― デートと電話と冷蔵庫 ―




その日、黒羽快斗はとても浮かれていた。
舞い上がっていたといってもいい。
何しろ好きで好きでたまらない名探偵とのデートの日なのだ。
もう何度となくデートをしているというのに快斗は浮かれている。
そこまで行くと微笑ましいを通り越して呆れてしまう。
まぁとにかく、快斗はうきうきした気分のままベッドから下りて鼻歌を歌いながら洗面所へと向かっていた。

TRRRRR・・・TRRRRR・・・
丁度顔を洗い終わって身支度を終えたところに電話の音が響いた。
「誰だろ?」

現在の時刻は朝8時。
それほど早い時間というわけでもないが他人の家に電話するには少々微妙な時間である。
(まさか・・・新一呼び出し受けちゃったとか?)
しかしそれならば携帯にメールが入るはずである。
(なぁんか嫌な予感・・・)

「もしもし?」
『黒羽君?』
「哀ちゃん?」
そう、電話の相手は新一の隣人であり主治医である少女であった。

「どうしたの、こんな時間に珍しいね?」
こんな時間に、と言うよりも彼女から電話が来ること自体が物凄く珍しいことである。

『ええ、今日貴方達出かける予定だったでしょう?』
「うん」
『悪いけれど今度にしてくれる?』
「何かあったの?」
不安を隠そうともせずに問いかけるとなんともあっさりとした答えが返ってきた。

『熱が出たの、彼』
「え?」

熱?

「ええええええ!!?」
『煩いわね』
哀が冷たく言うがそんな事は耳に入らない。

「だ、大丈夫なの!?」
『大丈夫じゃないから今度にしてって言ってるのよ』
「そ、そんなぁ〜!!」
いい年した男が恐ろしく情けない声を出していることに辟易しながら哀は続けた。

『まぁ、薬も飲ませたし今は大人しく寝てるから明日には熱は引いてるでしょ』
「ほんとに?」
心配そうな気配を滲ませて言う快斗に哀はため息を禁じえない。

『私の診断を疑うの?』
「そうじゃないけど・・・」
そういえば、と快斗は微かな疑問を覚えて哀へと問いかけた。

「何で知ってるの、今日のデート?」
快斗は言っていないし、あの恥ずかしがり屋の新一がいくら哀にとはいえそんな事を言うはずもない。
『たった今本人の口から聞いたのよ』
「新一が?」
珍しい、という意味を込めて言えば哀は少々躊躇いながらも教えてくれた。

『・・・・・・気分が悪いから薬くれって言うから休みなさいって言ったのよ。そうしたら彼物凄く嫌がって』


――今日はあいつと出かけるんだ。楽しみにしてたのにドタキャンなんて・・・


『本当に大変だったのよ、彼を休ませるの』
そういう哀の言葉は既に快斗の耳には入っていない。

快斗は顔を真っ赤にして口元に手を持っていった。

(楽しみにしてた?俺に会うのを?)
いつもいつも、楽しみにして浮かれているのは快斗だけで新一はそれほど楽しみにしているわけではないのかもしれないと思っていた。

(やっべ・・・すげー嬉しいっ)

『ちょっと黒羽君?聞いているの?』
「え?あ、うん」
『とにかく今日のデートは中止にして頂戴』
「あ〜・・・うん」

『なに、文句でもあるの?』
曖昧に快斗が答えると哀が怒ったかのように言ってくるがいつもの事であるから快斗は気にしなかった。
「・・・看病に行ってもいい?」
恐る恐るたずねると哀から大きなため息が返ってきた。

「やっぱ・・・だめかな?」
『どうしてそんな事私に聞くのかしら?』
「え?だって哀ちゃん主治医だし、邪魔になったらいけないし」
『別に邪魔ではないわよ。ちゃんと看病してくれるのなら来てくれて構わないわ』
哀の答えに快斗は表情をほっと緩めた。
「それじゃあ今から行くよ。あ、冷蔵庫に何かある?」
『ちょっと待って頂戴』
電話の向こうからパタパタと足音がする。哀が冷蔵庫の中身を見るために移動しているのだろう。
音は遠ざかっているわけではないので子機を使っているようだ。

『・・・すごいわね』
「哀ちゃん?」
ため息と共に呟かれた言葉に快斗が問いかけると哀は心底呆れたように呟いた。

『見事に何もないわ。ミネラルウォーターとバター、ジャム、コーヒー豆それから・・・これ、貴方用?ミルク』
「ああ、うん。紅茶とかコーヒーに入れるから・・・って本当にそれだけ?」
『ええ。後は何もないわ。ああ、冷凍庫に氷はあるけれど』
今度は快斗が深くため息をついた。本当に何もない。

(やっぱ一緒に住もうかなぁ・・・)
同棲はまだ早いかと思って遠慮していたが・・・考え直した方がいいようである。

「解った、それじゃあ途中で買い物してから行くよ。ありがと、哀ちゃん」
『いいえ。それじゃあよろしくね』

電話を切った快斗はキッチンへ赴き冷蔵庫を開けた。
哀には買い物をするといったが、この時間では開いている店もない。
家から持って行ってしまった方がいいだろう。

たまには恋人の家でデートというのも悪くない。
そんな事を思いながら面倒臭がり屋な恋人のために快斗は幾つかの食材を持って家を出たのだった。




END


【樹耀様後書き】

由梨香ちゃんとのデートをとても楽しみにしていた樹耀。
朝、由梨香ちゃんからの電話でショックを受けました。
「僕の由梨香ちゃんが熱出したっ!?」←え?
デート中止よりもそっちの方がショックだった樹耀・・・w

と、言うわけで。
お見舞い品です。こんなもんですけど、受け取ってくださいv
本当はこの後の二人のラブラブvを書こうかと思ったんですが・・・まぁキリがいいのでとりあえずココまで。←面倒臭くなったらしい
要求されればいくらでも(?)書きます。
だから早く元気になってね!!