我慢強い方だと思っていた

 けれど、それはきっと
 どうしても欲しいと思うモノが無かっただけ

 それに出逢ってしまったら
 意外な程に自分は我が儘なのだと気付いた


 ――欲しいのは…貴方だけ――















 amour















「無理して話さなくてもいいんだぞ?」


 少し心配の滲む声で新一にそう言われて、その言葉にかいとはゆるゆると首を横に振った。


「いいんだ。…俺が、……話したいから」


 もうきっと我慢なんて出来ない。

 好きで好きで堪らない、なんて事どこかの恋愛小説の中だけの事だと思っていた。
 もしも現実にあるのだとしても、きっと自分には関係ない事だと思っていた。

 あの時から――あの部屋を見つけた時から――自分の中の何かが全てを諦め、世界を何処か俯瞰して見ていた気がする。
 あくまでも世の中は自分の中のリアルではなく、ただ目の前で動いている別の世界の事の様に見えていた。

 でも――彼に出逢って自分の世界は余りに急激に色付いた。

 彼と追いかけっこをしている間は、酷くリアルだった。
 偽りの姿で彼と対峙している筈なのに、それだけが現実だった。

 そんな彼と、偽りの姿ではなく本当の姿で友達になれて、こんな風に傍に居られて……。
 馬鹿みたいだけど夢みたいだと本気で思った。
 ずっとずっと願っていた夢物語が現実になった。

 そして自分がどうしてそんなに彼に惹かれていたのかやっと気付いた。


 ああ……きっと自分はずっとずっと彼に恋をしていたんだ―――。



「俺が…話したいんだ……」


 この想いを彼が受け入れてくれる筈がないのは分かっている。
 『友達』とは言ってくれても、かいとがこんな想いを抱いているなんて彼は予想もしていないだろう。

 それでも―――。


「…まあ、話したいっていうよりは、……俺が伝えたいだけなんだけど」
「…伝えたいだけ…?」


 真っ直ぐ新一を見詰めてそう言えば、新一は不思議そうな瞳でかいとを見つめ返す。
 それにかいとは柔らかく微笑んだ。


「そう。伝えたいだけ」


 受け入れられないのなんて分かっている。
 この恋が叶う事のないモノだなんて最初から分かっている。

 それでも……この想いを彼に伝えられればそれだけできっと自分は幸せだ。


「だからさ、工藤―――」


 ―――出掛けようか。俺達の始まりの場所へ……。








































「…来たかったのってここだったのか」
「うん。ごめんね」


 散々時間を引っ張って、かいとが新一を連れてきたのは二人が初めて出逢った場所。
 あの日あの時とはお互いの姿は違うけれど、それでもあの日の再現の様でかいとは酷く懐かしそうにその場所を見詰め、そして新一に謝罪した。
 そんなかいとの謝罪に新一は綺麗に弧を描いた眉をキュッと寄せる。


「何で謝んだよ」
「だって、名探偵にとっては大した事じゃなかっただろうから」


 こんなコソ泥との出逢いなんてきっと数々の人間と対峙してきた名探偵にとっては大した事じゃない。
 もしかしたら忘れ去られているかもしれない。

 そんな風に自嘲の滲むかいとの言葉に新一の眉は益々不機嫌そうに寄せられる。


「バーロ。人の思い出を勝手に大した事ない事にすんな」
「えっ…?」


 新一はぶすっと不機嫌そうな顔をしてそう言って、ぷいっとかいとから顔を逸らした。
 けれどもその耳がうっすらと赤い事に気付いてかいとはありもしない期待をしてしまう。

 もしかしたら―――彼も自分と同じ様にあの日を特別な日だったと思ってくれているんじゃないか、なんて…。

 ありもしない期待だとは分かってはいたけれど、それでももしもそうだったら良いと願ってしまう自分を押し殺して新一を見詰めれば、新一は懐かしそうにその場所を見詰めていた。


「花火…」
「ん?」
「花火持ってくれば良かったな」


 あの日あの時この場所で。
 偽りの小さな手に持っていたモノを思い出して、新一はひっそりと笑みを浮かべる。

 あの日あの時、自分はアレを持って彼を待っていた。
 怪盗1412号。
 人呼んで―――怪盗キッド。

 どうせ大した事のないコソ泥だろうと思っていた。
 ちょっとばっかり捻った暗号を作る程度の怪盗、そのぐらいの認識だった。

 けれど――――目の前に鮮やかに表れた“白”にあの時確かにオレは魅了された。


「そうだね。……何か、…懐かしいな……」


 目を細め、あの日を言葉通りに懐かしむ様にかいとはあの日新一が“江戸川コナン”として怪盗を待っていた場所を見詰めた。

 あの時の彼はもういない。
 今かいとの目の前に居るのは『工藤新一』だ。

 けれど――――あの時確かに怪盗が魅了されたのは少年の姿をした、けれどただの少年ではない“探偵”の彼だった。


「ホントだな」


 クスッと笑って、新一は引き寄せられる様にかつてコナンだった頃に怪盗を待っていた場所まで歩くとその場から夜の街を見詰めた。
 その横にかいとも並んで立つと、同じ様に地上に星の様に瞬いている光を見詰めた。


「…何か違和感あるな」
「ん?」
「あの時は、もう少し視線が下だったから…」
「ああ、そういう事か」


 感慨深そうにそう言って少しだけ遠い目をした新一の横で、かいとは少しだけ口の端を持ち上げた。


「そういう意味なら俺も違和感あるな」
「ん?」
「あの時はもう少し格好が違ったからね」
「ああ、そういう意味か」


 ちらっとかいとを横目で見て、新一はそう言って笑う。
 確かにそうだ。
 あの時の彼は“かいと”ではなかったのだから。


「何かさ…不思議だよね」
「不思議?」
「そう。あの時俺達は確かに『敵同士』だった筈なのに今こんな風に一緒に居るなんてさ」
「……そうか?」
「え…?」
「俺は別にそんな風には思ってなかったけど」
「……へ?? な、なんで…??」


 全く予想外だという顔をして見せたかいとに新一は満足そうにニヤリと笑う。
 その笑みにかいとの顔には余計にクエッションマークが浮かぶばかりだ。

 あの時、『怪盗』は『芸術家』だと言った。
 あの時、『探偵』は『批評家』だと言われた。

 友好的とは言い難いが、それでもそう言われた探偵は怪盗を『敵』だとは思ってはいなかった。


「捕まえたいとは思ったけど、“敵”だとは思ってなかったさ」
「…それ、どういう意味?」
「面白い奴を見つけたと思ったんだよ」


 あんな暗号を送りつけてみたり。
 あんな真っ白の目立つ格好で敢えて犯行を行ってみたり。
 そして、自分の幼馴染の格好までして態々自分と対峙して下さったり。

 予想外でワクワクした。
 追いかけて追い詰めたと思ってもするりと逃げられて。
 もう彼はただのコソ泥なんかじゃなかった。
 こんなに心惹かれる存在が現れた事に本人すら驚いた。


「…ったく、探偵って奴は皆そうなのかね……」


 そんな新一の内心など知らず、はぁ…と小さく溜息を吐いて、かいとがそう言うのにピクッと新一の眉が跳ねた。


「皆って誰だよ」
「ん? ああ、居るんだよ。工藤と同じ様に俺の事追っかけてくる奴。でも、多分…アイツも俺を『敵』だとは思ってない」


 かいとの言葉は表面こそ嫌そうに紡がれていたが、それでもその言葉の深い所にはその人間への信頼の様なモノが含まれているのを感じとって、新一はより眉を跳ね上げた。
 正直言って―――これはちょっとばっかり面白くない。


「…それって白馬のことか?」
「流石は名探偵。ご明察」
「………」
「ん? 工藤、どうした?」
「……お前にとってアイツと俺は同じ『探偵』で、同列って訳かよ」


 少しだけ拗ねた様に言葉が響いてしまったのも仕方ない。
 新一にとっての『怪盗』は“彼”だけなのに、彼にとっての『探偵』は他にもいる。

 彼を追う者は多い。

 あの黄昏の館の時だって、彼の招待というだけで何人の探偵が参加したか…。
 それを考えると世界中で考えたら彼を追う『探偵』なんて無数に居る。

 自分何て所詮数居る『探偵』の中の一人でしかない―――。



「そんな訳ないだろ!! 『名探偵』は別!! 俺にとって工藤は特別なんだから!!!」



 突然叫ぶように声を上げたかいとにビクッと新一の肩が反応する。
 逃げる様に地上の星へと注いでいた視線をかいとへと移すと、その顔は何だか酷く真剣だった。


「かい、…」
「俺が『名探偵』って呼ぶのは工藤だけだ! 他の誰でもない、工藤だけなんだからな!!」
「あ……え、えっと……その………有難う……」


 何だか酷く真剣に見詰められて。
 何だか酷く真剣にそう言われて。

 何をどう言って良いのか分からずに、とりあえずそう礼を言えば少し納得したのかかいとの目が幾分和らいだ。


「分かってくれればいいんだけどさ」
「でも…」
「ん?」
「『怪盗』にそんな風に熱弁されるなんて思わなかったけどな」


 『怪盗』から“特別”だと熱弁される日が来るなんて『探偵』としては予想もしていなかった。
 それが、世界中の『探偵』から追われる怪盗からなら尚更。

 不思議だと思う。
 まるで現実感のない事だと思う。

 それでも、『怪盗』の言葉は確かに『探偵』の心を酷く温めていた。


「…嫌だった……?」


 けれどもそんな探偵の言葉を怪盗は別の意味で捉えたらしい。
 不安げに揺れる瞳に新一は瞳を和らげた。


「バーロ。嫌な訳ねえだろ」
「…ホントに?」
「こんなとこで嘘ついてどーすんだよ」


 鋭いとこは鋭い癖に肝心な所では鈍い怪盗に何だか少しおかしくなる。
 気障で嫌味な位頭が切れて『好敵手』だなんて思っていた相手なのに、素の彼はそんなモノどこかに忘れてきてしまったかの様に明るくて素直で――。


「お前ってホント…よく分かんねえ奴だよな」


 思わず笑いが込み上げてクスクスと笑ってしまう。
 そんな新一の笑いのツボが分からずに首を傾げるかいとに新一は余計に笑ってしまう。


「俺的には工藤の言ってる意味の方がよく分かんないんだけど…?」
「面白い奴だって言ってるんだよ」
「…それは喜んでいいのかな?」
「さあな」


 自分でも随分と天邪鬼だとは思う。
 けれど素直に言ってやるのは癪で、新一はそんな風にあくまでもそっけなく言い放つと視線をまた地上の星達へと戻した。


「なあ、工藤」
「ん?」
「工藤はさ……」


 何かを言いかけて、それでも言い辛そうに口を噤んでしまったかいとを新一が横目でちらりと見れば、その顔を見た事がある事に気付く。
 ここに来る前、新一の家で見たかいとの顔と同じ。
 何かを誤魔化して隠していたかいとと同じ顔。

 とすれば、今言おうとしている事はきっとあの時隠していた事と同じ事なのだろう。

 だから、言い淀んだかいとに何も言わず新一は敢えてそのまま地上を見下ろしていた。
 数秒が数分に感じ、それがもうどれぐらい過ぎたのか分からなくなった頃、かいとが再び口を開いた。


「あのさ…」
「ん?」
「工藤は……好きな人とか居る?」
「はぁ…??」


 何を言われるのかと若干緊張していた所にきた余りに意外な質問に、新一は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
 その声にかいとが少しだけ拗ねた様に唇を尖らせた。


「な、何だよ…その反応…」
「いや、…お前こそ何で急にそんな事聞くんだよ」
「そ、それは……」
「つーか、そういうお前こそいるのかよ」


 人に聞く前にまず自分はどうなのか。
 とりあえず答え辛い質問をされた時の常套句の様な質問返しを新一がしてみれば、意外な程かいとは素直に答えた。


「……いるよ」
「えっ…」
「いる。凄く……凄く大好きな人がいる」


 酷く幸せそうな顔だった。
 きっと相手の事でも想っているのだろう。
 優しくて幸せそうで見ているこっちまで幸せそうな笑顔だったのに、そんなかいとの笑顔に新一の胸はギュッと鷲掴みにされた様に痛む。


「そっか…」


 痛い苦しい。
 悲鳴を上げてしまいたい程の激痛が胸に走った気がして、新一は自分の服の胸元をぎゅっと掴んだ。
 こみ上げてくる涙を必死に堪える様に唇を噛みしめれば、自分を覗き込んでくるかいとの視線に気付いた。


「工藤? 大丈夫?」
「あ、ああ…」


 何とか誤魔化す様にあいまいに作り笑いを浮かべて。
 胸元を掴んでいた手を離した。

 『友人』だとかいとは新一の事を思ってくれているのだろう。
 だからそんな話もしてくれる。

 だとすれば『友人』として、ちゃんとかいとの恋バナでも何でも聞いてやらなければならない。
 それが例えどんな痛みを伴っても…。


「顔色悪い」
「別にそんな事ねえよ」
「あるよ。ごめんね。夜中にこんなとこ連れてきたからだ」


 申し訳なさそうにそう言って、かいとは新一の手をそっと掴む。
 それにピクッと新一は反応してしまう。


「か、かいと…?」
「帰ろう」
「えっ…」
「家まで送るよ」


 そう言って手を軽く引かれたけれど、新一はその場から動かない。
 一歩歩を進めたかいとがそんな新一を振り返って首を傾げる。


「工藤?」
「…まだ話終わってないだろ」
「え…?」
「俺はまだお前が話したいって言ってた事、全部聞いてない」


 新一の家で見せたあの顔。
 それからさっき見せた話す前のあの表情。

 きっとかいとがさっき言いかけた事は、かいとが『伝えたい』と言っていた事に関係しているのだろう。
 それなら…かいとがあんな顔をする程の話しを全部聞かないうちに帰るなんて出来ない。


「…それはまた今度にするよ。兎に角今日は…」
「いいから。俺が聞きたい」
「工藤…」
「ちゃんと話せよ。全部聞くから…」


 どんなに自分の耳に痛い事だって、かいとが話したいなら聞く気だった。
 さっきの話しから考えると、かいとの言う『好きな人』はもしかしたら新一の知っている人間なのかもしれない。

 そう考えて……一つの可能性を思いつく。

 あの飛行船での事件の時、彼は……誰を抱き寄せていた?
 そう考えて全ての事に納得がいった。

 きっと彼は、自分に彼女との仲を取り持ってくれるように頼みたいのだ。

 幼馴染の贔屓目を差し引いても、彼女は美人でスタイルも良くて頭も良い。
 性格も良いし、彼女の事を好きだと言っている同級生も多い。
 そんな時、必ず聞かれる事がある。

『工藤と毛利って付き合ってるのか?』

 そう、必ずと言っていい程言われるのがこの台詞だ。
 もしかしたらかいとが新一に『好きな人がいるのか』と聞いたのは、新一が彼女の事が好きなのかどうか確認したかったからかもしれない。

 彼女とは幼馴染同士という事もあって小さい頃からずっと一緒に居た。
 彼女を好きだと思った時期もあった。
 けれど、あの薬のせいで小さくなってずっと彼女の側に居るうちにそれが家族愛に似た愛情なのだと気付いた。
 それに気付いてからは、元の姿に戻っても彼女との関係は兄弟の様なそれに変わっていた。
 大学が違う今は昔よりも会う機会も減ったが、それでも彼女は新一にとってとても大切である人に変わりはない。

 だからきっと―――大丈夫だ。

 かいとがもし彼女を好きだと言っても、きっとちゃんと祝福してやれる。
 ちゃんと仲を取り持ってやって、そうしてちゃんと二人を見守ってやれる。
 かいとになら彼女を安心して任せられるし、彼女にならかいとが惚れてもきっと……そんなに嫉妬せずに居られる筈だ。


 かいとに悟られない様に小さく小さく深呼吸をする。
 そうして新一は自分の中の極上の作り笑顔を浮かべた。


「話せよかいと。全部聞いてやるから」


 そう、……大丈夫。
 『友人』として―――――彼を大切にしていけばいいだけなんだから……。




















「話せよかいと。全部聞いてやるから」


 そう言われて、新一の笑顔が極上の作り笑顔な事にかいとは気付く。

 そんな顔…させたい訳じゃない。

 さっきの彼の顔は本当に真っ青で。
 ぎゅっと胸元を握りしめた彼の手は余りにも白くて。
 具合が悪いのではないかと心配になる。

 彼が薬で小さくなった事は当然知っていた。
 彼がその薬の呪縛から逃れ元の身体を取り戻した事も。

 けれど―――まだ彼の身体は完全にその呪縛から解放された訳ではない。

 時折彼が苦しそうにしているのを知っている。
 それを言ったらまた彼に『お前は何でそんな事知ってんだよ』と怒られるかもしれないが、仕方ない。
 だってずっと―――彼の事が気になって気になって仕方なかったのだから。

 そんな彼はきっと無理をしてくれているのだろう。
 きっと自分に気を使って無理をしている。
 そんな事望んでいないのに…。


「工藤。駄目だよ。具合が悪いなら帰ろう」


 だから新一の言う事をそのまま聞ける訳がなかった。
 そう言って手を再度引っ張って帰宅を促してはみたものの、相変わらず新一の足はアスファルトに張り付いたまま。


「別に具合が悪い訳じゃない」
「でも、さっき顔が真っ青だった」
「それは……」


 掴んだままの手がピクッと震える。
 言い淀んでかいとから視線を少し逸らした新一の顔が曇っているのに気付く。

 そんな顔――させたい訳じゃないのに。


「帰ろう」


 だから努めて優しく優しくそう言って、もう一度そっと手を引く。
 それでも相変わらず新一の足は動かない。


「帰らない」
「工藤」


 少しだけ咎める様にかいとが名前を呼んでも新一は首を横に振るばかり。


「お前が言ったんだろ。話があるって。それならそれを聞くまで俺は帰らない」
「……今日じゃなくてもいいんだ。だから…」
「俺が今日じゃなきゃ嫌なんだ」
「工藤…」


 らしくない。
 こんな駄々っ子の様な新一はらしくない。

 それでもふるふると更に首を振る新一にかいとは困り果ててしまう。

 確かに話があるとは言った。
 伝えたい事があるのだと言った。

 けれど、新一が具合が悪いのなら早く帰って休ませてやりたいし、それにこんな状況で伝えられる様な話ではない。
 だからこそ言っているのだけれども頑なに帰る事を拒まれてしまった。

 かいととしてもこの状況はちょっとばっかしお手上げである。


「本当にいつでも話せる話なんだよ。だから工藤が今無理して聞く価値のある話じゃない」


 そう、きっと新一にとってはただ迷惑なだけな話だ。
 『宿敵』から『友人』になったとは言え、『怪盗』から――――告白されるなんて。

 そんな事きっと『探偵』の彼にとっては迷惑この上ない話だ。
 だから、彼がこんな風に頑なにまでなって聞くべき話じゃない。
 なのに―――。


「勝手に決めんな」
「えっ…?」
「俺は探偵だ。お前が話したい事なんて大体察しはついてんだよ」
「っ…!?」


 真っ直ぐにかいとを見詰めた新一の瞳は確かに『探偵』のそれで。
 射抜かれた様に新一から目を逸らせなくなったかいとはごくりと息を飲んだ。


 彼は―――今、何と言った……?


「察しがついてるって…」
「お前の話し聞いて、これまでの事大体思い返してみりゃ分かる。お前が何を言いたいかなんて…」
「………」
「それなら、その話なら……聞く価値はある話しだろ」
「………」


 真っ直ぐ言われた言葉に何も言い返す術など無かった。

 彼はかいとの言いたい事など既にお見通しだった。
 お見通しで、敢えてここまで一緒に来てくれた。
 迷惑な話だろうに、それを敢えて聞いてくれようとしてくれている。

 その優しさに涙さえ溢れそうだった。

 ………ああ、もうこの人は何だってこうなのだろう。
 いつだって、…優し過ぎる程の優しさを知らないうちに周りに振りまいているのだから…。


「それなら…言うよ」


 だから決心した。
 こんな彼になら言っても…ちゃんと伝えても大丈夫な筈だ。

 ちゃんと伝えて。
 ちゃんと振られて。

 そうして謝ってもう一度『友人』としてやり直して貰えば良い事だ。

 だから―――。




















「好きなんだ。工藤の事が……世界で一番好きだよ」




















 ――――今まで言えなかった言葉は余りにも素直に零れ落ちた。
 ……筈だったのだが………。




















「は………?」




















 新一の反応はかいとの予想とは大分かけ離れていた。


「えっ……えっと、…だから、工藤の事が好きって言ったんだけど…?」
「……お前、間違えるなよ」
「え…?」
「いや、だから…告白する相手、間違えるなって言ってるんだよ」
「へ……??」


 そう言い放って、呆れた様にかいとを見詰めてくる新一にかいとはあんぐりと口を開けた。


「工藤、……さ、さっき…俺の言いたい事大体分かってるって言ってなかった……?」
「ああ、言ったな」
「だったら…」
「だから、告白する相手、間違ってるだろ」
「いや、あの……そんな自信満々に言われても……;」


 少し不機嫌そうに、ぶすっと、それでも核心を持ってそう言われて。
 かいとは……確信した。


 ―――この人絶対何か勘違いしてる……;



「お前な、話し辛いのは分かるけど勢い余って俺に告白なんてするなよな」
「いや、あの…工藤さん……」
「まあ、練習にしちゃ良く出来てたから本番もその勢いでいけば上手くいくんじゃねえか?」
「………;」


 もうこの人……何でこうなんだろう;

 普段あれだけ素晴らしい推理力を発揮する癖に、こういう推理はからっきしらしい。
 この難事件を迷推理で全くもって違う方向に既に解き明かしていたらしい迷探偵にかいとはガックリと肩を落とした。


「かいと?」
「なあ…工藤……」
「ん?」
「残念ながら工藤の推理、ハズレ」
「えっ…?」


 恋愛事にはからっきし迷探偵の新一にそう言ってやれば、本当に心の底から意外そうな顔をされて、かいとは何だか悲しくなってしまう。

 確かに期待なんてしていない。
 自分も彼も男で。
 『探偵』と『怪盗』なんていう関係で。
 彼には可愛い可愛い幼馴染が居て。

 告白して、上手くいくなんて全くもって思っていなかったけれど…それでもこの反応は全くもって意識されていない様で泣けてくる。



「だから、工藤の推理は間違ってるって言ってるんだ。俺が告白したのは―――」



 最初から分かっていたから期待なんてしない。
 でも、このまま勘違いされたままでは男が廃る。

 だからかいとはぐいっと新一の腕を引っ張って。
 その華奢な身体を腕の中に閉じ込めてしまう。




「―――工藤で間違いないんだよ。俺は工藤の事……大好きだから」




 好きで好きで堪らなくて。
 報われなくたって、同じ様に愛して貰えなくたって―――――愛してる……。






























「………なあ、かいと」
「ん?」
「…お前何言ってるのか分かってるのか?」
「自分で言ったんだからしっかり分かってるけど?」
「………」


 かいとの腕の中で新一は考えていた。
 一体何をどうしてこんな事態になっているのかと――。

 大体、かいとの好きな人は彼女ではなかったのだろうか…??


「かいと」
「何?」
「お前、蘭の事が好きなんだよな…?」
「……何をどうしてそういう推理になったんだろうね。この迷探偵は……」
「お前今ぜってー“メイ”の字違っただろ」
「しょうがねえだろ。ホント恋愛事になると名探偵は推理からっきしだね…ι」
「るせー!!」


 むっとして抱き締められた腕の中で、かいとの胸をどんっと一回叩いてやればちょっとだけ身体が揺れる。
 けれど流石は怪盗。
 着痩せするのか触れた身体は意外にも逞しくて……。


「(って、ちょっと待て……! 俺、かいとに抱きしめられて……/// つーか……こ、告白された……!?///)」


 彼が好きなのは彼女で。
 だからこそ自分に相談をしてくる筈で。
 だからその心の準備をしていた筈なのに……。


「ねえ…工藤」
「な、何だよ…」
「俺、告白したんだけどさ……返事は?」
「へっ…?」
「だから、普通告白されたら返事するのが礼儀だろ?」
「…あ、……そ、そうか……」


 余りにも予想外の展開過ぎて忘れていた。

 そう言われて自覚する。
 彼が――自分に告白してくれたのだという事を……。


「(な、何でかいとが俺に……/// いや、嬉しいんだけど…嬉しいんだけど……て、照れるだろうが……///)」


「工藤、返事は」
「………」


 彼は自分を好きだと言ってくれた。
 こんな自分を好きだと……。

 だから―――。




















「俺も好きだよ、かいと」




















 ――――今まで言えなかった言葉は余りにも素直に零れ落ちた。
 ……筈だったのだが………。




















「は………?」




















 返ってきたかいとの反応は何て言うか…ちょっとばっかし新一の予想とはかけ離れていた。


「な、何だよ…///」
「い、いや…あの……工藤…?」
「何だよ」
「今、何て…?」
「だから、返事しただろ」
「いや、あのさ……俺、告白したんだけど……?」
「だ、だから俺も好きだって返事しただろうが…!!///」
「えっ……!? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……!?!?」


 耳元で聞こえた大絶叫に新一は慌てて両手で耳を塞ぐ。
 が、既に遅し。
 若干キンキンと耳の奥にその大絶叫はダメージを残して下さって、新一はすぅっと息を吸うとその大絶叫をかいとの胸元に頭突きをかます事で止めさせた。


「っ…!!」
「煩い」
「いや、あの工藤さん……。痛い……;」
「お前が煩いからだ」


 確かに、確かに叫びましたけど……さっき好きって言った相手にその攻撃って…;

 半泣きになりながら、それでも新一を抱きしめたままの腕をかいとが離す事はない。
 寧ろ、余りにも意外な嬉しさに余計に強く抱きしめたいのを一生懸命我慢しているぐらい。


「だ、だって…」
「何だよ」
「俺、工藤に告白したんだよ?」
「したな」
「で、振られる筈だろ?」
「あのな…勝手に人の返事を決めつけるな」
「だってだって……工藤が俺の事好きだなんて…あり得ない」
「お前な…告白しといて何だその台詞は」
「だって…あり得ないよ、こんなの……」


 わたわたおたおた。
 そんな表現がぴったりなかいとの表情を新一は少し下から見上げて、何だかムカッときてしまう。

 まあ、身長が向こうの方が少し上なのもイラッとくる原因だったりしなくもないが(…)それ以上に、告白してきた癖にこの言い草はいかがなものか。


「お前が告白してきたんだろうが」
「振られると思ったからしたんだよ」
「何だよそれ」
「だって、工藤が俺を好きだなんて……何をどう推理したってそんな結論に行き着く筈ないだろ…?」
「…推理すんのは探偵の仕事だ。怪盗のお前にそのお株を奪われてたまるか」
「いや、あの…そういう問題じゃなくて…;」


 どう言い訳していいものかわたわたと悩むかいとに新一は溜息を吐いた。


「お前、振られる気で告白したのかよ」
「だってそうでしょ。探偵が怪盗を好きだなんて誰も思わないよ」
「怪盗が探偵を好きだなんて事も誰も思わないだろうな」
「………」
「………」


 そう言われてしまっては何も言えまい。
 無言になってしまったかいとを新一も無言で見守る。

 暫くそうしていれば、かいとは諦めた様に一つ溜息を吐いた後、再び口を開いた。


「工藤。俺は…友達としてじゃなく、…その……愛してるとか…そういう意味で“好き”って言ってんだけど……?」


 全く、考えた挙句に行き着く先がそれか…。
 その台詞には今度は新一が溜息を吐く番だった。


「あのな、俺だって…そういう意味で“好き”だって言ってんだよ!」


 目の前のこの男は一体自分を何だと思っているのか。
 確かに幼馴染みや周りの人間には『恋愛音痴』だ何だと言われているけれども、流石に分かる。

 抱きしめられて。
 あんなに熱っぽく好きだと言われて。

 流石にそれが『お友達』としての“好き”なのだと思う程には、自分は天然ではない。


「いや、工藤の事だから勘違いしてんじゃないかと…」
「お前は俺を何だと思ってんだよ」
「…いや、恋愛音……っ…!!!」


 ムカついたのでとりあえずかいとにもう一度頭突きをくれてやって。
 痛みに顔を顰めたかいとに少し溜飲が下がって、新一はそっとかいとの背に手を回した。


「く、工藤…!?」
「ったく、このバかいと」
「えっ…」
「俺は……ずっと前からお前の事好きだったんだよ……///」


 かいとがいつから自分を好いてくれてるかなんて知らない。
 けれど、きっと好きになったのは確実に自分が先な筈だ。

 いつからというか…自覚したのはもっとずっと後だったけれどあの出逢いでもう既にあの“白”に捕らわれていた。
 無自覚だったけど――――出逢った時にはきっともう、恋に堕ちていたのだろう……。


「それなら負けない」
「は?」
「好きになったのは絶対俺の方が先だ」
「…何だよ、その謎の自信は」


 ぎゅっと抱き締められるかいとの腕に力が籠る。
 それがまるでかいとの“好き”の質量を物語る様で、新一の顔には思わず笑みが浮かんでしまう。


「俺なんか、新一に逢った瞬間に好きになったんだから!」
「えっ……?」
「それからずっとずっと気になってた。自覚したのはもっとずっと後だけど……でもきっと、あの瞬間に俺は工藤の事好きになったんだ」
「っ……///」


 耳元に落ちる甘い睦言に新一の頬に熱が集まる。
 ああもう……何だってコイツはこうなのだろう。

 自分ばっかり照れてしまっている気がして、新一は悔し紛れに叫んでいた。


「バーロ!! 俺だって同じだ! 俺だって逢った時にはもうお前の事好きだったんだよ!!」
「えっ……?」
「あっ……///」


 勢いのまま叫べば、目の前で目を丸くして驚いているかいとと視線が絡まって、自覚する。
 自分はなんて―――何て恥ずかしい告白をしているのか……///


「いや、あの……! 今の無し! 聞かなかった事にしろ!!///」
「ふーん…♪ 工藤ってば、そんなに俺の事好きだったんだ?♪」
「る、るせー! つーかお前、その笑い方やめろ! ムカツク!!」
「またまたー♪ 好きな癖にーvv」
「るせーって言ってんだろうが!!!」
「もう、可愛いなーvv」


 ニヤニヤと笑って、額にちゅっとキスまで落として下さったかいとに新一は叫びながら暴れて。
 それでもぎゅっと抱き締められたかいとの腕の中からは逃げ出す事は出来なかった。


「つーか、お前…さっきまでの殊勝な態度はどこ行ったんだよ!」
「んー? 何の事ー?」
「すっとぼけんな! さっきまで半分泣きそうな顔してた癖に!」
「ああ、アレは『これから工藤に振られるんだろうな』って思ってたからね」
「だから勝手に推理して勝手に凹んでんじゃねえよ」
「勝手に俺の好きな人をどっかの誰かの幼馴染さんと勘違いしてた人には言われたくない台詞だねぇ…」
「………」


 クスッと笑ってそう言って。
 黙りこくってしまった新一の背に回していた手を少しだけ上げて、かいとはその頭を優しく撫でた。


「何でまたそんな推理になったの?」
「…だってお前、こないだ飛行船で蘭の事……」


 きっとあの時の事を思いだしたのだろう。
 歯切れ悪く言葉をきった新一にかいとは小さく笑った。


「ああ、俺が蘭ちゃんの事抱きしめてたからそんな風に思ったんだ」
「思うだろ…普通」
「…少しは妬いてくれた?」
「ば、バーロ! 誰が妬くか!!///」


 不機嫌そうにそう言ったって、その耳が真っ赤になっている事で新一の本音はかいとには筒抜けだった。
 そんな彼が可愛くて可愛くて仕方なくて、かいとはまた新一を抱く手に力を籠めた。


「俺が好きなのも愛してるのも…工藤だけだよ」
「っ……///」
「工藤が勘違いしない様にちゃんと言っておかないとね?」


 真っ赤に染まった耳が可愛くて、かいとはその耳にもチュッと一つキスを落とす。
 ビクッと反応した肩が余りにも可愛過ぎる。


「ホント、食べちゃいたいぐらい可愛いvv」
「食えるか!」
「あーもう、そういう可愛くない事言うとホントに食べちゃうよ?」
「…お前は御伽噺に出てくる魔女か!」
「うんにゃ。魔法使いですv」
「そういう問題じゃねえ!!」


 何を言ってもどこ吹く風。
 さっきまでの殊勝な態度が嘘だった様にあくまでもマイペースなかいとに新一は諦めた様に身体から力を抜いた。


「もういい…疲れた」
「おやおや。そんな風に身体を預けてくるなんて、俺に食べられちゃっても良いって事かな?」
「だから、食えねーだろうが」
「ん? 俺が言ってんのはそういう意味で“食べる”って意味じゃねえけど?」
「は?」
「男が好きな相手に“食べちゃいたい”なんて言ったらどんな意味か分かるだろ?vv」
「なっ……な、何考えてんだよ! この変態!!///」


 意味深に耳元で低くそう囁けば、真っ赤になってジタジタと暴れる新一にクスクス笑って、かいとは柔らかく腕の中にその身体を閉じ込めておく。


「俺から逃げられるなんて思ってるの?」
「離せ! てめーみたいな変態の傍に居られるか!」
「あんまり人を変態変態言わないの。そういう事言うと、ホントに今すぐ食べちゃうよ?」
「食うな!!」


 全く、本当に煽り上手だ。
 同じ男の癖に男心が全くもって分かってらっしゃらない。

 “嫌よ嫌よも好きのうち”なんてベタな言葉が頭に浮かんできて苦笑してしまう。


「ホント、工藤ってば煽るの上手だよねv」
「煽ってねえよ! 嫌がってんだ!」
「はいはい。もう、俺の事好きな癖にv」
「お前は俺の話しをちゃんと聞け!!」


 ばたばた暴れながらも、ちゃんとこっちの言葉にいちいち反応して下さる彼が可愛くて仕方ない。
 真っ赤に染まった顔も耳も、嫌だ嫌だと言いながらそれでも腕の中から抜け出さない素直じゃない所も。

 全部全部可愛くて、愛しくて仕方なかった――。


「大体、お前にはまだ先にする事があるだろ!」
「へ…?」
「へ…?、じゃねえよ! 自己紹介だ、自己紹介!! 俺はまだお前の本当の名前も知らないんだからな!!」


 腕の中で可愛い彼がそう言って不機嫌そうに頬を膨らます。
 大学生にもなってそんな仕草が似合うなんてどういう了見かとも思ったけれど、可愛いからその辺りは目を瞑るとして。

 言われた言葉に、そう言えば……とかいとも納得する。


「そう言えば俺、ちゃんと言ってなかったね」


 彼が“本名じゃなくていい”なんて言ってくれていたから、ちゃんと自己紹介なんてしなかった。
 『探偵』と『怪盗』という基本スタイルは変わらないと思っていたから、自分の名前をちゃんと告げる事もしなかった。

 本当は―――ちゃんと彼が俺の名前を呼んでくれていたと知ったら、彼はどんな顔をするのだろう。



「じゃあ、改めて自己紹介しないとね。俺の名前は――――」










 ――――『かいと』の自己紹介を聞いた新一の瞳が驚きに見開かれるのは後数秒後の話……。





















back