『また月曜日』


 彼はそう言ってくれた
 彼とそう言って別れた


 それは確実に
 ――『救い』――

 けれどそれは同時に
 ――『空虚』――










我が心に君深く【6】











 一頻りそうやって、自分を抱き締めて。
 漸く少し落ち着きを取り戻した所で、新一はずるずると身体を持ち上げた。

 頭が回らない。
 足が上手く動かない。

 それが酔いだけでない何かで余計にそうなっているのは分ったが、自分ではどうしようもない。
 ずるずると力の入らない身体を引き摺って、漸くリビングへ辿り着き、ドタッとリビングのソファーに突っ伏した。

 そのまま視線をずらして見れば、テーブルの上には最後に開けたワインがまだ殆ど残っていた。
 それに加えて手の付けられていない缶チュウハイだとか、諸々酒は幾らでもあった。
 ずるずるとソファーから滑り落ちる様にぺたんと床に腰を降ろして、ソファーの足がかかる部分を背凭れの様にして。
 だるい腕を伸ばしてワインのボトルを手に取ると、空だった自分のグラスに赤い液体を注ぐ。

 グラスを揺らせばたぷんっと揺れる液体が目にも心にも心地良かった。
 そう言えば、ワインを血に例えた女優がいたな…なんて思い出して、一人自嘲気味に笑う。
 もし血に例えられるとして、それを見て自分が落ち着くなんて。
 まるで事件狂いの探偵の様だ。
 色んな意味で…終わっている。

 いつか誰かに『死神』と言われた。
 いつか誰かに『人殺し』と言われた。

 でも、痛みを感じたのは最初だけ。
 そのうちそんな物にも慣れてしまった。
 そうでなければ『探偵』なんてやってこられなかった。
 事件の謎を解き明かす事ばかりに気を取られ、人として何か大切な部分を欠損して来てしまった気さえする。
 そんな自分が―――『恋』というその感情だけで、こうして人間臭過ぎるぐらい人間らしい、苦しみや落胆や辛さを覚えているのだから、一応まだ自分も人の心を残しているのだろう。
 それになんだか、間違っている様な安堵をする。


 まだ――――自分はきっと、大丈夫だ。


 くいっと一気にグラスの中の赤い液体を飲み干す。
 それでもまだまだ足りなかった。
 きっと今日は、飲んで飲んで、本当に酔ってしまわないと眠れないだろう。

 行儀も何もあった物ではなく、だばだばとグラスに再度ワインを注ぐ。
 それもぐいっと飲み干して。
 新一は溜息を吐いた。

 こんなのは自分らしくない。
 こんな自分は、自分らしくない。

 でも何だかそれも――――酔った頭では、悪くないと思えた。








































『ごめん。今日も帰らないから』


 此処暫く帰っていないというのにそんな簡潔なメールだけを母親に送って、パタンと快斗は携帯を閉じズボンのポケットにしまった。
 頭上に輝く月は、最初見た時よりも位置を変えている。
 自分はここに一体どれ位居るのだろう。

 馬鹿馬鹿しいと自分でも分っていた。
 本当に、何をしているのだと自分を笑いたくもなった。

 何もない振りで。
 いつものポーカーフェイスで。

 家に帰って。
 天真爛漫な息子の顔を被って。
 父親に対する母親の惚気を今日も表面上は飽きた様に聞いて。
 そうして、いつもの様に自分の部屋で眠りにつけば良い。

 頭の中ではそう思うのに、身体が此処を動く事を拒否する。

 冷静に考えれば、もう一週間ぐらい自宅に帰っていない。
 隠れ家にしているあの部屋には何もかも揃えてあるし、もし万が一なくても買いに行けばいいから困る事はない。
 それに、キッドとして何処か地方に出かける時は、これだけ家に帰らない事も多い。
 でもその時はあらかじめどのぐらい帰らないか告げて出る。
 こんな風に、毎日毎日『帰らない』と言う為に連絡をした事などなかった。


「ん…?」


 ポケットの中にしまった携帯がバイブで震えて。
 相手が分っている快斗は特に急ぐでもなく、緩慢な動作でポケットから携帯を出し、開いた。
 その内容に苦笑する。


『落ちついたら帰ってきなさいよ』


 ああ、全く。
 いつまで経ったって自分は『子供キッド』だ。
 そして、やっぱり流石だと思う。
 『怪盗キッド』の妻であり、そして母親である人。
 もしかしたら、何もかもお見通しなのかもしれない。

 何だかちょっとホームシックにかかりそうだ、なんて事を考えて、また苦笑する。
 別に帰れない訳ではないのに、こんな顔を見せたくないと意地を張って帰らないのは自分だ。
 心配してくれているであろう母親に顔の一つでも見せてやった方が安心させてやれると知っているのに、それすら出来ないただの子供だ。



「…あー……会いてえなぁ……」



 何だか少し寂しくなって。
 心の底からそう呟いた。

 自分から帰ると言った癖に、こんな風に彼を恋しがるなんて間違っていると分っているのだが、それでも寂しく思ってしまうのだから仕方ない。
 彼の温もりが、この腕の中に無いのが酷く寂しくて仕方ない。



「好きだよ。新一…」



 小さく呟いた言葉は、誰にも聞かれる事無く、静かに暗い空に溶けた。


















































「んっ……」


 頭が痛い。
 ついでに身体も痛い。

 重い瞼を開ければ、最初に目に入ったのは照明。
 しかも自分の部屋の、ではなく―――リビングの照明だ。


「やべぇ…またやっちまった……;」


 最近リビングで倒れる様に寝ている事が多過ぎると、自分でも嫌になる。
 昨日の記憶を頭の奥から引っ張り出して、今自分がどうして此処に居るのか自覚して、新一は深く溜息を吐こうとしたところで―――頭の痛さに眉を顰めた。

 ズキズキと頭が痛む。
 ついでに気持ちも悪い。
 一瞬吐き気を覚えた気がしたが、何とかそれを抑えると、水でも飲もうと重い身体を引き摺って冷蔵庫を覗く。


「流石アイツ。準備良いじゃねえか……」


 冷蔵庫の中には新一がカゴに入れた覚えのないスポーツ飲料水と、ウコ○の力。
 そこまで酒に弱い訳ではない新一にウ○ンの力が必要だという事すら見抜かれていたのかと思うと若干イラっともするが、それでもそれが有難いのは事実だ。
 そうして、その缶に手を伸ばせば、その後ろに見覚えのない白い薬袋の様な物を発見した。


「何だ? コレ…」


 不審に思ってそれを引っ張り出せば、袋の表には見事に『二日酔い用』なんて文字が躍っていて。
 ついでに裏には『飲み過ぎちゃダメだからねv』なんて文字が書いてあった。


「アイツ……」


 ああ、もう!
 何だってこう見抜かれているんだろうか。


「そういうのはな、『探偵』の仕事なんだよ!……っぅ……;」


 余りにもイラっとして叫べば、自分の声が痛む頭に響く。
 痛みに顔を歪めて、新一はその薬袋をジッと見詰めた。

 新一が後遺症に悩まされているのを快斗は知っている。
 だから、それに影響がある様な薬を飲めない事も。
 それを知っている快斗が敢えて置いて行った薬だとすれば、それは恐らく快斗が自ら調合した物だろう。
 だとすれば、……恐らく危険はない。

 無い……が。


「………でも、何かムカツク……」


 こう何もかも見透かされっぱなしでは、正直探偵形無しだ。
 だとしたら、快斗の思惑通りに動くのは物凄く癪である。


 むうっと眉を寄せ、新一は潔くその袋を元の位置に戻し、代わりにウ○ンの力とスポーツ飲料水を引っ張りだすと、ずるずると身体を引き摺ってソファーへと逆戻りした。
 そうしてソファーに深く身体を埋めると、ウコ○の力を開け、味に顔を顰めながらも嚥下した。
 二日酔いを防ぐ為に飲む物だから、今更飲んでも気休めだが、気休めでもいいだろう。
 そうして口直しに、スポーツ飲料水の蓋を開け、ゆっくりと少しずつ飲む。
 多分一気に飲んでしまったら、吐き気すら起こりそうな気がしたから。



「やべ…マジ気持ちわりぃ…;」



 昨日あれだけ飲んだのを後悔しそうな程の頭痛と気持ちの悪さに新一はぐったりとして、ぼおっと天井を見上げた。

 自分の息すら酒臭い気がして、気が滅入る。
 シャワーを浴びたくとも、この状態で浴びれば確実に倒れるのは必至。
 かと言って大人しく横になっていても気持ちが悪い。

 対応策が見い出せず、久々に味わう二日酔いに新一がぎゅっと眉を激しく寄せた頃、



 ――――ピーンポーン



 玄関のチャイムを鳴らす音がした。
 それが頭に響いて、新一はぎゅっと目を瞑り、出来る限り早めの動作―――実際は大分緩慢な動作になってしまったが―――で、耳を塞いだ。
 二日酔いにこんな煩い物は無い。
 必死に早く帰ってくれと思っているのに、外の主は相当粘り強いらしい。
 5回チャイムを鳴らして、漸く諦めたのか、その後その音は聞こえなくなった。

 それにホッとして、耳から手を離した刹那。


 ――――ガチャッ


 リビングの扉を開ける音に弾かれる様に視線を扉に移せば……。


「かい、と……?」


 何だか酷く慌てた様子の快斗と目が合った―――。






























to be continue….



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