘れていた新一は可愛く聞こえたその声におたおたしてしまう。
 ぜってーあの野郎、これを分かってて言いやがったな…。


「お兄ちゃん怪盗キッドに告白されるの?」
「………」
「何だか素敵ね」


 にこにこと楽しそうにそう言い放ってくれた女の子に新一は、「そうかもな」とちょっとだけ笑った。




















「工藤君! 怪我はないかね!?」


 女の子と共に部屋を出れば、待機していた警官達に保護された。
 そしてマンションの下まで降りれば見知った警部の顔があった。


「大丈夫ですよ。僕もこの子も怪我はありません」
「それなら良かった…。本当に、君にもその子にも怪我が無くて良かったよ」
「目暮警部…」


 本当に心配そうな顔で出迎えてくれた警部に新一は感謝する。
 いつでも彼は自分を気に掛けてくれている。
 特に、新一がメディアに出る様になってからは。

 メディアに顔が露出するという事はそれだけ新一自身の身が危なくなるという意味でもある。
 それを彼は非常に心配してくれた。
 そして今も。


「明美!!」


 叫び声に近い女性の声が聞こえ、新一が後ろを振り向けばそこにはエプロンを付けた一般家庭の主婦らしい女性が涙を浮かべ走り寄って来た。


「ママ!!」


 それに応じる様にそう叫びながら新一の横に居た女の子もその女性の方に走り寄るとそのままぎゅっと抱きついた。


「大丈夫? 怪我はない?」
「うん! お兄ちゃんが守ってくれたの!」


 涙を浮かべ、新一の方を見詰めながらぺこりと頭を下げた女性に新一も頭を下げる。
 本当に良かったと思う。
 彼女に怪我が無くて本当に。
 その辺りはあの怪盗に感謝なのではあるが…。


「明美、そのお花はどうしたの?」


 どうやら、女の子の持っていた薔薇の花に女性が気付いたらしい。
 不思議そうに女の子にそう尋ねた母親に女の子は笑顔で答えた。


「怪盗キッドさんに貰ったの?」
「怪盗…キッド…?」
「そう! 助けに来てくれたの! 凄く素敵だったの!」
「そう…」


 嬉しそうにいう女の子に母親は優しく笑いかける。
 酷い目にあったというのに元気な様子に安堵したのだろう。
 その様子は新一にとっても有難かった。


「本当に有難うございました」
「ありがとうございました」
「いえ…」


 もう一度ぺこりと頭を下げお礼を言ってくれた女性と、母親に促される様に女の子も新一にぺこりと頭を下げた。
 新一も二人にもう一度頭を下げた。
 とりあえず事情聴取は明日にしてもらえるとあって、母親と手を繋ぎ、笑顔で帰ろうとする女の子に新一が安堵して目暮警部と話をしようとその姿に背を向けた時、


「お兄ちゃん!」


 自分を呼ぶ声に、後ろを振り返った。


「ん?」
「あのね、頑張ってね!」
「?」
「ちゃんとお返事してあげなきゃ駄目だよ♪」
「………」
「じゃーね。お兄ちゃん」


 まったく、叶わないと思う。
 あんなに小さくても女性なのだと思う。
 何だか幼馴染の彼女を思い出して笑えて来た。


「ったく、敵わねえな…」


 来週彼に会うだろう日を思い浮かべて、新一は苦笑しつつも何だか酷く温かい気持ちになった。


















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