触れた唇が酷く熱い気がした
離れていく唇を酷く恋しいと思った
それは己の罪に対する罰
知っていた
分っていた
それでも
ただ、寂しいんだ…
我が心に君深く【8】
「んっ……」
意識が浮上しだして、ゆるゆると頭が起きてくる。
誘われる様にゆっくりと瞳を開いて、ぱしぱしと数度瞬きをする。
ぼんやりとしていた視界が、数秒後にはクリアになって、此処がリビングであるのだと、脳が理解する。
そうして、漸くどういう経緯で自分がここに寝ていたのか思いだした。
「快斗…?」
もう帰ってしまったかもしれない。
そう思って、不安げに名前を呼べば、先週見たエプロンを付けた快斗が片手にお玉なんて物を持って、緊張感なくひょいっとキッチンから顔を出した。
「ん? 新一、起きた?」
「んっ…」
「気分はどう?」
「ああ…平気、みたいだ」
すっかり忘れていた。
そういえば、自分は二日酔いでへばっていた筈。
でも、彼がくれた薬の所為か、気持ちの悪さも頭の痛さも殆ど無くなっていた。
「それなら良かった♪ 今、玉子雑炊作ってんだけど、食べれそう?」
「……食べる」
朝から何も食べてない胃は確かに空腹を伝えていた。
しかも、ちゃんと諸々を配慮しての玉子雑炊なのだろう。
全く、至れり尽くせりとは正にこの事だ。
「じゃあ、シャワー浴びてこいよ。そのままじゃ気持ち悪いだろ?」
「……分った」
確かに、身体が酒臭い。
汗で張り付いた前髪も鬱陶しい。
すっかり甘やかされていると思いながらも、新一は有難く言われた通りにする事にした。
「珍しく素直だなぁ…」
キッチンに立ちながら、小さく呟く。
本当にやけに素直だと思う。
よっぽど自分に何もかも見透かされたのが悔しかったのだろうが…。
「まあ、そういう新一も可愛いんだけどねぇ…」
可愛いとは思うけれども、いつもの彼らしくないとも思う。
もっとこう、天邪鬼でひねひねで、その実可愛らしいのが彼な訳で…。
「あれは相当……」
―――ダメージが大きかったんだろうなぁ……。
どうした物かと、快斗は一人小さく溜息を零した。
シャワーを浴びながら、排水溝に流れていく水を見詰める。
このどうしようもない想いが全て水に溶け出して流れて、この排水溝に吸い込まれてしまえばいいとくだらない事を思った。
あんな事…されるなんて思ってもみなかった。
触れた唇はどうしようもなく熱く感じた。
そして、離れていく彼にどうしようもない寂しさを感じた。
あのまま抱き縋ってしまいたいと願う程、恋しくて堪らなかった。
好き。
愛してる。
そんな言葉、今は何の役にも立たない事は分っていた。
快斗が求めているのは『愛情』でも何でもない。
彼は求めているのは『信頼』だ。
『犯罪者』だと罵った自分が彼の信頼に足る人物にもう一度なれるまでどれだけの時間がかかるか、なんて自分には分らない。
もしかしたら一生そんな日は来ないのかもしれない。
そう考えると目の前が真っ暗になりそうな程、怖くて怖くて仕方ない。
それでも―――離れたくないと、離さないと言ったのは自分だ。
キュッとコックを捻ってシャワーを止める。
こんな風に簡単に、想いが流れ出すのも止めてしまえたら良かったのに、と思った。
「さっぱりした?」
「ああ」
シャワーを浴びて出てくれば、いい香りが漂っていた。
それに空腹を思い出して腹に手を当てれば、快斗に小さく笑われた。
「直ぐご飯にしてあげたいところだけど…」
近付いてきた快斗の手にはいつの間にかタオルが持たれていて。
そのタオルで、優しく髪を撫でられた。
「ちゃんと乾かさなきゃ風邪ひくよ?」
「別に、こんなもんほっときゃかわ…」
「いいから。大人しくしてて」
優しく。
丁寧に。
何か大切な物を扱うかの様に。
そっとそっと髪の雫を拭われる。
ほとんど抱きこまれる様な状態に、頬に熱が集まるのが分る。
髪を拭かれている為、俯き加減だったのがまだ救いだった。
「はい。オッケー♪」
「さんきゅ…」
髪を乾かしてもらって。
導かれる様に連れて行かれたダイニングテーブルの上には、美味しそうに湯気が立ち上っている雑炊があった。
素直にダイニングテーブルの椅子に座り、きちんと手を揃える。
「いただきます」
「どうぞ♪」
スプーンですくって、ふぅふぅと少し冷まして。
口に運ぶ。
「うまい…」
「それは良かった♪」
雑炊だから、そんなに味の変わる物ではない筈なのに、本当に美味しくて。
思わず口から出た言葉に、快斗はそれはそれは嬉しそうに微笑んだ。
「快斗」
「ん?」
「…ありがとな」
「どういたしまして♪」
温かい雑炊で喉も胃も温められて。
そんな彼の笑顔に、心まで温まっていく気がした。
to be continue….