細いその身体を掻き抱いて
 甘いその唇に口付けて

 この腕の中から出さない様にして
 閉じ込めて誰も見えない様にして

 君を
 愛情と言う名の鎖で
 縛り付けられたらいいのに…












我が心に君深く【37】











「快斗」
「何?」
「…お前、いい加減に……んっ…!」


 何度も何度も唇を奪われて。
 危うい熱に浮かされそうになって身を捩って文句を言ってもその文句ごと唇に飲み込まれてしまう。

 何度も何度も吐息すら奪い尽くす程に口付けられて。
 眩暈すら起こしそうになった頃、漸くけれど名残惜しそうにその唇は離れていった。


「……快斗」
「なあに?」
「…お前、しつこい」
「おや、つれない事言うね。俺のキスじゃ不満?」
「………」


 にっこりと微笑んで可愛らしく小首を傾げるというオプションまで付けて下さる快斗を新一はしらっとした顔で見詰めた。


「…この、小悪魔。そうやって何人誑し込んだんだよ」
「ひでーの。それが好きな相手に言うセリフかよ」


 むぅっと唇を尖らせて快斗は反論して見せるが、それにも新一はじと目で快斗を見詰めるだけだ。


「事実だろ。このタラシ」
「はっ!? 言っとくけど、俺は新一よりマシだからね?」
「何だよ、それ」
「俺のは自覚があるタラシだけど、新一のは無自覚。天然タラシ。それこそ性質悪いよ」
「何言ってんだよ。俺はそんな事した事ねーぞ」
「だから、それが無自覚って言ってんの!!」
「言いがかりつけんなよな」


 ムッと眉を寄せる新一に快斗はこれ見よがしにはぁ…と一つ溜息を吐いてやる。
 それに新一の眉が余計に寄ったのを見て、痛む頭に思わずこめかみを手で押さえた。


「ホント…分かってないんだね、新一君は…」
「だから、俺はお前と違ってそんな事…」
「あのね、新一君。この際だからいい事教えてあげるよ」
「何だよ」
「俺ね、新一と逢ってから今まで恋愛相談されたの二桁だよ。しかももう直ぐ三桁に乗りそう」
「は?」
「だから、『私工藤君の事好きなんだけど…どうしたら仲良くなれるかな』なんて相談された件数」
「………は??」


 正に目が点というのはこの事だろう。
 全くもって意味が分からないという顔をして下さった新一に快斗は盛大に溜息を吐いた。


「あのね…新一君。一般的に見て、学校で新一と一番仲が良さそうに見えるのは一体誰だと思う?」
「……快斗、か…?」
「そう、正解。っていうか、何でそこでそんなに自信なさ気に言うかな…」
「いや、だって…」


 最近の諸々を思い出してか。
 躊躇いがちに快斗の名前を出した新一に、それでも快斗は少しばかり安心した。


「でも良かったよ。ここで白馬の名前でも出されたらどうしようかと思った」
「………流石に、な……」
「ごめん。うん、ごめんね」


 少しばかり俯き気味になった新一をよしよしと撫でてやって。
 快斗は少し瞳を和らげると優しく、けれど冷静に現実告げてやる。


「で、そんな風に傍から見たら俺が新一と一番仲良く見える…って事は、勿論俺の所に恋愛相談が来る訳だよ」
「…それはお前との接点が欲しいから俺を出しに使ってんじゃないのか?」


 相変わらず自分の魅力に気付かずに明後日の方向に出た回答に、快斗は天井を仰いだ。


「これだから…新一君は…」
「な、何だよ! その言い方!!」


 むぅっと唇を引き結んで快斗を睨みつける仕草さえ快斗から見たら可愛いばかりで。
 頭の片隅で『この人こそこうやって何人誑し込んだんだろう…』なんて嫌な溜息が溢れそうになってしまう。


「だーかーら、新一の方こそ無意識で人の事誑し込んでる小悪魔だ、って言ってんの」
「だから俺はそんな事してない!」
「…無意識だから余計に性質悪いんだよ」


 ああもう、何だってこの人はこうなんだろう。
 あの某名女優の息子にして、かの有名な作家の息子。

 眉目秀麗。
 才色兼備。

 そんな人間周りが放っておかない事なんて分かりそうなもんだけれども…。


「まあ、そんな所が新一の魅力でもあるんだけどさ…」


 言いながら、それでも頭を抱えたくなる。
 いい加減その無意識で魅力を振り撒きまくるのは止めて欲しい。

 ライバルが増える一方じゃないか……。


「あのな、さっきから聞いてりゃ何なんだよ」
「ん?」
「お前ばっかり被害者みたいに言うんじゃねえよ。俺だって散々お前の恋愛相談受けてんだよ」
「あー……」


 そう言えばそうかもしれない。
 確かに昔は合コンやら何やらに引っ張られて行った事も多々ある。
 そういえば新一とも前にそれで揉めた事もあった筈だ…。

 あの時はまだ、自分の感情になんてこれっぽっちも気付いていなかったけれど。


「あー…、じゃねえよ。俺がどれだけ……ぁっ……!」
「新一?」


 言いかけて、しまったと言わんばかりにハッとした顔をして口を噤んだ新一の顔が少し赤くて。
 快斗はニッコリと笑うと新一の顔を覗き込んだ。


「どれだけ…何?」
「いや、別に…」
「教えてよ、新一」


 悪魔の囁きを耳元に落とし込んでやれば、途端に真っ赤に新一の頬が染まる。
 快斗は自分の予想が外れていない事を確信してチュッとその真っ赤な頬に一つ口付けを落とした。


「快斗…!///」
「なあに?」
「…てめぇ…分かってて言ってんだろ!」
「さて、俺には何の事だかさっぱり」


 相変わらず素知らぬふりを決め込めばじと目で睨まれるが、快斗はそんなのは知らんぷりでニッコリ微笑んだ。
 けれど、流石に知らぬ存ぜぬでは通らないらしく、睨み付ける新一の目は厳しくなるばかりだ。


「この確信犯」
「言いがかりだよ、それは」
「何処がだよ。いつも全部分かってて言ってる癖に」
「俺だって全部分かってる訳じゃないよ」


 不満げに洩らされた言葉にクスッと笑ってそう言って。
 快斗は額に、こめかみに、頬に、順番に優しく口付けを落としていく。


「全部なんて分からないよ。新一が本当はどう思ってるのか分からない」
「…どうだか」
「おや、怪盗の言う事は信じられないかな?」
「……快斗」


 茶化して言ってみれば、途端にそれを咎める様に名前を呼ばれる。
 それに苦笑して、快斗は触り心地に良い新一の錦糸の様な髪を一房掬った。


「過剰反応だよ、名探偵」
「…お前が悪い」
「そうだね。ごめん」


 こうやって『探偵』を試す様な事を言ってしまうのは悪い癖だと分かっている。
 分かっていてもなおこうやって言ってしまうのは、きっと彼に愛されていたいからだ。

 『黒羽快斗』としては勿論『怪盗キッド』としても。


 “怪盗”だとしても、そんな自分でも傍に居てくれるという確証が欲しい。
 “犯罪者”だとしても、そんな自分でも嫌わないでいてくれるという確信が欲しい。

 我が儘なのだと知っている。
 この汚れた身で傍に置いて欲しいなんて過ぎる願いだと知っている。

 けれど――それでも……。


 ―――『怪盗』はただ夢を見る。















 ―――『探偵』に愛されるという荒唐無稽な夢を見る。




















「おい、快斗」
「ん? なあに?」


 新一の髪に触れていた手に触れられて一瞬ドキッとしたが、そんな事はおくびにも出さずその手を逆に取ってチュッと口付けた。
 けれど、常ならば真っ赤に染まる顔はジッと真顔で快斗を捉えるばかりで、焦りにも似た何かに急かされる様に快斗は更に笑みを深めた。


「どうしたの?」
「…ホント、お前は分かり易いな」
「えっ…?」
「お前、自分を隠したい時程笑うよな」
「っ……」


 真っ直ぐ見つめられて一瞬痛い程の苦しさを覚えれば、そのまま新一の瞳を見詰めてはいられなくて。
 思わず瞳を逸らしてしまった後に自分の失態に気付く。

 これではまるでそれを図星だと認めた様なもの。


「快斗」


 視界から外れた新一の快斗を呼ぶ声は酷く甘い。
 その甘さに引き寄せられる様に再び新一を見詰めれば、ふんわりと花でも後ろに舞いそうな程柔らかい笑顔と目が合った。


「安心しろよ。俺はお前の事……嫌ったりしないから」
「……何で……」


 何で。
 どうして。

 そればかりが先行して言葉がそれ以上紡げない。
 口をぱくぱくとさせたままそれでも何も言う事が出来ない快斗に、新一は噛んで含める様にゆっくりと言い聞かせた。


「分かるよ。お前のそんな顔見たらお前が今何を考えてるかなんて」
「…名、探偵……」
「なあ、快……いや、キッド。この機会だから一つお前に言っておかなきゃいけない事がある」
「……!」


 ビクッと快斗の肩が反応したのは分かってはいたが、新一は敢えてその事には触れなかった。
 触れずに、けれど優しくその怯える瞳を見詰めた。



「俺は確かに快斗の事が好きだよ。でも……俺が先に好きになったのは、お前だよ。キッド」



 ―――余りの驚きに大きく見開かれた怪盗の瞳に、ただ静かに新一は微笑んだ…。






























to be continue….



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