好きだから
愛してるから
一分でも、一秒でも長く
傍に居たいと思う
でも、今は…
少しだけ
距離を取らなくてはと思っていた
我が心に君深く【5】
――ボーン…ボーン……
何本目かのワインを二人で開けた頃、リビングにある古い時計の音が鳴った。
それを快斗は確認して、ゆっくりと腰を上げた。
「そろそろ帰らないとね」
「えっ…?」
「だってもう、12時だ」
そう言いながら、テーブルの上の空いたパックだとか、ワインの瓶だとか。
そういう物をさくさくと片づけ出した快斗を新一は酔いが少し回った頭でぼーっと見詰めた。
「別に泊まってけばいいじゃねえか」
「そういう訳にはいかないよ」
苦笑を浮かべてそういう快斗に、新一は首を傾げる。
だって、先週は…。
「何でだ?」
「新一…。俺は新一に『もう一度最初からやりなおそう』って言ったよね?」
「言ったけど…」
確かに言った。
そう、もう一度最初から。
そう言われた。
その言葉に新一も素直に頷いた。
「だから、今日は帰るよ」
きっぱりと何の迷いも躊躇いもなくそう言われて。
新一は次の『でも…』を飲み込んだ。
自分は今それを言う資格を持たない。
そう、彼と自分は今は『友人』だ。
『恋人』でもなく、『親友』でもなく、ただの『友人』。
その区別を、快斗が明確につけようとしているのを、新一も分っていた。
だから、それ以上快斗を引き止める言葉を紡ぐのは…止めた。
「そっか…」
「とりあえずこれだけ片付けたら…」
「いいよ。明日片付けるから、さっさと帰れ」
「でも…」
「いい。……帰れよ」
「……分った」
冷たく言い放つ新一を快斗は表情すら変えずに見詰め返す。
彼の瞳の奥に辛さが見えるにも関わらず。
冷たいと、快斗も分っていた。
ここまで自分の想いを新一に伝えておいて、あくまでも『友人』面をしようなんて狡い事も分っていた。
けれど、分っていて快斗はそれを実行する。
それがいかに新一を傷付けるか知りながら。
きっと自分は新一を責めたいのだろう。
彼が自分を深く深く傷付けたと。
だから自分は新一を傷付けたいのだろう。
自分と同じ位傷付けばいいと。
好きな人を傷付けたいなんて、相当歪んでいると自分でも思う。
でもきっと自分は――――。
―――彼が傷付いて傷付いて、泣いて自分に縋る姿を見て漸く安心できるのだろう。
そんな最低な自分を快斗は分っていた。
分っていて、でもそれを止められない。
それでも彼を好きだなんて―――――コレは余りにも歪んだ『愛』だった。
「じゃあ、また月曜日」
「ああ。気を付けて帰れよ」
「うん。ありがとう」
短い玄関先での別れの言葉を交わして、快斗は工藤邸の扉を閉めた。
本当はそのまま感傷のままに扉を見詰めていたいと思ったけれど、気配に敏い彼の事、そんな事をしていれば自分が此処にいる事が分ってしまう。
だから、快斗は振り切る様に工藤邸を後にした。
快斗が出て行った扉をジッと見詰めて。
新一は力なくその場にずるずるとしゃがみこんだ。
好きだ。
快斗の事が本当に好きで好きで堪らない。
快斗だって、自分の事を好きだと言ってくれた。
お互いの想いは同じでも、今すぐに彼の傍に居られない事を頭では分っていた。
それが自分の罪に対する罰なのだと新一とて頭では理解していた。
けれど、気持ちはそれを裏切る。
今すぐにでも快斗を追いかけて、そのまま抱きついてしまいたい。
抱き締めて、泣き縋って、そうして自分の持てる全てで、彼を説得してしまいたかった。
――――信じられなくてもいいから、傍に居て、自分の………『恋人』になって欲しいと。
けれど、そんな事では何の解決にもならないと分っていた。
そんな事した所で、快斗にもしそれで受け入れて貰ったとしても、そんなのは唯の表面上の形式上の物でしかない。
快斗が心の底から新一の気持ちを信じて、そして傍に居て貰わなければ意味が無い。
――――快斗が心の底から自分を『信じて』くれて『好き』だと想ってくれなければ、何の意味もない。
だから、自分の中から溢れ出てくる物を抑え込む様に新一は自分の身体を自分の腕で抱き締めた。
ぐっと腕に力を入れ、漏れそうになる嗚咽を抑え込む。
傷付けた自分には泣く資格はない。
傷を抉った自分には傷付く資格すらない。
――――『好き』だと想う事がこんなにも辛いなんて……本当は知りたくなかった。
タクシーに乗る事も考えたが、一つ思い出して止めた。
暗い夜道を歩きながら、あの日歩いた道を思い出す。
そうして視界に入ったのは、あの日新一を見付けた公園。
深夜の為人気もないその公園の、あのベンチに快斗は腰を下ろした。
そうして空を見上げれば、空には自分の守護星。
青白い光を投げかけてくれるその星に少しだけ心を落ちつかせる事に成功する。
あの日、ここで彼と逢わなければ、もしかしたら自分はもう二度と彼に逢わなかったかもしれない。
あの日、ここで彼があんな事を言わなければ、もしかしたら自分は彼とこんな状態に戻れなかったかもしれない。
そう思うと、何だか運命めいた物を感じてしまう。
まるでそうなる事が最初から決められていた様だと、信じてもいない運命論を信じてしまいそうになるぐらいに。
きっと今頃彼は悲しそうな瞳をしているのだろう。
もしかしたら少し泣いてしまっているかもしれない。
それを酷く苦しいと思うのに、当然だと思ってしまう酷く醜い自分がいる。
傷付いた分傷付け返したって何にもならない。
本当は優しく甘やかして、傷の一つだって付けたくないと思っている自分もいる。
でも同じだけの質量で、彼を傷付けて、泣かせて、そうして抱きしめてやりたいと思う醜い自分がいる。
そんな自分を快斗自身持て余し、どうする事も出来ないでいる。
もしかしたら…そう、もしかしたら彼を信じられないだけではないのかもしれない。
信じられないから、信じたいから、そんな事を理由にして、自分は新一をただ傷付けたいだけなのかもしれない。
だとしたら――――何て醜く最低で愚かな人間なのだろう。
好きな人に。
愛しい人に。
そんな感情を押しつけてしまうなんて……。
「……最低だな、俺は……」
小さくでも口に出してしまえば――――それは紛れもなく現実だった。
to be continue….