仕事帰りのお前に
仕方ないから好きにさせてやる
〜 お疲れ様 〜
逃走経路の途中にある廃ビルに愛しい恋人の姿を見つけて。
逸る気持ちを抑えつつ、優雅にゆっくりと彼の眼前へと降り立った。
「今晩は。今宵はお出で頂けたんですね」
「ああ。近くで事件があったからそのついでにな」
「ついで、ですか…」
新一が此処に来ていた理由に、やっぱりと少し肩を落としたKIDに新一は苦笑する。
「いいじゃねえか。ついででもこんな寒い中俺が来るなんてさ…」
――お前のとこぐらいだぜ?
不敵に笑ってそう言ってやれば、KIDの顔からは常のポーカーフェイスなんて物は綺麗さっぱりなくなって。
途端に何時もの様に満面の笑みで抱きついてくる。
「新一〜vvそうだよね。俺のとこだけだよね〜vvv」
「ったく…さっきまでの怪盗紳士っぷりは何処いったんだか…」
KIDの衣装のまま快斗の口調で抱き付かれて。
新一としては呆れるしかない。
「…誰かに見られたらどうすんだよ」
言い訳出来ねえぞ、その格好じゃ。
「そんなヘマしないから大丈夫♪」
誰か来たら気配で直ぐわかるし〜♪
「……しょうがねえ奴…」
溜め息を吐きながらも新一は快斗の好きな様にさせてやる。
まあ無言の『お疲れ様』といったところか。
「しょうがない奴でもいいもん♪」
新一に抱きつければいいの〜♪とルンルンしている快斗のスーツの端を新一は不意にくいっと引っ張った。
「しんいち?」
何事かと首を快斗に新一は溜め息混じりに、
「いいからこれ脱げよ」
とだけ告げる。
「なんで?」
けれど快斗から返って来たのはさっぱり理由が解らない、といった感じの返事。
それに更に新一は溜め息を吐く。
「目立つから」
「大丈夫なのに」
「俺が大丈夫じゃない」
言われた言葉に快斗は苦笑して、そして「脱げだなんて新ちゃんのえっち〜v」なんて品を作りながら可愛らしく言ってみたのだが。
返されたのは「馬鹿な事言ってないでさっさと脱げ!」という冷たい言葉と容赦ない肘鉄だった。
「痛い…」
「痛くなかったら意味ねえだろうが」
「………新ちゃんの意地悪」
ぷうっと頬を膨らまして文句を言っても新一は気にするでもなく更にスーツの端を引っ張って快斗を急かす一方で。
快斗としてもこれ以上怒らせては後のご機嫌取りが大変と仕方なく新一から一度手を離して、ぽんっという音と共に白い衣装から普通のGパンとパーカーという普段の格好に戻る。
「これでいい?」
「ん…」
「じゃあ…」
こくんと頷いた新一に快斗は再びぎゅーっと抱きついた。
「ん〜vやっぱり新一の抱き心地は最高vv」
満面の笑みでそう語る快斗に新一はほんの少し、寒さとは別の理由で赤くなった頬を隠すかの様に快斗の胸へと顔を埋めた。
寒空を飛んで来た筈なのに自分より暖かい彼の腕の中で彼の胸ですりっと頬を擦って。
押し付ける様に顔を埋める。
「しんいち?」
「……お疲れ」
「ありがと♪」
言いながら手を彼の背中へと回して。
ぎゅっと彼を心行くまで堪能する。
「幸せv」
「…ばーろ」
それは素直に言葉に表せない新一の精一杯の労いで。
精一杯の『お疲れ様』の形。
「新一」
「ん?」
「ありがとう」
「ん……///」
それは二人にとって…互いの仕事に踏み込めない溝を埋める為の、暖かくて優しい『お疲れ様』の儀式。
END.
桜月様のサイトの30000hit記念に捧げたブツ。
大変遅くなったにも関わらず、短い上に中途半端な甘さな一品(爆)
back