どんな顔をして会えばいいのか
 昨日は悩んでいた

 何を最初に話したらいいのか
 昨日は悩んでいた

 でもそんな悩みも
 誰かさんのお陰ですっかり吹き飛んでしまっていた










我が心に君深く【32】











「…おじゃまします」
「随分早かったな。もうちょっとゆっくりしてきて良かったのに」


 先日貰った合鍵で快斗が工藤邸にお邪魔すれば、もう既に帰り着いていた新一が優雅にソファーに寝そべってホームズを読んでいた。
 本から上げられ、快斗に向けられたその顔は……何だかとっても楽しそうだ。


「しんいちぃ…。そんなに満面の笑みでそんな事言わないで…;」
「何だよ。楽しく『デート』だったんだろ?♪」
「違うってば! もう何つーか…疲れた…;」


 ガクッと肩を落とした快斗は、ずるずると身体を引き摺る様に新一の傍に行くと、ソファーの目の前のフローリングにペタッと座り込んで、頭をソファーの空いている部分の新一の頭の傍にに軽く預けた。
 それを見守っていた新一はパタッと本を閉じると、すぐ傍にある快斗のふわふわの髪をそっと撫でてやる。


「何だってまた白馬とデートなんて行ってたんだよ」
「白馬が付き合えって」
「白馬が?」
「そう」
「ふーん…」


 何だかちょっとばっかし不思議な図である。
 向かい合って二人がアイスを食べている図を思い浮かべて、思わず笑いがこみ上げてくる。


「まあ、いいじゃねえか。楽しそうだったし」
「楽しくない。つーか、全然楽しくない」
「そうか? そんなでもなさそうだったけど?」
「え?」
「電話かけた時、お前の声楽しそうだった」
「それは新一からの電話に出たからで…」
「違う」
「新一…」
「お前、白馬の事嫌いじゃない癖に」
「っ……」


 快斗の顔が少しだけ悔しそうに歪む。
 それを近くで見つめながら、新一は苦笑して、またゆっくりと快斗の頭を撫でる。


「白馬の事、好きだろ?」
「…別に」
「素直じゃない奴」
「…そんな事ない」
「ったく、ホント素直じゃねえな」


 クスクスと笑いながら、快斗のふわふわの髪を混ぜる。
 気持ち良さそうに少しだけ目を細めた快斗に、新一も目を細めた。


「白馬なりの優しさなんだろーに」
「…知ってる」
「でもなんつーか…」
「「ずれてるよな…」」


 思わず揃ってしまった声に二人で顔を見合わせて、次の瞬間に噴き出してしまう。


「白馬らしいって言えば白馬らしいけど…」
「まあ、あの坊ちゃんじゃ、カラオケとかゲーセンとかいう発想は出てこないよな…」
「美術館とか博物館とかじゃなくて良かったじゃねえか」
「それは確かに…ι」


 何だか変な納得の仕方ではあったけれど、凄く説得力のある言葉に脱力しつつ納得してしまう。
 仕事の時には近付く事も多々あるが(…)、そうでなければ美術館やら博物館にはそこまで近付かない。
 それに、白馬とそんな場所なんて考えただけでも余計にげんなりだ。


「ま、お陰で分かったのは、白馬がそんな風に元気付けたくなるぐらいお前が元気なかったって事だな」
「えっ…」
「きっと暗い顔してたんだろ?」


 小さく苦笑して、新一はピンッと快斗の額を軽く弾いた。


「ぃって…!」
「ごめんな。快斗」
「新一…」
「俺が悪いな」


 そう言った新一の顔が僅かに曇る。
 そんな新一をジッと見詰めた快斗の視線に気付いて慌てて新一は無理矢理笑みを浮かべる。


「まあ、でも白馬に元気付けて貰ったんなら大丈夫か」
「しんい…」
「喉乾いただろ? 今あの珈琲もどきでも作ってきてや…」
「新一」


 誤魔化す為に矢継早に紡ぎ出される言葉をさえぎって、それと同時に身体を起こそうとしていた新一の腕を掴んで引き留めると、快斗は新一を真剣な瞳でジッと見詰めた。


「新一は悪くない」
「快斗…」
「悪いのは、俺だよ」
「違う」
「違わない。悪いのは…俺だ」
「違うって言ってるだろ」


 どれだけ言い合っても無駄だとお互い知っていた。
 けれど、相手の言い分だけは絶対にのめなかった。

 きっと互いに悪いのも分かっている。
 けれど、相手のソレは自分という原因に起因していると知っているから…。


「お前は悪くないよ、快斗。昨日も言っただろ? 勝手に好きになって、勝手に傷付いて、そしてお前を傷付けたのは俺だ」
「でも、俺はきっとずっと新一を傷付けてた」
「それはお前のせいじゃない。俺が勝手にお前を好きだっただけだ」
「でも…」
「『でも』じゃねえよ。それで終わりだ」
「新一…」
「離せよ。珈琲淹れてきてやるから」


 ニコッとあからさまに作った笑顔を浮かべて、今度こそ快斗の腕を振り払う様に身体を起こし、新一はソファーから起き上がる。
 まだ何か言いたそうに快斗が自分を見ているのも新一は分かっていたが、それには敢えて気付かない振りをして、キッチンへと逃げ込んだ。


「はぁ…」


 小さく息を吐き出す。
 白馬のお陰で折角何とかなっていたのに、不用意な事を言った。
 それでも、白馬がそこまでしたくなる程に快斗はきっと元気がなかったのだろう。
 あのポーカーフェイスが売りな快斗にそんな顔をさせているのだとしたら、それはもう…酷く罪深い。


「(…やっぱり離れた方がいいのかもな……)」


 このままいっても結局傷付け合うだけだ。
 好きなのに、傷付け続けるなんて本当は新一だって耐えられない。
 それでも―――彼と離れるなんて考えただけで寒気がする。


「はぁ………っ……!」


 溜息を再度吐いて、それでもいつまでもそうしてはいられないと思いコーヒーミルへと手を伸ばせば、不意にズキッと頭が痛んだ。
 小さく声を漏らし、ミルへと伸ばしかけた手で頭を押さえる。

 そこまで大した痛みではない。
 軽く痛むだけだ。
 それでもズキズキと確実に痛む側頭部に手を当て顔を顰めれば、後ろからフワッと温もりに包まれた。


「えっ…?」
「新一! 大丈夫!?」
「あ、あぁ…」


 触れた温もりにホッとする。
 それだけで痛みが引いた気がする。


「頭、痛い…?」
「いや、もうだいじょ…」
「でも、頭押さえてた」
「それは…」
「お願いだから隠さないで」
「快斗…」


 ギュッと自分を支える腕に少しだけ力が籠る。
 快斗の心配がその腕から伝わって来る様で、新一の胸が少しだけチクッと痛む。

 けれど――それでも……。


「もう大丈夫だよ。そんなに心配するな」
「心配するよ。だって…俺にとって新一は何よりも大切なんだ」
「そう言ってくれるのは嬉しいと思うけど、お前は心配し過ぎだ。ホント何でもねえから…」
「…嘘」
「嘘じゃねえよ」
「だって新一辛そうだった」
「っ…」
「ねえ、新一。俺じゃやっぱり…頼りにならない?」
「えっ…?」
「…新一の事信じきれない俺なんかじゃ頼りにならないよね……」
「快斗…」


 後ろから抱きしめられる様にして支えられている為に快斗の顔は見えない。
 けれどその顔がきっと泣きそうに歪めてられているだろう事は想像に難くなかった。

 それにまたチクリと胸に棘が刺さる。


「そうじゃないんだ…。お前の事頼りにならないなんて思ってない」
「でも、新一は全部一人で抱え込んでる」
「それは…」
「誰にも…そう、志保ちゃんにすら言わずにそうやって一人で耐えてるんだろ?」
「………」
「狡いとは思ってる。新一の事信じきれてない俺に頼れなんて言うなんて…。でも俺は…それでも新一の事少しでも支えたいんだ…」
「快斗…」


 息が詰まりそうだった。
 やっぱり彼は優しい。
 こんなにも彼を傷付けてしまうどうしようもない自分にそんな風に言ってくれるなんて。


「ねえ、新一」
「…何だ?」
「好きだよ。本当に新一の事好きなんだ」


 回された腕に少しだけ力が籠められる。
 耳元に落ちてきた余りにも甘く余りにも真摯な告白に新一は何も言えずにただ目を閉じた。

 その言葉には余りにも切実な何かが籠められていた。
 その正体に新一は気付いてしまう。
 そしてどうして快斗が先日志保の所へ行っていたのかも。

 恐らく自分の身体の状態を聞きにでも行ったのだろう。
 志保がどこまで快斗に話をしたかは分からない。
 それでもきっと、快斗はある感情を抱いて今新一を抱きしめている。


 それはきっと――紛れもなく『恐怖』だ。


 大切な何かを失ってしまう恐怖をきっと今快斗は抱いている。
 それは、同じ感情を持っている新一には分かり過ぎる程分かった。


「…俺もお前が好きだよ、快斗。本当にお前の事が好きだ」


 白い怪盗が夜を翔る時、それを狙う人間が居る事にある日気付いた。
 捕まえるためではなく、確実に彼を仕留める事を狙っている人間の存在に。
 彼に向けられる銃口に何度肝を冷やしたか分からない。
 それはきっとずっと、彼があの白い衣装を脱ぐまで終わる事のない恐怖だ。

 だから分かる。
 快斗の言葉の裏に、その心の奥に何が潜んでいるかなんて手に取る様に。



「愛してる」



 どちらからともなく溢れ出た言葉は、恐怖と猜疑心に彩られた鮮やかな告白だった。






























to be continue….



top