頭の中が気持ち悪い

 ぐちゃぐちゃに混ぜられた何かが

 もう一度形になりたがっている


 きっとそれを防いでいるのも俺

 でもそれを思い出したいと思っているのも俺



 答えの出ない疑問は気持ちが悪いんだ



 ただ、それだけの事










接吻W











「くっ……」


 そろそろ限界が近い。
 白かった筈の衣装は大分赤く染まってきてしまった。

 見なくても分かる。
 きっと滴り落ちそうな赤が広がっているのだろう。

 先代から引き継いだ衣装。
 そろそろ作り直しかもしれない。


 そんな事を考えて、痛みから意識を逸らそうとしてみても広がるのは痛み。
 徐々に思考が全てそちらのそうに向かって行ってしまう。

 必死で意識をかき集める。
 でなければ目的地まで持たずに発狂してしまいそうだった。


 何が一番自分の意識を繋ぎとめられるのか。
 何が一番自分の意識を引きつけるのか。


 知っている。
 分かっている。

 それでもきっともう一生それを認めることは出来ないのだけれど…。








































「近くにあるのは……」


 余りの道の混みようと、タクシーで行くのを諦め歩道を歩く。
 途中途中にある電気店で流れている彼の映像を見ながら。
 けれど、新一が歩いているのはそのニュースの映像とは真逆。

 それでも新一には何故か確信があった。
 今映っているのは紛れもなくダミーだ。

 間違っていない。
 彼の目指している所と自分の向かおうとしている場所は。
 きっと間違っていない。

 この辺りであの白い翼を休められそうなのはあそこぐらいだ。
 傷の程度は分からないが、テレビで見た限り最初は結構な蛇行ぶりだった。

 つまり、それだけ傷が酷いという事。

 そこまで考えて、また訳の分からない奇妙な気持ち悪さに襲われる。



 ドウシテキッドガウタレル?
 ダレニウタレタ?
 ナゼ?



 頭の中に浮かぶ疑問符。
 でも、その答えを自分は何故だか知っている気がした。
 それでも、その答えを捻り出そうとすれば、何かが拒絶するかの様に気持ちの悪い事に答えが出てこない。

 思い出してはいけないと。
 頭が無意識に忘れた振りをしている様な感覚。


「一体、何なんだよ…」


 気持ちが悪い。
 答えを知っている筈なのに分からないなんて。

 だから、だから。

 キッドの所へ向かうのは奴が心配だからでも、奴を捕まえる為でもなくて…。
 ただ、この答えの出ない気持ちの悪い状況から抜け出したいだけ。

 キッドに会いに行けばこの疑問は解消される。
 そんな気がしたから。


















































「くっ…」


 無理矢理に屋上のヘリポートに身体を着陸させた時、身体中が悲鳴を上げるように軋んだ。
 もうそろそろ感覚も無くなって来ている気がする。


「コレは本気でそろそろヤバイかもしれねーな…」


 ふらふらする視界を何とか整えて。
 白い翼を仕舞って。

 きっと警察や、マスコミ関係者はダミーに騙されてくれた筈だ。
 それなら自分がこの危機を何とか乗り切ればいいだけ。
 それだけだ。

 ふらふらする身体を何とか引き摺って、キッドは屋上から階下へと続く階段をゆっくりと下りて行った。


















































「ここ、だろうな…」


 辿りついたのは救急病院。
 先程近くで事故があったらしく、入り口には忙しなく救急車が訪れ、看護師、医師、患者、その付き添い等々が入り乱れている。

 この状況ならアイツなら容易いだろう。

 そう確信して、その身体をそっと病院内へと忍び込ませた。


 病院という所はよっぽどの場所でない限りそう忍び込むのは難しくない。
 この時間ならギリギリまだ患者の見舞いを装っても入る事が出来る。
 当然、彼も自分もそんな事はしなくても入り込むことぐらいできるのだけれど。


「階段は…」


 病院に入ってみれば救急以外は忙しくはなく、夜に近い時間と言う事もあって静まり返っていた。
 受付近くの病院の案内図を見る。

 現在地から少し右に行って、其処を曲がったところに階段があるらしい。
 階段でこの9階建ての建物の屋上まで行くのは正直だるかったが、仕方が無い。
 エレベーターで行って奴と行き違いにでもなったらそれこそ洒落にならない。
 そこから探すのなんて、階段を上るより手間だ。


「しょうがねえか…」


 右へ歩いて行って、角を曲がった所で階段を発見した。
 階段を見上げて、その距離に思わず溜息が出る。
 けれど一つ溜息を吐くと、諦めたようにその階段を駆け上って行った。


















































「ったく…何でこんなに長いんだよ……」


 階段を一歩一歩ゆっくりと下りながら、キッドはその距離の遠さに愚痴を零していた。
 幾ら夜目が利くと言っても今は視界がぼやけた状態で。
 重い身体を引き摺って歩く訳だから歩みは中々進まなくて。
 思い通りにならない状態に苛立ちだけが募っていく。


「くそっ……」


 一瞬、ふらっと落ちかけて、それでも何とか手すりに捕まってやり過ごす。
 こんな失態何年ぶりだろうか…。
 ああ、全く。
 本当に今日は情けない。


「親父に見せたら嘆くだろうな…」


 『怪盗キッド』

 月下の奇術師とも、平成のアルセーヌ・ルパンとも称される自分がこんな姿だなんて。
 先代が見たら何と言うだろう。
 やっぱり情けないと思うのだろうか。


「ホント…だっせーなぁ……」


 余りにも情けなさ過ぎて笑えてくる。
 ああ、もうなるようになれとさえ思えてくる。








―――カッ……カンカン…








 そんな時耳に響いた音。
 誰かが階段を駆け上がってくる音。


「くそっ…誰だよ。こんな時に……」


 その音は段々迫ってくる。
 自分の居る場所へと。


「何とか身を隠さねえと……」


 上に上って屋上から逃げようか。
 いや、それじゃ間に合わない…。
 かといって隠れられるような場所もここには存在しない。


「八方塞がりかよ……」


 諦めにも似た言葉が口を吐いて出た。

 何だかもう、どうでもいい気すらした。
 意識が遠のきそうになるのに身を任せたい気すらした。

 けれど、それは出来ない。
 だって自分は今『怪盗キッド』なのだから。


「あー…女性だといいなぁ…」


 そうすれば口説き落として。
 黙っててもらうか?

 そんな半分情けない打開策まで出てきてしまう。


「ま……ここまで来たらしょうがねえか。相手を拝見してから手を打ちますか…」


 これ以上余計な体力を使わないように。
 キッドはとりあえずその場に座り込んで相手を待つ事にした。




















―――……カンカン…カンカン…




















 足音は徐々に徐々に、けれど確実に自分へと近付いてくる。

 今更ながらにその近付いてくる足音に心臓が跳ねる。
 警察関係者か、或いは追っ手だったらどうしようか。

 いや。きっとそれはない。
 確認はした。
 彼らがダミーの方に誘導されて行くのは。

 だとすれば可能性が一番高いのは病院関係者。
 何とか…眠らせてしまうのが一番いいか…。

 その結論に達し、キッドはとりあえず胸元に忍ばせてある催眠薬入りのスプレーに右手を添えていた。


「来るなら早く来いよ。良い夢見させてやるからさ…」


 途切れそうになる意識を何とか保つ為。
 そんな言葉を吐きながら相手を待つ。










―――……カンカン…カン……






―――……カン…カン……






―――…カン………カン………










 相手がすぐ下まで来ているのが気配で分かる。
 そしてこちらを伺うかの様にそのスピードが急にゆっくりになった。


(おいおい…もしかして……)


 俺が居る事に気付いてるのか?


 その疑問は徐々に確信へと変わる。
 異常なまでにゆっくりになった歩み。
 押し殺した息遣い。
 獲物を捕らえにでも来た様に。


(しょうがねえ…。いよいよ使うしかないか……)


 懐からスプレーを取り出して、構えておく。
 いつ誰が来てもいいように。




















 けれど、次の瞬間その視界に捉えられたのは――――。




















「新、一……」




















 ―――――綺麗な綺麗な蒼を持った、俺だけの名探偵だった……。























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