君はそれを罪だと言う
 君はそれを罰だと言う

 君がそう言うなら
 それは罪だろう

 君がそう言うなら
 それは罰だろう


 けれど――


 ――それが赦されない罪だとは俺には思えなかった












我が心に君深く【34】











「…珈琲」
「そうだね」
「……快斗」
「うん」
「………」


 緩められたとはいえ回された腕は外される事はなく、快斗の腕の中で同じ様なやり取りを三度してから新一は諦めた様に快斗の胸に顔を埋めた。

 気付けばもう頭の痛さはなくなっている。
 痛い部分に手を当てると痛みが少しましになる様な、そんな『手当て』の話しを思い出す。
 快斗に抱きしめられて、快斗の温もりで自分の痛みも消えてしまったのかもしれない。

 そう思うと、自分が酷く単純な生き物の様な気がした。


「快斗」
「ん?」
「もう大丈夫だ」
「ホントに?」
「ああ」


 少しだけ快斗が頭を傾けて、新一の顔を覗き込もうとしてくる。
 その仕草さえ酷く愛おしく感じて、新一は快斗の背に回した手をもう少しだけきつくする。


「新一?」
「お前は心配し過ぎだ」
「これでも全然足りないよ」
「…過保護」
「そう言われるのは寧ろ光栄だけどね」


 クスッと笑って、快斗は新一の髪に少しだけ顔を埋める。
 嫌ではないくすぐったさに目を細め、新一は少しだけ口元を緩める。


「しょうがない奴」
「知ってる」
「俺なんかにそんなに構ってどうすんだよ」
「新一だからこんなに構うんだよ」
「ああ言えばこう言う…」
「新一君もね」


 埋めた顔を快斗が少し緩めたのが気配で分かる。
 身体中に染み渡る快斗の温かさが余りにも甘くて、新一は軽く目を閉じる。

 触れた所から染み入ってくる快斗の温かさが心地良い。
 このまま眠ってしまえそうだと思い、また小さく笑みを零して、名残惜しさを感じながら新一は瞳を開くと軽く頭を上げる。
 それに気付いた快斗が新一の頭の上から顔を退かせば、新一はやっと顔を上げ、柔らかい瞳を快斗へと向けた。


「バ快斗」
「いいね。その言い方すげー愛を感じるv」
「言ってろ」
「そういう照れ屋なとこも可愛いけどね」


 名残惜しそうに離れた快斗の腕に寂しさを覚えながらも新一も快斗から身体を離すと、再度珈琲を淹れようと手を伸ばしたがその手はするりと快斗の手に絡め取られてしまう。
 そうして絡め取られたその手に余りにも自然な動作でチュッと落とされたキスに新一は声にならない声を上げた。

「っ――!」
「快斗君特製の美味しい珈琲淹れてあげるから、新一はホームズでも読んで待ってなよ」
「…ブラックで飲めもしないお子様の癖に…」
「でも、俺が淹れる珈琲は美味しいでしょ?」
「………」
「はい、じゃあリビングで待っててv」


 仕返しとばかりに言ったちょっとした嫌味にすらそう返された挙句ニッコリと微笑まれてしまえば、完全に新一の負けだった。
 軽く肩を竦め諦めて踵を返すと、言われた通りにリビングのソファーまで行ってさっき読んでいたホームズを片手にぽふっと身体を埋める。

 もう完全に痛みは消えていた。
 寧ろ痛む前よりも身体は調子が良い様にすら感じられる。
 やっぱり自分は単純な生き物だ。
 たったあれだけで、少し抱き締められただけで、痛みも不安も消えてしまっている。


「(どんだけ単純なんだか…)」


 自嘲的な笑みを浮かべながらも、新一の心はどこか温かかった。

 ずっとこんな風なら良い。
 ずっとこんな風に温かい気持ちで居られたら良い。

 自分だけでなく彼も―――ずっとこんな風に居られたら良いのに…。

 そう思いながらも、素直にそうは言えない自分が居る。
 前に彼に一緒に住めたら良いと言った事はあった。
 もしかすると、それからずっと考えていてくれたのかもしれない。
 だから、ああ言ってくれたのは本当に本当に嬉しかった。

 けれど――今の快斗がそう言うのは、きっと新一の事を思ってだ。

 志保に身体の状態でも聞いたのだろう。
 そうして新一を心配して、その重荷を少しでも背負うつもりなのだろう。

 そんなのは嫌だと思う。
 そんな風に快斗に迷惑をかけるのは嫌だと。

 意地を張っている自覚はある。
 無意味な意地を張っているのは分かっている。

 でも、それでも…快斗の負担になる様なモノにはなりたくはなかった。
 だから―――今はまだ………。




















「しんい…」


 珈琲を淹れ終え、マグカップを両手に持って新一の待つリビングへ戻ってきた快斗は慌てて新一を呼ぶ声を切った。
 お気に入りのホームズの読みかけの部分に指をしっかりと挟んだ状態で、勿論本が折れない体制を無意識にとってソファーの上で小さく寝息を立てる新一に苦笑する。

 事件後だ。
 疲れていて当たり前。
 それでも疲れているのに休みもせず起きて快斗を待っていてくれたのだから、それだけで幸せ過ぎる程幸せだ。

 それにしても―――。


「ホント好きだね。ホームズ…」


 小さく小さく、彼の耳に届かない独り言を呟いて快斗はソファーテーブルにマグカップを二つ置くと、どこからともなく白い栞を取り出す。
 右端に小さくクローバーが描かれているのはちょっとした遊び心だ。

 起こさない様に慎重にゆっくりと新一の指を抜き取ってそこに栞を挟むと、新一の隣に座り逆側の空いている場所に本を置いた。
 それからそっと新一の頭を持ち上げ自分膝に乗せてやる。
 適度な重みに目を細め、反対側のホームズをちらりと一瞥して、膝の上の新一に向かってぼそっと呟いた。


「俺とどっちが好き?……なんてね」


 言ってから馬鹿な事を言ったものだと思う。
 そんな勝負端から結果は見えている。

 ある種初恋だな。

 そう思ってクスリと小さく笑う。
 歴ではきっと勝てはしない。
 それに自分でも馬鹿みたいだと思うけれど、少しだけ嫉妬を感じる。
 まさか紙の上の人間に嫉妬をする日がこようとは…。

 肩に回した手を少しだけ持ち上げて、さらさらの髪に触れる。
 その感触に目を細めると同時にどうしても疑問が沸く。

 本当に不思議で仕方がない。
 普段見ていても決して丁寧に扱っているとは言えない状況でこの手触り。
 もうここまで来ると奇跡を通り越して七不思議だ。

 『工藤新一七不思議』

 ふとそんな風に思い浮かんで小さく噴き出してしまう。
 ああ全く。
 どうかしてる。

 その振動に反応したのか、腕の中の新一が小さく身動ぎし重そうに瞼を引き上げた。


「……か、いと……?」
「ごめん。起こしちゃったね」
「ん…悪い。俺寝てた…」


 寝起きで少しだけ舌っ足らずな新一に笑む。
 ほわんとしていた瞳がしぱしぱと数度瞬いて、そしてハッといきなり現実を取り戻す。


「あれ…? ホームズ…!」
「はいはい。ちゃんと俺が持ってるから心配しないで」


 反対側に置いていた本を空いていた方の手で持ち上げれば、心底安心した顔が返ってくる。
 何だか…これはやっぱり少しばかり…。


「…妬けるね」
「は?」
「ホームズは俺にとって一番の恋敵かも」
「何だよ、それ」
「そのままだよ」


 真っ直ぐに向けられた視線をそのまま真っ直ぐ見つめ返せば呆れた顔を向けられる。
 それでも快斗は大真面目だ。

 これ以上邪魔をされては大変とホームズをテーブルの上へと置くと、ジッと新一を見詰める。


「西の探偵よりも、白馬よりも、一番の強敵はホームズかも」
「あのな…」
「はいはい。『ホームズは憧れであってそういう対象じゃない』でしょ?」
「……分かってて言うな」


 しっかりきっちり新一の声真似をしてやれば、キッと睨まれる。
 それでもそんな視線すら愛しい。

 そう…全てが愛しくて堪らない。


「しょうがないよ。好きな人に自分より好きなモノがあるなんて…それは妬くなって言う方が無理」
「…別にお前より好きなんて言ってねえだろうが……」
「そう? じゃあ、新一は俺とホームズどっちが好き?」
「っ……///」


 ぴくっと膝の上の新一が反応し、その顔が耳まで真っ赤に染まる。
 照れ隠しなのか今まで快斗の方を向く形で上を向いていた顔が背けられる。
 それによって真っ赤に染まった耳が余計に快斗に見える形になっているのに新一はさっぱり気付いていない。

 全く。こういう所は本当に素直だ。
 普段の名探偵っぷりが陰を潜めれば一気にこういう素直な面が表面に出てくる。

 護ってやりたいと思う。
 それと同時に――ついつい、構いたくもなってしまうのはこの可愛過ぎる彼がいけないのだと思う。

 あんまり可愛くて…ついつい我慢が利かなくなった。
 細くて心配になりそうな身体を無理矢理起こさせて、思わず腕に抱き込んでしまう。


「か、快斗…!?」


 慌てて暴れる新一を腕の中に抱き込む。
 温もりを教え込む様に、優しく強く。


「教えてよ。新一…」


 わざと耳に唇を寄せて、追い打ちをかける様に囁いてやる。
 逃げを打とうとする細い身体を引き寄せて、甘く優しく。


「…お前、絶対分かっててやってんだろ…!///」
「さて。俺には何の事か全然分かんないけど?」
「…この、卑怯者!」
「酷いな。俺は純粋に新一に質問してるだけなのに」
「それが純粋に質問してる奴の態度か!」


 身体に力を入れて更に逃げようとする新一に、快斗はにっこりと邪気のない天使の様な…けれど底の見えない笑顔を向ける。
 新一が一瞬顔を引き攣らせた様な気がしたが、そんなものは快斗の気にはならなかった。


「俺は新一が一番大切だよ。一番大切で、一番大好きで…一番愛してる」
「かい…」
「新一もそうなのか純粋に質問するのはそんなにいけない事?」
「っ……/// お前…狡い…///」
「そう?」
「…///」


 顔を赤くして、諦めた様に口を引き結んで身体の力を抜いた新一に満足して。
 快斗はその頭を撫でた。


「ホント新一君は可愛いね」
「…るせー…///」
「そういう意地っ張りなとこもホント可愛いv」
「……///」


 何も言えなくなって、新一は快斗の肩口に顔を埋める。
 耳まで赤くなっているだろう事が自分でも分かる。

 …本当にコイツは狡い。


「ね、新一」
「…何だよ」
「言ってよ。新一が俺をどう思ってるか」
「………」
「俺の事嫌い?」
「…嫌いな訳ないだろ……」
「じゃあ、好き?」
「………///」


 更に真っ赤になって口を噤んでしまった新一に快斗はニッコリ笑って。
 そうして新一の頭にそっと自分の頭を寄せた。


「いいよ。俺は新一が俺の事好きじゃなくても」
「かい、と…?」


 真意を図りかねた様に戸惑いがちに呼ばれた自分の名に、快斗は小さく口の端を持ち上げる。


「こうやって新一が傍に居てくれるなら、新一が俺の事を好きじゃなくてもいいよ」
「…何だよそれ」
「さあ、何だろうね。俺もよく分かんない」
「………」
「ごめん。変な事言ったね」


 何となく感じた事を何となく伝えてしまった自分の浅はかさに少しだけ苦笑して。
 快斗は難しい顔になってしまった新一の頭に軽くコツンと自分の頭をぶつけ、ゆっくりと瞼を閉じる。

 本当にそう思った。
 あれだけ勝手に裏切られたと思ったり、あんなに身勝手に傷付いたりした癖に、今は何だか酷く穏やかだ。
 このまま穏やかに優しく彼を包みこめたら良いと思う。

 そう出来たらどれだけ―――。


「………俺は別に好きじゃないなんて言ってない」


 そんな風に穏やかな気持ちに浸っていれば、少し拗ねた様な新一の声が聞こえて、快斗はしぱっと目を見開いた。


「…新一君。なんか俺今空耳が聞こえ…」
「てめぇ…人の発言を勝手に空耳にすんな」
「だって、何だか凄い俺に都合の良い言葉が聞こえた気がしたから」
「………お前、俺の事一体なんだと思ってんだよ」
「んー? 近年稀にみる照れ屋さんv」
「…コノヤロウ……」


 チラッと見れば、ちょっとだけ不機嫌そうに寄せられた眉が余計に快斗の笑みを誘う。
 普段の冷涼な姿はそこにはない。
 あるのは、歳相応…いや、歳よりも少しばかり幼く見える可愛らしい彼の姿。
 きっとこんな彼の姿を見る事が出来るのは極々限られた人間。
 その中に自分が入っていると思うと、それは酷く幸せなのだと実感する。


「大体な、お前は…恥ずかしげもなくそういう事言い過ぎなんだよ!」
「ん?」
「だ、だから…その……好きとか……///」
「だって本当に好きなんだもん。しょうがないじゃんv」
「っ…///」


 可愛らしい反論にもニッコリ笑ってそう言って。
 近くにあった彼の頬にそっと唇を寄せれば、白い頬は当然の様に真っ赤に染まる。
 その初々し過ぎる反応が可愛くて堪らない。


「ホント、新一は可愛いねv」
「だ、だから…お前はそう軽々しく可愛いとか言うな! つーか、俺は男だ! 可愛い訳ねえだろ!!」
「……いや、充分可愛いから安心していいよ、新一君」
「何処に安心すんだよ!!」


 そうやって怒っている顔すら可愛くて、快斗は思わずよしよしとその頭を撫でてしまう。


「あー…もう、ホント可愛いなぁ…」


 しみじみそう言えば、その頬が可愛らしく膨らむ。


「だーかーら、可愛いって言うんじゃねえ!!」
「はいはい。ごめんごめん」
「お前絶対悪いと思ってないだろ!」
「うん」
「うんじゃねえ!!」


 むぅむぅしている新一にクスッと笑って。
 快斗はその頬に更にチュッとキスを落とす。


「っ――!///」
「新一ってば、ホント真っ赤v」
「…るせー!」
「ごめんね。嫌だった…?」
「……///」


 暖簾に腕押し。
 糠に釘。

 どれだけ言ったって快斗がこういう人間である事は変わらない。
 そんな真っ直ぐな言葉や愛情表現に時々酷く恥ずかしくなったりするけれど―――でも……。


「…別に嫌なんて言ってねえだろ……///」


 結局は惚れた弱みだ。
 惚れている相手に『嫌』なんて言える訳がない。

 それを分かっているのだから本当に―――性質が悪い。
 そして……。


「お前にならそう言われるのも……別に悪くねえよ」


 そう思ってしまう自分が一番性質が悪い事も新一には良く分かっていた…。






























to be continue….



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