自分さえ居なくなれば…
そう、自分さえ居なくなれば
全ては望み通り元通りになる
唯、『江戸川コナン』という偽りの人間が居なくなりさえすればいい…
Self-sacrifice
この姿、――『江戸川コナン』――になった原因はもちろん組織の毒物のせいだが、それ以上の原因だったのは自分の浅はかさ。
あの頃の俺は自分自身の力を過信し過ぎていた。
今でこそそれが解るけれど、あの時の俺にとってはそれが事実だった。
探偵だという事に誇りと、そして間違った自信を持っていたのかもしれない。
この姿になった後、組織を恨んだ事ももちろんあった。
お隣の科学者に的外れな怒りをぶつけた事もあった。
それらは確かに自分をこの小さな姿へと導く物であって。
けれど、それは御門違いもいい所で。
結局は、自分自身の未熟さがその結果を生んだに過ぎない。
死ななかったのは奇跡。
だからこそ思う。
この命で…あの時、偶然にも生かされた命で、一体何が出来るのだろうと。
夕暮れに染まる空が徐々に闇へとその姿を変えていく。
ゆっくりと姿を変えていく空をガラス越しにぼおっと部屋の中から眺めながら、頭の中で描くのはこれからの事。
組織の本拠地は見付けた。
潰す準備も完璧。
後は…後はただ、何も考えずにそこに乗り込めばいい。
瞳を閉じて、詰めていた息をゆっくりと吐き出す。
後始末は大阪のアイツに頼んだ。
さっき電話したばかりだから、残念ながらアイツは俺が旅立つ前に此処に来る事はない。
俺を止める事は出来ない。
「期待してるぜ。服部」
小さく大切な友人の名を紡ぐ。
彼はきっと自分の跡を追い、自分の亡骸を回収してくれるだろう。
彼の事だからきっとその後は上手くやってくれる筈。
それだけの力量はある。
だからこそ、最後にアイツに全てを託す為に、唯一言電話で告げたのだから。
『後は頼むぜ?服部』
我ながら性質が悪いと思う。
最後の最後まで迷惑をかけ通しだ。
でも仕方ない。
アイツ以外頼める人間なんて居ないから。
「悪いな」
聞く人間の存在しない謝罪を告げる。
それは彼に対して謝りたかったからなのか。
それとも自分の罪悪感を軽くしたかっただけなのか。
どちらにせよ、彼に本当に悪い事をしたと思っているのは事実。
それでも、それでももう止める事は出来ないから。
計画を変更する事など出来ないから。
だから、その罪悪感すらもあの世へ持って行く。
そう一人密かに誓って、新一は座っていたソファーから静かに立ち上がった。
空は夕暮れから完全な闇へと変わっている。
全てを覆い隠してくれる闇夜へと。
それに何故か少しだけ安堵して、用意していた荷物を手に取りそっと家を出る。
今までの人生を生きて来た家。
外に出た所で振り返り、その家を見詰めながらこれまでの自分を思う。
色々な事があったけれど、きっと幸せな人生だったのだと自分自身の過去を振り返って思う。
優しく、時には厳しく、そして最後まで自分を見守り続けてくれた両親。
ずっとずっと自分を待ち続けてくれている大切な幼馴染。
何時だって俺の周りを明るく照らし続けてくれた友人達。
そして…最初一目逢った時から自分に消えない存在を鮮やかに刻み込んで行った―――。
―――月と同じ冷涼な気配を纏った、あの真っ白な月下の魔術師。
「ったく…最後の最期まで離れてくれねえんだもんな」
玄関前で一人クスッと小さな笑みを浮かべる。
最初に出逢った日から毎日の様に、いや、事実毎日想い続けている彼。
最初は嫌な奴だと思った。
あんな捨て台詞とも思える台詞を吐いて言ったのだから。
だけど、ワクワクした。
誰も殺さず、誰も傷付けず。
だからこそ、彼から与えられる謎は確実に俺を虜にしていった。
最初は謎だから、解らないから好きなんだと思った。
でも、それでも良かった。
そう思えるうちはそれで良かった。
未だ自分の内で『探偵』と『怪盗』の距離を保っていられたから。
それももう過去の事だけれど…。
「まだ時間はあるか…」
腕時計へ目を落とし、時間を確認する。
手配した車が来るまで後10分。
少しばかり出て来るのが早かったかもしれない。
緊張しているのか少し焦り気味な自分に自嘲気味な笑みが漏れる。
そんなに死に急ぎたいのかと。
何だかそのまま其処に居るのが辛くなって。
後の10分間をせめて家の中で潰そうと玄関の扉を再び開きかけた時、
「名探偵」
有り得ない筈の声がコナンの耳へと届いた。
「キッ…ド……」
振り返れば瞳に映ったのは紛れもなく月下の魔術師、その人。
それは何度瞳を瞬かせても変わる事はなかった。
「どうしてお前が此処に…」
「お前を止めに来た、そう言ったら信じて貰えるか?」
「!?」
キッドの言葉にコナンは一瞬口にしかけた言葉を飲み込んだ。
「どうしてお前がそれを知ってる?、そう言いたそうな顔だな」
けれど、飲み込んだ言葉すら目の前の魔術師には全てばれている。
その事にコナンは唇を噛み締める。
彼にだけは…自分が一番大切に想っている人間にだけは知られたくなかったのに、と。
「一人で行くつもりなんだろ?どうしてそう死に急ぐ?」
「……別に死に急いでる訳じゃない」
「嘘吐くなよ。今確かにあの組織は潰し時だが、リスクがない訳じゃない。寧ろかえって危険なのはお前が一番良く知っている筈だ」
キッドの言いたい事など新一には全て解っていた。
そして、コナンが全て解っている事もキッドにはきっと解っている。
先日組織の幹部が捕まった。
警察の手もこの1週間の内に入るだろう。
でもだからこそ…。
「それでも行こうとするのは、お隣のあの小さな科学者の為か?」
「………」
キッドの言葉に今度こそコナンは沈黙を返した。
それが肯定を意味してしまう事は解っていたが、それでも他に返す言葉など見つけられなかった。
目の前の魔術師は全て理解している。
自分がこれから何をしようとしているかも、そしてそれが何を隠す為かも。
コナンの無言の肯定にキッドは一つ溜息を零す。
そして、彼の瞳を真っ直ぐに見詰め口を開いた。
「その自己犠牲の精神は尊敬に値するが、それで全てが守れると本気で思ってるのか?」
―――なあ、名探偵の『工藤新一』君?
「―――っ!」
言葉の意味とは相違する声の響きにコナンは唇を噛む。
それはある種正しく、そして痛いところを突いていた。
最も触れられたくない部分を的確に、だ。
「解ってるんだろ?」
「………」
抑揚のない問い掛けに沈黙で返す。
そう、コナンは目の前の怪盗が言う様に全てを――事が片付いた跡の結果を今頭の中で冷静に描ける。
それは明らかに狂う事のない正確な未来予想図。
「それでお前の守りたい者たちは本当に幸せか?」
「……お前には関係ない」
沈黙を肯定と受け取ったらしい相手からの異なる質問をコナンはその一言で片付けた。
けれど今まで怪盗へと向けられていた視線が、過去に一度たりとも自分から逸らした事のなかった視線が怪盗の片方だけ見えている藍から外された。
それが全てを物語る。
「それはそうだな」
肯定の中に混じる嘲笑。
それは今まで対等だった筈の立場が揺らいだ瞬間。
「だったら好きにすればいい。確かにお前の言う様に俺には関係ない」
「言われなくてもそうするさ」
再び怪盗へと向けられた視線。
『蒼』と『藍』の対峙。
「好きにすればいい」
怪盗によって繰り返される言葉。
それは重みを増していく。
しかし、それと同時に――。
「全てを理解した上で行くというなら俺はお前を止めない」
「キッド…」
―――その言葉は優しさすら纏い始める。
「だが名探偵…これだけは覚えておいてくれないか?」
「…何だ?」
探偵との距離を一歩詰めた怪盗。
それがコナンにとって最後の正確な視界。
次の瞬間、視界が遮られる。
白く、白く…全てを包み込む純白に―――。
「お前が死んだら俺は泣くから…」
「なっ…!」
予想すら出来なかった言葉にコナンは思わず顔を上げようとした。
が、怪盗の力強い腕に抱きこまれる事で阻まれてしまう。
まるで口を挟むのを許さないと言う様に。
「だからさ…」
「………」
今までと明らかに違うその言動に新一は口を噤み次の言葉を静かに待った。
それが怪盗から聞く事の出来る最後の言葉かもしれないから。
「戻って来いよ」
「キッ…ド……」
そう言ったのを最後にふわりと舞い上がる純白。
それは白い煙へと変わり、自分を包んでいた温もりはその言葉を残して消失した。
煙が晴れて最初に視界に映ったのは夜の闇。
聞こえるのは唯の静寂。
深く深く広がる闇は、静か過ぎる冷ややかな空気は先程までの全てが夢であったような錯覚にさせる。
ただ身体に残る微かな彼の温もりだけが先刻の事が夢では無く現実の事だったのだと教えてくれた。
「戻って来い、か…」
果たせそうもない。
いや、確実に無理だろう。
こんな自分を生かして帰してくれる程奴等は甘くない。
けれど―――。
「戻って来たら一番最初に逢いに行ってやるよ」
呟かれた言葉は暗く静かな闇の中に溶けて…消えた。
END.
遅くなりましたが、50000hit有り難う御座いますvv
凄いよ…こんな数字拝める日が来るとは思わなかった…(驚愕)
見た瞬間に一瞬喜びで気が遠くなりました(笑)
ここまでこれたのも皆様のお陰v本当に有り難う御座います♪
此処まで来たら…目指せ100000hit?←気が早い
今回のブツは唯単にあの台詞をキッドに言わせたかっただけ(笑)
でも今回はうちのキッド様にしては珍しく(…)男前v
ちなみに題名の『Self-sacrifice』は自己犠牲…の筈(ぇ)←英語自信なし(爆)
こちらは何時も通り50000hit記念でフリーとなっております。
持って行ってやろう、という奇特な方がいらっしゃいましたら持って帰ってやって下さい☆
その際、BBS、メール等でご連絡頂けると一人ルンルンvします(笑)
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