余りにも可愛くて
 余りにも愛おしくて

 けれど、まだ足りない…

 臆病だと分っていた
 疑り深いと知っていた

 けれど…

 もう二度と
 傷付きたくないと思っていた










我が心に君深く【4】











「ホント、新一は可愛いね…」


 クスッと小さく笑って。
 快斗は腕だけで、新一の肩をそっと引き寄せた。

 相変わらず顔は背けられたままだったが、それでも見える耳は真っ赤だった。
 きっと見えない彼の顔は湯気が出そうな程真っ赤なのだろう。

 ああ本当に―――自分は幸せ者だと思う。


「るせー。男に、可愛いとか…言うな…///」


 語尾が段々弱くなっていくのは照れているから。
 指先だけ恐らく熱くなっている頬に触れさせようかとも思ったが、余計に恥ずかしがるだろうから止めておいた。

 代わりに笑みを深めて。
 頭を引き寄せ自分の肩に寄せた。


「いいだろ? ホントにそう思ってるんだから」
「っ……///」


 ああ、全く。
 本当に今日は何もしないつもりだったというのに。
 相手がこんなに可愛いんじゃつい押し倒してしまいそうだ。

 そんな事を頭の隅で思いつつ、快斗は静かに瞳を閉じた。

 腕から伝わってくる温もりが愛しい。
 このまま全て水に流して、彼を信じきってしまうのも悪くないと思ってしまう程に。


 けれど―――快斗はそこまで強くはなかった。


 きっともう一度、新一に否定されれば、自分はきっともう絶対に立ち直れない。
 そして、快斗は今直ぐに新一を信じられる程『探偵』という物を信じられてはいなかった。

 自分の平穏を。
 自分の幸せを。
 土足で踏み荒らす人種。
 それが快斗の中での『探偵』だった。

 嘗てそうではないと新一を信じた。
 信じて『名探偵』という呼び名を新一に付けた。
 けれど―――彼は見事なまでにそれを裏切ってくれた。

 勝手に期待した快斗が悪かったと言えばそうだろう。
 けれどもう、あんな風にボロボロになるのは御免だった。
 だから―――まだ新一を信じる訳にはいかなかった。


 これ以上傷付いたら―――きっと自分は壊れてしまうだろうから。



「まあ、これ以上やって新一に嫌われるのも嫌だからな。今日はこのぐらいにしとくよ」


 冗談めかしてそう言って。
 快斗は潔く、新一から手と身体を離した。

 きっとお互いに離れた距離が寂しいと思っただろう。
 けれど、今はそれも必要な事。


「別に、嫌ったり…しねーよ……」


 相変わらず赤い顔のままで、そう言われて。
 それが嘘でなければいいと、快斗は心から切実に願った。








































「そういや、新一」
「ん?」


 飲み終わった分のワインの瓶を片付けて戻ってきて、残りのワインを開けながら、快斗はすっかり忘れていた事を切りだした。


「後期の授業どうすんの? そろそろ履修登録しねえとやばいだろ」
「ああ。忘れてた」
「いや、頼むから忘れんな…ι ただでさえお前は単位危ないの幾つかあるんだから…;」


 そう言えば、先週そんな話をしていて。
 この一週間の密度が余りにも濃過ぎて(…)そんな事すっかり忘れ去っていた。

 新一は顎に手を当て、うーん…と先週辺りに見た履修カリキュラムを思い出そうとして………そして、潔く諦めた(爆)
 ホームズも言っているが、人間の脳の物置は狭いのだから、使いそうな道具類だけちゃんとしまっておけばたくさんなのだ。


「持ってくる」
「え?」
「履修カリキュラム」
「いや、良いって。俺持ってきてやるよ」
「ん。じゃあ頼む」
「……お前、絶対今持ってくる気なかっただろ?」
「いや別に」
「………はいはい。分りましたよ。女王様」
「ん」
「………;」


 何だろうか。
 飲むと女王様っぷりまで上がるのだろうか。

 さも当然と言わんばかりの新一の態度にがっくりしながら、快斗はソファーから腰を上げる。


「どこにあんの?」
「俺の部屋の机の上」
「りょーかい」


 ひらひらと手なんか振ってくれちゃってる女王様に嫌味の様な溜息を一つ残してやったのだが、全く効果は無く。
 リビングを出る時にちらっと見れば、さっき快斗が開けたばかりのワインを自ら注いでいる始末。

 全く―――これだから酔っ払いは…。

 と、自分も飲んでいる一人とは思えない事を内心で思って、快斗は階段を上り、新一の部屋に入った。





 彼らしいと言えば彼らしい部屋。
 本が多量にあるのは言わずもがなだから置いて置くとして、それ以外は至ってシンプル。
 リビングや他の部屋があの有名なご両親(特にきっと有希子さんの方)の趣味なのか、結構凝った物が多い中、彼の部屋は割合とシンプルだ。

 彼の言う通り、履修カリキュラムの冊子は机の上にあって。
 それを持ち上げた所で、ふと視線の先に気になる物を見付けた。
 一番上の鍵のかかる引き出しからはみ出して、ちらっと小さな白い三角が覗いている。
 一体何かと思ったが、無理に引っ張り出して切れてしまったりしたら事なので、大変申し訳ないとは思ったが、勝手に鍵をちょいちょいっと開けさせて頂いて。
 きちんとしまっておいてやろうと思って、そこでほんのちょっぴり興味が湧いた。

 自宅で。
 今は一人暮らしで。
 それなのに鍵をかけてまで隠したい物とは一体何なのだろう?

 そのもの自体を傷付けない様に、そっと引き出しを引いて。
 引き出しの中に落ちたそれは、写真が裏返った物だと判明した。


(これで、白馬の写真とかだったらきっと俺もう立ち直れねえ……;)


 恐る恐る、といった言葉が激しくピッタリくる様なビクビクした気持ちでその写真をそっと持ち上げてみれば……。


(うわぁ………///)


 それは紛れもなく、快斗の写真だった。
 いつ撮られた物か分らないが、自分がその写真の中で笑っている。
 そんな物を彼がこんな風に大切にしまっていたなんて……。


(俺、今本気で死ねそう……///)


 頬がきっと赤いであろう事は、見なくても分った。
 きっと、さっきの彼の様に耳まで真っ赤だろう。


 全く……何て可愛い事をしてくれるのだろうか。あの人は……。


 上がった心拍数を落ちつける様に一つ深呼吸をして。
 その写真をそっと返しておこうとしたところで、その引き出しに、同じ様に裏返されて入っている写真の薄い束を見付けた。
 まさか、とは思った。
 思いはしたが……好奇心には勝てず、その写真に手を伸ばせば―――。


(……駄目だ。俺もうマジで死ぬ……///)


 素の自分の写真と――――そして真っ白な姿の時の写真。

 一体どこから入手したのか。
 あるいは彼自身が撮った物か。
 それは分らなかったが、紛れもなく裏の自分の姿の写真すらも見付けて、快斗はもう、顔から湯気でも出るんじゃないかと思う程、頬に熱が集まっているのを自覚していた。


 彼は『犯罪者』だと言って自分を否定した。
 でも、こうして裏の自分の写真すら大切に持っていてくれた。

 それが―――嬉しくて堪らない。



(………ホント、俺……新一の事好きだ………)



 この気持ちを、何て表現していいかなんて今の快斗には分らなかったけれど、それでもただひたすらに、彼を愛しいと思った。








































「新一。持って来たよ」
「遅い」
「はいはい。悪かったって」


 余り遅くなっても怪しまれると思い、何とか一生懸命火照った頬を冷まして平静を装って、持ってきた履修カリキュラムの冊子を新一に渡してやれば、何だが酷く機嫌を低下させた女王様がいらっしゃった。
 全く、機嫌の浮き沈みが激しくなるから酔っ払いは困る。
 尤も、どうして機嫌が悪くなったかなんて、分り過ぎる程分っているのだけれど。


「お前、何取るんだよ」
「んとね…」


 新一の横に座り、ソファーテーブルに広げられた履修カリキュラムを眺めて、快斗は指をさして行く。


「とりあえず、月曜の一限は避けたいよな」
「ああ。それだったら同じ授業が四限にあるからそれで取りてえな」
「だとすると、俺はその前に専門科目があるから…」
「あ、俺もそうだ」
「じゃあ、この授業を四限に取ればお互い繋がるか」


 そんな風に一つ一つ、お互いがなるべく一緒に取れる様に教養科目を決めていって。
 流石一年の後期だけあって、結構な量の教養科目があるから、結局後期も一緒に取れる授業が多くて。
 それに新一は安堵していた。


 今更だが、快斗はモテる。
 そう、この話の出だしも確かそんな感じから始まった筈だ…。(いや、何を今更…ι by快斗)
 まあそれは置いて置くとして(…)、快斗はそりゃもう壮絶にモテる。

 それはそうだろう。
 顔良し、頭良し、運動神経だって(裏の顔であんな事をやれるぐらい)抜群だ。
 それに加えて、人当たりだって良いし、女の子の扱いだってそりゃもう、物凄く上手い。
 それでモテない筈が無い。
 合コンに行けば、ほとんどが快斗目当てだし、お持ち帰りも多々している、なんて話を新一は周りから散々聞いてきた。
 つまり、モテる上に、そりゃもうべらぼうに女好きな訳で。(いや、それも…酷い言われようだけどなι by快斗)
 不安要素ありありな訳だ。


 確かに快斗は自分を好きだと言ってくれた。
 でも、今自分達の関係はあくまでも『友人』だ。
 だから、もしかしたら今日、あるいは明日には、『他に好きな女の子が出来たから』と言われる可能性だって無い訳じゃない。

 そう思うと新一としては不安で不安で仕方が無い。
 だから、今までは『アイツは止めといた方がいい』なんて詰まらない事を言い続けてきたのだ。

 そんな状態だから、快斗と同じ授業を取って、快斗の傍に四六時中居る事は、新一にとっては欠かせない重大任務な訳で。
 そうやって、自分が一番快斗の近くに居る時間を増やす事が、必要なのだと思っていた。



「結構一緒に取れる授業多いね」
「そうだな」


 横でそうやってにこやかに笑う快斗に、何でもない様に返しながら。
 新一は本当に心の底から色んな意味で(…)酷く安堵していた。






























to be continue….



top