あなたの胸に抱かれしたった一つのローズクォーツ。

淡い淡いサクラ色のその宝石を今夜盗みにまいります。

あなたがその気ならば守ろうとして下さって結構。

私は怪盗鮮やかに美しくあなたのローズクォーツを盗んでみせましょう。


                                  怪盗KID












Do I have a something you want ?









「何かしら、これは?」

哀は机に無造作に投げ出された紙を一瞥して目の前に座る新一に静かに問い掛けた。

「ふざけた怪盗からの予告状。」

「予告状?こういうのは予告状とは言わないんじゃないかしら?」

「そんな事俺が知るか。」

そう答えた新一は眉間に皺を寄せながらつぶやくように続けた。

「大体なんなんだ、俺が持ってるローズクォーツって。んなもん俺は持ってねぇぞ。」

「そんなの比喩に決まってるじゃない。」

「んなこた解ってんだ。だが・・・」

「ローズクォーツがなにを表すのかが解らないのね。」

「ああ。」

新一は苦り切った表情で肯定した。怪盗からの予告状の意味が解らないことが悔しいようだ。

「あなたの胸に抱かれしたった一つのローズクォーツ・・・か。」

「そのままの意味じゃない。何で解らないのかしら。」

哀が小さくつぶやいたが、その小さな声は己の考えに沈んでいる新一には届かなかったようだ。

「ん?なんか言ったか?」

「なんでもないわよ。それにしても、ストレートなんだか遠まわしなんだか解らないわね。」

「?なにがだ?」

「なんでもないわ、気にしないで頂戴」

哀がそう告げると、新一は再び己の考えへと意識を戻した。

「時刻の指定はなし。場所は・・・特にそれらしい記述はない・・・獲物はローズクォーツ・・・他には犯行に関係のありそうな言葉はないな。今は午後八時。今夜というからには十二時までに現われるはずだ。・・・あいつらしくないな」

「あら、どうして?」

気障な怪盗の狙いに気付いている哀は不思議そうに問い掛ける。確かにいつものように暗号は使われていないが、らしくないとは思えなかった。

「普段のKIDとは違う点が二つある。まず暗号が使われていない。これが一つ。最近は随分手の込んだ暗号を使ってくるにもかかわらず、だ。もう一つは・・・時間指定が曖昧だ。なんとなく、いつものあいつらしくない。」

「あら、そんな事?」

「灰原、お前理由が解んのか?」

「ええ。大体は。簡単なことよ。暗号は裏の意味がないという事を表している。時間指定は・・・たぶん向こうの都合よ。」

「あぁ?向こうの都合?」

新一は心底不思議そうな声を出した。

「解らないのなら本人に聞いてみなさいよ。私が言うべきことじゃないし、どうせそのうちあなたの所に来るんでしょう?」

「そりゃあそうだけどよ・・・負けを認めることになるじゃねぇか。そんな悔しいことできるか。」

(ほんと、二人とも無駄に鬱陶しいんだから・・・)

そんな事を心中でつぶやきつつ哀は新一を地下室から追い出した。








こそりとも音を立てずに新一の部屋のベランダに一羽の白い鳥が舞い降りた。時刻は午後十一時三十二分。周囲の家々はひっそりと夜の闇の中に佇んでいる。

その中の一つ。古い洋館に真白き鳥を待つかのように灯った明かりは新一の部屋から漏れていた。

そのささやかな明かりの中、新一は最近出たばかりの推理小説を読んでいた。

「そんな所につっ立ってないで入ってきたらどうだ」

小説から目もあげずに『日本警察の救世主』とまで呼ばれる名探偵は窓の外に向かって声をかけた。

「さすがは名探偵。お気付きでしたか。」

「俺がおまえの気配に気付かないとでも思ったのか?」

「まさか。さて、例の手紙は読んでいただけましたか?」

「ああ。一応な。」

「一応?」

KIDが不思議そうに問い返すと新一は小説から目を上げて、怪盗を睨むと、悔しそうに答えた。

「なんなんだよ、あれは?」

「何だと言われましても・・・そのままの意味ですよ?」

「俺はローズクォーツなんざ持ってねぇぞ。」

新一が憮然と返すと真白き怪盗は暫らく得意のポーカーフェイスも忘れてぽかんとしてからくすくすと笑いだした。

「な、なんだよ!?何がおかしい!?」

「いえ。やはりあなたは気付いておられなかったのですね。」

そう、静かに答えた。

その言葉にかすかな悲しみが混じっているように聞こえたのは新一の気のせいだったのか・・・

「あなたがそう仰ることは大体予想していました。いえ、予想しているつもりでした、といった方が正しいでしょうね。私はどこかしら期待していたようです。」

「KID?」

「期待など、するべきではなかったのかも知れませんね。」

そう言うとKIDは新一の前に進み出た。

KIDの手がゆっくりと新一の頬に伸ばされる。新一はそれをただじっと見つめていた。

頬に触れる直前、KIDがささやいた。

「触れても・・・よろしいですか?」

その声に誘われるように新一はKIDの瞳を見つめた。

そしてまるで魔法にかかったかのようにゆっくりとうなずいた。

KIDは嬉しそうに微笑むと新一の頬に触れた。

そのとたん、新一の頬に朱がさした。

「名探偵?どうされたんです?」

そう囁きながらKIDが顔を寄せてくる。

その唇は意地の悪い笑みを刻んでいる。

だが新一はそんな事にすら気付いていなかった。

(な、なんだ!?なんでこんなに緊張するんだ!?)

KIDの指先が触れたとたん、一気に自分の鼓動が跳ね上がったのだ。

普段の自分からは考えられない体の反応に、新一は驚いた。

「名探偵?どこを見ているのですか?」

そういいながらKIDは新一の顔を覗き込んだ。

二人の距離は驚くほど近くなっていて、それに新一ははっとなった。

「あ・・・」

小さな声を洩らしたきり新一は黙ってしまった。

怪盗などという事をしているせいか、人の心の機微に敏感なKIDはそんな新一の反応に何かを感じ取ったようだ。

その唇に近づくと触れるか触れないかと言うところでつぶやいた。

「逃げないんですか?」

「解らない」

「何がです?」

「逃げたいのか、逃げたくないのか。ただ・・・」

「ただ?」

「動けない。」

(どうしちまったんだ、俺は。こいつは男で、怪盗で、俺とは敵対するものなのに・・・そんな奴にこんなことされてるのに、何で嫌じゃねぇんだ?)

気付けば新一は怪盗の腕の中に捕われている。それに対しても嫌悪感は感じない。

それどころか、このままその唇が触れてくれたらとさえ思ってしまった。

(まさか・・・俺は・・・)

「名探偵。あなたはさっきおっしゃいましたね。自分はローズクォーツなど持っていないと。」

「ああ。確かに言った。それが?」

「あなたは持っていますよ。そして私はそれを盗んでみせます。」

「俺が持つローズクォーツとは・・・何だ?」

「あなたの・・・心ですよ。」

そう言うと同時にKIDは新一の唇をふさいだ。

軽い、羽のようなキスをして、KIDは新一の蒼い瞳を見つめながら、真摯に告げた。

「愛しています。」

その言葉を耳にしたとたんに、新一はこれ以上ないほどの幸福を感じた。

(ああ、やっぱり。俺は・・・)

「お返事を、いただけますか?」

その沈黙に不安を煽られたのか、KIDが新一に答えを促した。

すると新一は真っ赤になりながらも、真っすぐにKIDの目を見ながら小さく答えた。

「・・・・・俺も・・・・・・」

「・・・本当に・・・?」

確かめるように尋ねるKIDに新一は小さく、けれどしっかりとうなずいた。

たった今気付いた、偽りようのない気持を、大切な人へと伝えるために。

(灰原は解ってたんだな。俺でさえ気付かなかったこの気持。それに、こいつの気持も・・・)

「名探偵?どうされたんです?」

「え?」

「笑っていらっしゃいます。」

「ああ。灰原・・・ウチの隣に住んでる科学者な。あいつには敵わねぇなと思ってな」

正直に答えると、KIDは軽く首をかしげた

「お隣の・・・あの少女ですか?」

軽くうなずきながら、新一は目で怪盗が送ってきた例の予告状を示した。

「ああ。あいつ、これ見て言ったんだよ。『ストレートなんだか遠まわしなんだか解らない』ってな。」

KIDは軽く目をみはり、苦笑しながら答えた。

「本当に・・・敵いませんね。隠していたつもりだったんですが」

「だろ?」

思いを告げあった二人は、愛しい者と目を合わせると、くすくすと笑いあった。






END?

【樹耀様後書き】
由梨香さんお受験終了祝い!!
てなわけで送りましたが…
あぁ!!ごめんなさい!!こんな限りなく微妙ブツを送り付けてしまって…!!
最後の方とかかなり微妙で…何回も書きなおしましたが…うぅ〜
由梨香!!僕にその文才を分けてくれ!!