互いが互いに抱える感情は
きっと同じで
それを止めたいと思っていると同時に
それをどうする事も出来ないと知っている
ただ自分に出来る事と言えば
この手を離さないでいる事だけ…
我が心に君深く【33】
零れ落ちた甘い告白がお互いの耳に届いた頃、不意に快斗は新一から手を離すと、優しく腕を掴み新一の身体を自分の方へと向けさせた。
そして真っ直ぐに新一を見詰める。
「快斗…?」
「ねえ、新一」
「…何だ?」
「一緒に住もうか」
「え…?」
「勿論、新一が良いって言ってくれるならだけど」
言われた意味が一瞬飲み込めずただ真っ直ぐに向けられた視線を受け止めて数秒。
漸く言われた言葉の意味が脳に届いた。
「それって…俺と一緒に住もうって言ってるって事か…?」
「新一以外誰と住むの?」
真剣だった快斗の瞳が柔らかく笑む。
口元が少しだけからかう様に新一を笑って、その笑みで新一の緊張も少しだけ緩んだ。
「いや、だって…」
「それとも新一は俺が新一以外と住んだ方がいい?」
「そ、そんな事言う訳ないだろ!」
「それは安心」
そう言ってもう一度笑って見せた快斗に新一はいきなりギュッと抱き込まれた。
「快、斗…」
「まあ、俺の家じゃないとこが格好つかないんだけどね。流石に俺の隠れ家で同棲する訳にもいかないし」
「………」
「はい、そこで無言にならないの。それに、新一の家の蔵書並みに本揃えるのは俺でも中々難しいし、新一はきっとそれ以下の蔵書の所には来てくれなそうだし?」
「別に…」
「だから、本当に格好つかなくてすげー嫌なんだけど………俺、新一と一緒にここに住んでもいい?」
「………」
「新一?」
新一からの返事が返ってこない事に不安を覚えた快斗が、抱きしめた腕を緩め腕の中の新一を覗き込む。
そして、真っ赤になった新一の耳を見つけて小さく笑んだ。
「新一くん?」
「………」
「俺と一緒に住むのは嫌?」
「…………だよ」
「ん?」
小さく新一が何か言ったのが聞こえた。
けれどそれはきちんと言葉として快斗の耳へは届くことなく空気に解けてしまう。
もう一度と強請る様に快斗が首を小さく傾げれば、顔を上げた新一の口から再びその言葉は零れ落ちた。
「別に、嫌じゃないけど…何で急にそんな事言うんだよ…」
確かにそれはごくごく当たり前の質問だ。
それに、快斗はまだ新一を信じられないと言い続けている。
信じられないと。
信じきれないと。
そう言いながら、一緒に住もうだなんて何て虫のいい話をしているのだろうとも思っている。
それでも―――。
「一緒に居なきゃ、俺は新一がこうやって苦しんでる時に何もしてあげられない」
「そんなの…」
「駄目だよ。新一はちょっと目を離すと直ぐに一人で何でも抱え込むんだから」
少し茶化しては言っているが、それでも快斗が真剣に自分の事を心配してくれているのが新一には分かっていた。
けれど、少しだけ躊躇う気持ちもある。
「そんな事…ない……」
「ほら、そうやってまた一人で抱え込むつもりだ」
「………」
「どうせ俺に苦しんでるところを見せたくないとか、迷惑かけたくないとかそんな事思って一緒に住むの悩んでるんだろ?」
「………」
優しく髪を撫でられて、新一は紡ぐ言葉を見つけられず視線を彷徨わせた。
そんな新一の頭を快斗はただ優しく撫で続ける。
「ずっとずっとそうやって誰にも見られない様に見つからない様に、一人で抱え込んできたんだろ?」
「………」
「俺にぐらい少しその重荷を分けてくれないかな」
「…これは俺の問題だ」
「知ってるよ。でも俺は、新一の痛みが欲しいよ」
「…快斗…」
「光の部分だけじゃなくて、暗い部分でも繋がっていた方が安心…なんて言ったら、俺は新一に嫌われるかな…」
「そんな事ない…」
自嘲気味に笑った快斗が見ていられなくて、新一は緩く首を振る。
快斗は闇の中に身を置いている自分を時々こうやって自嘲気味に笑ってみせる。
それが新一の目には酷く痛々しく映る。
快斗の闇がどれだけ深いかなんて新一にだって分からない。
新一もこの姿に戻る前は同じ様な闇の中に身を置いていた。
快斗と全く同じ闇だなんてそんな事は言えない。
言えないが、それでも快斗の言いたい事は新一にも分かる気がした。
「俺も…同じだよ」
光ではなく闇で繋がっていた方が…安心なのかもしれない。
それは普通に見たらもしかしたらどこか歪んでいるのかもしれない。
けれど、光で繋がるよりも闇で繋がる方が暗くても深く繋がれるような気がする。
「でも、俺は…お前に俺の痛みを押し付けたくはない」
快斗の言いたいことが分かっても、だからと言ってそれを当然に受け入れる事は新一には出来なかった。
この痛みは。
この苦しみは。
新一自身のものであって、誰かに押し付けていい物ではない。
これは―――自分一人で抱え込まなければいけない『罰』なのだから。
「押し付けだなんて言わないで。俺が勝手に欲しいって言ってるだけだ」
「それでも、だ」
「…ホント、新一は強情だね」
苦笑交じりにそう言われて。
少し強めに抱き込まれていた腕が諦めた様に緩んだ。
「分かった。新一、ごめんね。俺が我が儘言った」
「我が儘なんかじゃない」
「それならいいんだけど…」
相変わらず快斗の顔には苦笑が浮かんだままだったけれど、その瞳には酷く寂しそうな色が覗いていた。
それを分かっていても、新一はそれ以上何も言わなかった。
―――何も…言えなかった……。
to be continue….