例えば一つだけ
 自分の中に『憧れ』を持つとしたら

 例えば一つだけ
 自分の中に『渇仰』を持つとしたら


 他の何でもなく
 きっと彼なのだと無意識に感じていた















 adoration















 事件現場からの帰り道。
 事件解決後、何となく今日はそのまま家に帰りたくて、事件現場も自宅からさして遠くも無かったので、送ってくれると言う高木刑事の申し出を丁重に断って家までの帰り道を歩いていた。
 何の気なしにふと夜空を見上げた時に、小さな白い三角が暗い暗い夜空を鮮やかに通り過ぎるのを見付けた。
 そして、地上を赤いランプが帯を引いてそれを追いかけていくのも。


「ああ、そういえば…今日はアイツの予告日だったな…」


 元の身体に戻り様々な事件を追う中で、会う事も皆無になったあの気障な怪盗。
 随分と前に見た彼の姿を思い出し、ひっそりと笑みを洩らす。


 純白の衣装で一人佇む孤高の怪盗。
 その姿に他の探偵の例に漏れず魅了されたのはいつの日か。

 この姿に戻ってから彼には会っていない。
 何だかんだと起こる事件のせいで彼の現場に行く時間など最近は全く取れない。

 彼はもう自分を忘れてしまっているだろうか。
 それとも、数居る探偵の中の一人として記憶の片隅ぐらいには残っているだろうか。
 どちらにしろ、彼を長年追っているあの警部や、彼専任だと語るあの探偵程は自分は彼の中に色濃く何かを残してはいないだろう。

 それを寂しいと思う自分を不謹慎だと笑い飛ばしたくなる。
 けれどそれと同時に何処か焦燥に似た物が胸に広がる。

 あの真っ白い翼を持つ怪盗に心のどこかで憧れる。
 あの真っ白い翼を広げた怪盗をどこか羨ましいと思う。

 真っ直ぐな信念を持ち、唯一人で夜空を翔る。
 小さく小さくなっていく白い三角を崇拝にも似た何かで見詰め、小さく溜息を零した。


「…探偵が、怪盗に憧れるなんてな……」




















 ショッピングセンターの中、慌ただしく警官が向かっていくフロアに興味が湧いて、野次馬に混ざって覗いて見れば視線の先には案の定というか―――彼が居た。
 状況から察するにきっと此処に来ていて事件に出くわしたのだろう。
 全く、相変わらず事件体質だ。


「ホント、相変わらずだな…」


 思わず小さく漏れた言葉に、自分でも苦笑が漏れる。

 視線の先に居る彼の姿は嘗て自分が出逢った時の小さな姿ではない。
 元の姿を取り戻した彼は、確かに少し自分と似ているかもしれない。
 けれど、あの真っ直ぐに真実を見詰め続ける蒼い瞳だけは自分でも真似出来ないと思う。

 あの瞳に魅了されたのはいつだったか。
 アレはあるいは一目惚れにも似たものだった。

 何の迷いもなく真っ直ぐに真実を見詰め続ける瞳。
 どれだけ自分が傷付こうとも唯真実だけを求め続けるその信念。

 綺麗だと思った。
 見た目だけではなく、心が。

 あの探偵の真っ直ぐさを羨ましいと思う。
 あの穢れの無い探偵に心のどこかで憧れる。

 相変わらず彼は彼のままでそこに居た。
 その姿を崇拝にも似た何かで見詰め、小さく溜息を零した。


「…怪盗が、探偵に憧れるなんてな……」





















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