予想はしていた
予想はしていた、が…
本当にそんな事態になっているとは
正直確信はなかった
不謹慎ではあったけれど
それが彼の気持ちを表している様で
少し心が温まった気がした
我が心に君深く【7】
「おはよう。新一♪」
焦った顔を一瞬にして、爽やかな笑顔に変えて。
朝だというのに眠さなんて全く感じさせない顔でそう言って下さった快斗を見詰めて、新一はふむっと考える。
とりあえず、状況を整理しよう。
冷蔵庫の中にあった薬と、ウ○ンの力と、スポーツ飲料水。
そして、態々こんな朝から――ちらっと時計を確認して、今が午前9時である事を確認した――家に訪ねてきて。
チャイムを5回も鳴らすなんて真似をした上に、普段しないであろう不法侵入――新一が開けてやっていないのだからつまりはそれで入ってきたのだろう――までして下さった訳で……。
「よっ…。で、快斗」
「ん?」
「お前、過保護過ぎ」
つまりはそういう事だろう。
新一があの後きっと自棄酒(…)をする事を見越した上での、あの冷蔵庫の中身。
そして新一がどれぐらい飲んで、いつぐらいに寝て、酒が入ってそこまで眠りが深くないだろうという事まで考慮した上でのこの時間の訪問。
でも、さっきの様子からするともしかすると自分の事を心配して慌ててくれたのかもしれない。
まあつまりは結局二日酔いになっているであろう新一の心配をしてくれて態々来てくれたのだろう。
全く―――本当に甘過ぎる。
「…ばれた?」
「当たり前だ」
「うーん…ばれないようにしたつもりなんだけどなぁ…」
「お前な……そういうのは『探偵』の仕事なんだ。領分を侵略するな」
全くもって、癪に障る事この上ない。
そういう予測に基づいた推理をするのは『探偵』の領分であって、自分の領分だ。
にも関わらず、全部全部行動を見透かされたなんて、癪に障るを通り越して………正直恥ずかしい。
「いーじゃん。俺は新一が辛くない様に、と思ってだなぁ…」
「るせー。そう思うなら、チャイム5回も鳴らすんじゃねえよ」
「ごめんね。でも気絶でもしてたらどうしようかと思って…。やっぱり響いた?」
「めちゃめちゃ響いた」
「だよね。でも、それだけ喋れる元気があれば大丈夫か」
苦笑気味にそう言われて。
新一はぷいっとそっぽを向いた。
全く…こんな弱っている姿を少なくとも『宿敵』と呼ばれる彼には晒したくないと思うのに…。
「で、新一。薬、飲んでないでしょ?」
「うっ…」
「やっぱりね。絶対飲まないと思ったんだよなぁ…」
全く、なんて呟いて。
快斗は冷蔵庫から薬を取り出し、食器棚から勝手に拝借したコップに水を入れて戻って来た。
「はい。ちゃんと飲む」
「いらねーよ」
「そんなもろ気持ち悪そうな青白い顔してそんな事言っても説得力ないよ?」
「うぅ……ι」
ここまできてしまっては、正直諦める他ない。
仕方なく少しだけ上体を起こそうとして……気持ち悪さに眉を顰める。
「気持ち…わりぃ……; 無理。少しも起きれねえ…;」
「あーあぁ…。もう、早く飲まないからι」
まったくもぅ…なんて言って、快斗は苦笑する。
テーブルの上にあったウ○ンの力の空き缶と、スポーツ飲料水を見る限り、さっきまでは起きれていた筈。
起きてから時間が経過して、余計に気分が悪くなったのだろう。
さっさと薬を飲んでくれれば良かったのに…とも思いつつ、飲まないだろう事も快斗は予想していたから、まあ仕方ないとも思う。
仕方なく苦笑して。
思いついた解決策に、正直内心で複雑な想いを抱えた。
好きだから、嫌な訳ではない。
だからと言って……『友人』というポジションを自ら望んだ自分がコレをするのはどうなんだろうか…。
でも、目の前の彼は強がってはいるが、完全な二日酔いで正直可哀想なぐらい気持ちが悪そうで。
その原因が嫌という程分り切っているから、このまま放っておくのも可哀想で。
快斗は仕方なく、薬と水を素早く口に含んだ。
「快斗…?」
自分用に作った薬ではないのかと、ことん?と首を傾げた新一の何も分っていない様子に内心で苦笑して。
ソファーに横になっている新一に覆い被さって、口移しで薬と水を与えてやる。
「んっ……っ……」
耳に響いた小さな声に、そのまま口腔を貪りたい気持ちをぐっと堪えて、快斗はそっと唇を離した。
「快、斗……」
「ごめん。でも、こうでもしなきゃ飲めなかっただろ?」
信じられないモノを目にしたかの様に見開かれたままの新一の瞳に応える様に、快斗はそうやって理由をつけてやる。
ずるい、と自分でも分っていた。
分っていて快斗は、そんな風に新一に告げる。
快斗の言葉に少し伏せられた視線が痛々しいと思っても、それ以上何もしてやる事は出来ない。
「いや、……こっちこそ、…わるい……」
少し視線が逸らされて。
快斗の顔を見ない様にしながら紡がれた言葉に、少しだけ胸を痛めながら、快斗は新一から離れた。
「何か欲しい物ある?」
「いや、別に…」
「じゃあ、ゆっくり寝てな。すぐ薬効いてくるだろうからさ」
言いながら、快斗はどこからともなくタオルケットを取り出して。
その相変わらず鮮やかな手際に新一が快斗をジッと見詰めているのに微笑んで、ふわりとタオルケットで新一を包んでやる。
「さんきゅ…快斗」
閉じられた瞼で見えなくなった蒼を、酷く恋しいと思った。
「ホント、天使みたいな寝顔しちゃって…」
薬が効いてきたのだろう。
さっきまで少しだけ寄せられていた眉が今ではちゃんと元の位置に戻り、小さな規則正しい寝息が聞こえてきた。
机の上を片付けた後、ソファーの空いている部分に浅く腰をかけ、快斗はそっと新一の手触りの良い髪を撫でた。
この間も思ったが、こうして寝顔を見ていると、些か幼く見える。
彼のあの全てを見透かす蒼い双眸が隠されているせいでもあるのだろう。
引き寄せられる様に、真っ白な額に唇を落とす。
次いで頬、そして…真っ赤に色付いた唇に、そっと触れるだけの口付けを落とした。
狡いと自分でも分っている。
彼が望んでいる事を分っていて、自分だけこうやって眠っている彼に触れる。
余りにも…狡い自分を自覚したところで、それを止める事も出来ない自分に呆れる。
「愛してる…」
真実の愛を告げる為の言葉が…何だかやけに白々しく響いたのには気付かない振りをした…。
to be continue….