バレンタインデー
それは全国の男女にとって戦争である
けれどその中でも
類を見ない程のいじけっぷりの人物が今現在工藤邸には存在していた
チョコレート戦争
(本番編)
「…はぁ………」
工藤邸のリビングで快斗は本日何度目かのふかーい、ふかーーい溜め息を吐いていた。
「何でこういう日に限って…」
それ以上言おうとしたところで余計に切なくなって、快斗はそれ以上呟く代わりにもう一度深く溜め息を吐いた。
何故こんなにも快斗が沈んでいるのか。
説明しなくてもこれを読んでいるお嬢さん方なら解りますよね?
そう、今日も今日とて稀代の名探偵は朝から事件という非常に魅力的な恋人とのデートにお出かけ中。
それは快斗がどう足掻いても勝てない相手。
「…はぁ………」
再び快斗は深く深く溜め息を吐きながら座っているソファーに乗っかっていたお気に入りのクッションを手繰り寄せる。
ぎゅーっと抱えてみてもやっぱりそんな物ではとてもとても寂しさは埋まらなくて。
だからそれを再びぽいっと投げ捨てる。
「チョコレートは作ったし……何して待ってよう……」
昨日の夜しっかりと新一を可愛がった(…)後で、まだ空が明るくなる前にちゃっかり起き出してたっぷりと愛情を込めてチョコを作って。
それから、
『バレンタインだから花も必要だよねv』
と言って、寝室からリビングまで思いっきり白い薔薇を敷き詰めて。
お休みだから、少し遅めに新一を起こせば寝ぼけつつもその花たちに、
『ばーろ…///』
と頬を染めて照れてくれた可愛い可愛い恋人を押し倒したいのを必死に堪えて、抱きかかえてリビングに下りるのに留めて。
一緒に朝食を食べて…その後出かけようとした所で―――。
(……ムカツク………)
今朝の電話を思い出して、快斗は一人ぶすっと不貞腐れる。
それは裏の顔では幾ら苦労をしても行った事のない台詞で、けれど彼の恋人の事に関してはもう何度呟いたか解らない台詞。
一度お隣の科学者に、
『警察なんかなくなっちゃえ!!』
と、高校生としては何とも微妙な発言をした事がある位新一の事になると快斗は警察嫌いになる。
まあ、それに対する科学者の返事は…、
『なくなったら誰も事件を解決する人が居なくて、余計に工藤君が忙しくなるだけじゃない』
とのかなり呆れきったものだったのだが。
快斗だってそれは解りすぎる程に解っている。
新一が非常に優秀な探偵で、だからこそこれだけ依頼が来るのだという事も。
世の中には新一が推理しなければ解決しないような難事件が溢れている事も。
新一が自分を唯一捕まえる事の出来た『名探偵』だという事も…。
曲がりなりにも『あいきゅーよんひゃく』なんてすぺしゃるな頭脳を持っているのだから理解できない筈はない。
まあ、新一や哀に言わせればそのあいきゅーはまったくもって有効活用されていないのだが。
だけど頭では解っていても、それでも偶に酷く寂しくなる事がある。
こんな風にイベント事の時だとか…、夜に独りきりでこの広い家に残された時だとか。
けれどそれは自分も同じで。
クリスマスだとか、年末だとか、イベントの時ほど仕事があって。
それは今日偶々仕事をしなくて済んだのが不思議なぐらい。
だから快斗も新一には何も言えずに、笑顔でただ『いってらっしゃい』と送り出しただけ。
彼は『名探偵』で。
自分は『怪盗』で。
イベントイベントごとに仕事に追い回されて。
お互いの誕生日すらまともに祝えない程に。
「………普通の高校生並みのバレンタインがしたい…」
ぼそっと呟かれたのは快斗の本音。
たまには極々普通の高校生らしくイベントをしたいと思うのに…。
「はぁ……」
これは来月のホワイトデーも同じかなあ、と快斗が溜め息を吐いた時、
「何不穏なオーラ背負ってんだよ」
と苦笑気味の声が聞こえてきた。
慌てて声のした方に目を向ければそこには可愛らしい恋人の姿。
「!? 新一!」
「ただいま」
「おかえり〜♪早かったんだねぇv」
本庁への報告もあるだろうから、もっと夜中になるかと思ったのに。
新一の姿を確認するや否や、快斗は其れまでの不穏なオーラをぽいっと捨て去って、がばっと新一に抱きついた。
「ん。まあ今日のは大した事件じゃなかったし、それに…」
「?」
「…何でもねえ…」
言葉に詰まった新一に首を傾げる快斗に新一は内心で、
(お前の為に早く帰ってきたなんて死んでも言えるか!!///)
と、非常に可愛らしい叫びをあげていたりする。
その早く帰る為に、帰りの車の中で運転していた高木刑事を珍しく急かす新一に対し、二人の仲を知っている高木刑事が内心で『若いっていいよなぁ…』と思っていたのは余談である(笑)
それはさて置き…。
「ねーねーしんいちぃ〜v」
「んだよ…」
「その袋…何?♪」
「!?」
がばっと抱きついて、新一が何か後ろ背に隠しているのに気付いた快斗はにたぁ、と笑みを浮かべる。
その顔は……非常に崩れている(爆)
「な、何でもねえよ!///」
「ふーん…」
「な、何だよその目は!!」
「べつにぃ〜♪」
「………っ///」
解り切っている快斗と、解り切られているのを解っている新一。
けれど照れてしまって素直に言う事が出来ないのは快斗も解っている事。
そんな可愛らしい新一に快斗はクスッ、っと笑って、
「じゃあお疲れな新一君にコーヒーでも淹れましょうか♪」
と、新一から離れようとしたのだが…。
―――ぎゅー。
「ほへ?」
急にぎゅーっと新一に抱き付かれて、流石の快斗も思いがけない事態に一瞬呆けてしまう。
「し、しんいちくん…?」
「悪かった」
「え?」
とってもとっても可愛らしい行動の後で、顔を上げた新一に何だか見ているこっちが辛くなる位思いつめた顔でそう言われて。
快斗は訳も解らず首を傾げる。
「どうして新一が謝らなきゃいけないの?」
「…今日…一緒に居られなかったから……」
「しんい…」
「ごめん…」
折角あれだけ楽しみにしてたのに…ごめん、とぎゅっと何かを堪える様に快斗に抱きついてきた新一を快斗は優しく抱き締める。
「いいんだよ。新一のせいじゃない」
「でも…」
「いいんだよ」
さっきまで確かに拗ねていたのは事実だけど、こうやって自分の元に彼が帰ってきてくれる。
それだけで充分だから。
「それに…」
「…?」
「バレンタインはまだ終わってないしさ」
出かけるには少しばかり時間が足りないから、今日の予定は変更しなきゃならないけれど。
自宅でゆっくりバレンタインを満喫っていうのも悪くない。
「だからさ…」
これからゆっくり満喫しよ?
「ん…///」
「じゃあまずは新一への愛情たっぷりの俺のチョコレート食べて貰わなきゃねv」
「………待てよ…」
新一を伴って、ダイニングテーブルへ向かおうとすればぐいっと袖を引っ張られる。
「ん?」
「これ…///」
真っ赤な顔で差し出されたのは可愛らしくラッピングされた箱。
可愛らしいそれには『Saint Valentine’s Day』と文字の入ったリボンがかけられている。
これを買うのに彼はどれだけの恥ずかしさと戦ってくれたのだろう。
そう思うと、とても嬉しくて。
それでいて自分には酷く勿体無い気がして。
差し出されたそれに直ぐに手を伸ばす事が出来なかった。
「貰ってもいいの…?」
「…お前以外にやる奴なんていないから……///」
とってもとっても嬉しい事を言ってくれて、ぐいっとチョコレートを快斗に押し付けてくる新一から快斗は満面の笑みでチョコを受け取った。
「ありがとう、新一v」
「…///」
真っ赤になって俯いた新一を再びぎゅーっと抱き締めて。
快斗は今までで最高のバレンタインデーを満喫したのだった。
to be continue….
バレンタイン第三弾。何故か本番編が一番『戦争』じゃないという…(爆)
今回は新ちゃんが無自覚じゃなく…何やら素直で可愛らしい……。なぜ?←聞くなよι
すこぶるすこぶる快斗君が甘やかされてます(苦笑)
本番編おまけ
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