後悔した事はなかった
 厳密に言えば後悔する事は出来ないと知っていた

 押し付けられた訳ではない
 自分で選び取った道だった

 けれど、貴方と出逢って初めて後悔にも似た気持ちになった
 自分がこうでなければ良かったと願った日もあった

 けれど…貴方は――
 ―――『私』が好きだと言ってくれた












我が心に君深く【39】











「………」
「快斗?」


 新一の言葉を聞いて、今度こそ黙りこくってしまった快斗を新一は不安げに見詰めた。

 もしかしたらまた快斗を傷付けたのかもしれない。
 最大限の告白をしたつもりだったけれど、快斗には届かなかったのかもしれない。

 そう思うと、自分が言った言葉一つ一つが全て間違いの様な気がして目の前が暗くなる。


「…快、斗……」


 これは、恐怖だ。
 彼を失ってしまうのではないかという恐怖。

 今までこんなに何かを怖いと思った事はなかった。
 新一にはそこまで失くす事を恐れる程執着するものなどなかった。

 けれど、それを見つけてしまった。
 今はこんなにも彼を失うのが怖くて怖くて仕方ない。

 怖々と伸ばしたこの手を振り払われたらもう…新一にはどうしたって快斗を繋ぎ止める事なんて出来ない。


 だから―――。


「快、………んっ……!」


 ―――その手を少し乱暴に強く引き寄せられて押し倒されて、貪る様な口付けが振ってきた時には、酷く―――心の底から安心した。


















































「ごめん……」
「何で謝んだよ」
「………本当にごめん」
「…だから、何で謝るんだって言ってる」
「………」


 さっきから何度となく繰り返される『ごめん』に新一は深く溜息を吐くと、腕枕をしてくれている快斗の腕にわざとぎゅっと少し頭の重みを深くかけた。


「謝る様な事なんてしてねえだろ」
「…してる。すっごくしてる」
「…はぁ……」


 隣で横になってそれでもすぐ傍にある新一の顔は見られないとばかりに少し外された視線に新一は更に深く溜息を吐いた。
 全く……コイツは……。


「あのな、快斗……」
「…ごめん」
「だから…」
「大事にしたいって思ったのに……凄く凄く嬉しかったのに………」


 言いながら、後悔でもしているのかベッドの中に隠れている新一の身体を抱きしめている腕の力が強くなる。
 それに新一は起きてから何度目になるか分からない深い深い溜息を再度吐き出した。


「なあ、快斗」
「………」
「あのな、俺だって子供じゃねえんだ。嫌だったら拒んでる」
「………」


 幾ら新一が細いとか、華奢だとか言われたって、大学生の男だ。
 それに、幾ら後遺症に悩まされ体力が落ちているとは言え、日々事件の中に身を置いているのだから本気で抵抗すれば幾ら快斗だって無理矢理どうこうなんて出来ない。
 だから、こうなったのは当然新一が受け入れたからだ。

 なのに―――。


「………でも、俺は強引に新一の事連れ込んだ………」


 すっかり横でしょんぼりしている快斗にはそれすら浮かばないらしい。
 完全に自分が『無理矢理』事に及んだと思っている。

 全く……“あいきゅーよんひゃく”なんて頭脳が完全に宝の持ち腐れだ。


「だから、お前は強引に連れ込んでねえし、俺は嫌じゃなかったから今此処にお前と一緒に居るんだろ?」
「…それは…俺が無理矢理して、……抵抗出来なかったからだ」
「あのな…俺は嫌じゃなかったって言ってる」
「………」
「快斗」


 少し強く名を呼べば、叱られた子供の様にビクッと肩が震える。
 その様子に仕方ないと新一の口からは苦笑が零れた。


「ったく、おっきい子供かよ。お前は」
「…だって子供キッドだもん」
「…ホント、しょうがねえ奴」


 言いながら新一は目の前にある少し癖の強い髪の毛を軽く引っ張った。


「っ…! 新一…?」
「お前、どんだけ馬鹿なんだよ。“あいきゅーよんひゃく”はお飾りか? ん?」
「……どうせ俺馬鹿だもん…」
「全く…」


 すっかりしょげて、更には拗ねてしまったらしい。
 全く本当に困った“お子様”だ。


「あのな、快斗。俺はお前が好きだって言っただろ?
 だから、……お前が、その……俺の事抱きたいって思うぐらい好きだって想ってくれて嬉しいと思って…」
「でも、こんなに急に抱かれるなんて思ってなかったでしょ?」
「それは……」


 思わず正直な感情が出て口籠ってしまう。
 確かに、確かに快斗の言う通り新一もこんなに急に…とは正直思ってはいなかった。
 降ってきた口付けに浮かされるまま、此処に連れ込まれたのは事実だ。


「…嬉し過ぎて、幸せ過ぎて、どうしたら良いか分かんなくて――――どうしても、新一が欲しくなった」
「快斗…」
「好きだって言われて、愛してるって言われて。
 『キッド』も『俺』も好きなんだって言われて……どうしても新一の身も心も全部俺の物にしたくなった」
「……素直な奴」
「…ごめん」


 確かにあの時の快斗はいつになく暴走気味だった。
 本人もそれを後悔しているのだろう。
 言いながらどんどんしょんぼりしていく快斗は新一が見ていても何だか少し可哀相になってしまうぐらいだった。


「……大事にしたいって、大切にしたいって思ったんだ」
「知ってる」
「傷付けたくないって……思って……」
「分かってるよ」


 言いながら、溢れそうになる涙を必死に堪えている快斗を見詰め、新一はその目元にそっと口付けた。


「分かってるよ。お前がどれだけ俺の事大事に想ってくれてるかなんて」
「でも俺…」
「安心しろよ。俺は傷付いてもなければ、辛い思いもしてねえよ。それより…」
「……?」
「……お前とこうやって居られるのが幸せだって思ってる」


 そっと頬に触れ、軽く唇に口付けて顔を離せば、目の前で完全に真っ赤になっている快斗の姿に思わず笑ってしまう。
 こんな顔する奴が『無理矢理』だなんてよく言うと思う。


「っ……し、新一……///」
「何今更照れてんだよ」
「だ、だって……///」
「この程度でそんな顔してる奴が『無理矢理』俺を抱ける訳ねえだろ?」
「で、でも……」
「でもは要らねえんだよ。バ快斗」


 未だに『でも』だの『だって』だのを紡ごうとしている口にムッとして、新一はさっきよりも深くその唇ごと言葉を奪った。
 それに応える様に抱き寄せられた身体に優越を覚えながら、仕掛けた筈のキスの主導権がいつの間にか快斗に奪われているのが少しだけ悔しかった。


「……ホント、新一ってば積極的v」
「…ばーろ。誰のせいだ、誰の」


 何度も何度も角度を変えて求められた口付けから漸く解放されて快斗の顔を見れば、何だか憑き物が落ちたみたいなすっきりした顔になっていた。


「…俺愛されてるんだね」
「…当たり前だ」
「当たり前なの?」
「ああ。悪いかよ」
「ううん。全然」


 ぎゅーっと抱き付かれ、その温もりに目を閉じる。

 届いたならいい。
 それでいい。

 君に俺の想いがちゃんと届いたなら―――――――それだけで俺は幸せだ。


















































「新一」
「ん?」


 憑き物が落ちたみたいに晴れ晴れとした顔になった快斗に今度こそ無理矢理抱きかかえられて―――所謂お姫様抱っこをされる形で―――バスルームに連れて行かれて。
 あれやこれやとすっかり世話を焼かれて、終いには濡れた髪をドライヤーで乾かして貰う所までしてもらって、ソファーの上で快斗の淹れてくれた珈琲を飲みながらぼおっとしていた新一を快斗は酷く真面目な顔で呼んだ。


「あのさ…」
「…?」


 何だかとても言い辛そうに。
 それでも、その実何だかとても嬉しそうにしている快斗に余計に新一が首を傾げれば、ジッと真っ直ぐ熱い瞳で見詰められた。



「………俺と付き合って下さい!!!」
「………」



 見詰められて三秒。
 突然の告白に新一が半ば呆然としていれば、慌てた様に快斗が付け足した。


「…順番がね、何だか色々逆になったり何だりしちゃったけど……俺は新一とちゃんと恋人になりたいんだよ」
「………あ、ああ……」


 言われた言葉に、どう返して良いか分からずに曖昧に頷けば快斗の瞳が頼りなげに揺れる。


「…新一は俺と付き合うの嫌?」
「…いや、別に嫌な訳じゃねえけど……」
「…けど、…?」


 再度不安げに新一の語尾を繰り返した快斗に、何と言っていい物か分からず口元に手を当てて視線を逸らせば、いきなり腕の中に抱き込まれた。


「快斗!?」
「ごめんね。俺、新一の事沢山傷付けた。傷付けて苦しめて、なのに俺は新一の事好きだ」
「…だから、ごめんと好きはくっ付かねえんだよ。バ快斗」


 いつかと同じ様なやり取りをしながら、新一は呆れた様に溜息を吐いた。


「だって…新一は俺と付き合うの嫌なんでしょ?」
「だから、嫌じゃないって言ってる」
「…でも、……」
「悪い。何か……」


 確かに、中途半端な所で言葉を切った自分が悪い。
 そう新一は分かってはいたが、抱き込まれた腕の中で思わずひっそりと笑ってしまった。


「今更だと思っただけなんだ」
「…え?」
「散々お前に抱きしめられて、キスとか…それ以上とかして……それで、そう言われたら何かすげー今更な気がしてさ」
「…新一君」
「ん?」


 結局ひっそりと笑っていた筈の笑みはクスリと小さな音を立てて、快斗に届いてしまったらしい。
 その笑みに快斗は少しだけ不機嫌そうに眉を寄せた。


「人の真面目な告白を、『今更』とか笑う?」
「だから、悪いって言ってるだろ」
「全く、失礼な探偵さんだね」
「だから悪かったって」


 ああ、確かに失礼だ。
 真剣に告白してくれたのに笑ってしまうなんて。

 でも、それでも……何だか酷く穏やかで、何だか酷く幸せだったから……。



「しょうがないから許してあげるよ。俺の可愛い…恋人、だからね」



 さっきまで不機嫌に寄せられていた眉は離れ、そうして快斗もまた小さく笑った。





























to be continue….



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