お互いに傷付けあって
 お互いに苦しんで

 それを選んだのは
 確かに彼等で

 けれどそれは
 余りにも痛々しく僕の目には映った










我が心に君深く【31】











 どんなに気分が重くても。
 どんなに気が進まなくても。

 朝は必ずやってくるし、学生である俺達には平等に授業がやってくる…。










「おはようございます」
「はよー…」
「黒羽君」
「ん?」
「何かあったんですか?」
「は?」
「酷い顔、してますよ」
「………」


 朝教室に入ってきた白馬に開口一番そう言われて、机の上に怠そうに頬杖をついていた快斗は返す言葉を見失った。
 相手の目に労わる様な彩を見つけたなら尚更。


「まあ、大体は聞かなくても分かりますけどね」
「……これだから…」
「『探偵は嫌い』ですか?」
「……お前、ムカツク」
「知ってますよ」


 苦笑した白馬が快斗の隣の席に座ろうとして、気付いた様に動きを止めた。
 それに快斗は苦笑する。


「いいよ。座れよ」
「でも、工藤君が…」
「新一は事件で休みだって」
「そうですか…」


 確認して、納得した様に白馬は快斗の横の席に腰を下ろした。
 そして快斗のルーズリーフが2枚並べて置いてあるのにまた納得する。


「成る程。それで2枚ですか」
「ああ。一応ノート位はね」
「優しいんですね」
「愛があるからな。愛が」
「はいはい」


 呆れた様に聞き流しながらも、そんな快斗を白馬は微笑ましいと思う。
 こういう風に漸く言える様になった事に安堵する。

 あのまま自分がどす黒い鎖で彼を繋いでいたら、こんな風にはなっていなかった筈。
 あの時の自分のあの判断が今更ながらに間違っていなかったのだと確信する。


「でもさぁ、白馬…」
「何ですか?」
「俺…新一の傍に居ない方がいいのかもしれない…」
「黒羽、君…?」


 呟く様に小さく言った言葉を聞き返そうとした瞬間、教授が教室へと入ってきて会話は中断される。
 白馬に向けられていた快斗の視線は直ぐに教室の黒板へと移った。



(『傍に居ない方がいいのかもしれない…』ですか…)



 先程聞こえた言葉を反芻しながら、白馬は快斗の横顔を見詰めた。
 形こそ授業に集中している風を装っているが、心此処に非ずなのが白馬にははっきりと分かった。


(相変わらず…みたいですね……)


 あの日、快斗と和解した日に快斗とした会話を思い出す。
 あの日、その後に寄った新一の家での会話を思い出す。

 互いに互いを傷付けたと今にも泣きだしそうな目で語っていた。
 そして、それでも相手を好きなのだとどこか遠くを見つめる瞳で語っていた。

 好きなのに。
 愛しているのに。
 こんなにも互いに傷付き合っている。
 それが、自分のせいだと知っているから白馬にとっては尚更辛い。


(僕があの時…)


 そう、あの日あの時、あの選択を選ばなければ、いずれ彼らは普通の恋人同士になったかもしれない。
 お互いをただ優しく慈しみ合える恋人同士になれたのかもしれない。
 今の様に互いを強く求めながらも、互いを傷付ける事に怯え続ける様な関係ではなく――。


「黒羽君」
「…ん?」
「授業が終わったら少し付き合ってくれませんか?」
「…何処に?」
「まあそれは、終わってからのお楽しみという事で」
「………」


 怪訝そうに向けられた視線に、白馬は極上の笑みでにっこりと返して。
 それ以上は何も告げるつもりがないとでも言う代わりに、視線を黒板へと戻した。
 その横顔を少しだけ見詰め、快斗もまた倣う様に視線を黒板へと戻した…。


















































「何でお前とこんなとこに来なきゃなんねーんだよ」
「いいじゃないですか。どうせ今日は工藤君に相手をして貰えなくて暇だったのでしょう?」
「…俺にだって色々予定ってもんが…」
「ああ、アレなんか工藤君に似合いそうですね」
「お前、人の話聞けよな…;」


 授業が終わった後、白馬の車に乗せられて連れて来られたのは所謂ショッピングモール。
 何だって男二人、しかも白馬とこんな所に来なければならないのか。
 不機嫌さを隠そうともせず口をへの字に結んだままの快斗に苦笑しつつ、白馬はそれでも快斗をずるずると引っ張って、広い店内にある沢山のショップを見て回った。


「ほら、黒羽君。コレ、君に似合うと思いますよ?」
「だから、何でお前とこんなとこに…」
「まあ、そう言わないで下さいよ。工藤君にもっと好きになって貰いたいと思いませんか?」
「は?」
「形から、ですがね。おしゃれでない恋人よりも、おしゃれな恋人の方がいいとは思いませんか?」
「そりゃそうかもしれないけど…」
「だったらほら、コレとコレ着てみて下さいね」
「は…? え、おい、白馬…」
「あ、すみません。彼を試着室までお願いできますか?」
「って、こら。お前人の話を…」


 2、3着洋服を無理矢理押し付けられて、仕方なくそれを受け取った快斗は、白馬が声をかけた店員に連れられ渋々試着室に入っていった。
 その後ろ姿を苦笑を浮かべた白馬が見詰める。


「…少しは気晴らしになってくれればいいんですがね」


 事件や、ホームズばかりに夢中になっていた自分には、同年代の人間がどうやって気晴らしをするのか分からない。
 よく聞くところだと、カラオケやゲームセンターや、大学生なら飲みにでも行くのだろうが、自分はそういう物とは縁遠い生活をしてきたから、知識としては理解していても、それが気晴らしになるとは思えなかった。
 それに、最後の選択肢である飲みに行くという選択肢を取るには、残念ながら自分達はまだ未成年だ。
 まあ、大学生なのだから行けなくはないのだろうが、そうするには残念ながら白馬は少々顔が売れてしまっていた。

 そんなこんなでどうしたものかと考えて、思いついたのが買い物ぐらいなのだから、自分のレパートリーの狭さに苦笑する。
 女性ならまた別のエスコートもあるのだが、いかんせん相手は友人だ。
 このぐらいしか思いつかない。


「ああ、よく似合うじゃないですか」
「そりゃどーも…」


 相変わらず不機嫌そうな顔をしたままの快斗が試着室から出てきた。
 少し細めのジャケットと、綺麗目のパンツ。
 淡いブルーのシャツもとてもよく似合っている。


「ったく、男の洋服なんて選んだって楽しくねえだろうに…」
「いえ。君は何を着せても似合いますからね。選び甲斐がありますよ」
「………」


 はぁ…と思いっきり嫌味を含んだ溜息を吐いた快斗にも首を傾げた白馬に、快斗は余計に深い溜息を吐いた。
 このお坊ちゃんは本当にそう思っているんだろうから全くもって性質が悪い。
 しかもそれに加勢する様に、先程試着室まで案内してくれた店員も『とてもよくお似合いですよ』なんて言ってくるのだから余計だ。

 もう何だか面倒になって、仕方なくコレをこのまま買うかとジャケットに付いた値札をチラッと見て、快斗は青褪めた。


「白馬…」
「何ですか?」
「お前、いつもこんなん買ってんのか…?」
「まあ、いつもという訳ではありませんが、ここで買い物をする事は割と多いですね」
「………」
「黒羽君?」
「忘れてた。お前、坊ちゃんだったな…ι」


 明らかに、桁が違う。
 坊ちゃん御用達のお店では当然と言えば当然なのだが、そんな事これっぽっちも考えていない目の前の坊ちゃんにまた溜息が漏れる。
 裏の顔で億単位の宝石を相手にしていたって、快斗自身はごくごくふつーの大学生だ。
 ジャケットだけで6桁なんて考えただけでも頭痛がしてくる。


「黒羽君」
「…ん?」
「もし良かったら、それを僕にプレゼントさせてくれませんか?」
「はぁ!?」


 思わず声が上擦ってしまったのも無理はない。
 何だって男に、しかも白馬になんか洋服をプレゼントされなければならないのか。


「そんなに酷い声を出さないで下さいよ」
「お前が訳分かんない事言うからだろうが」
「今日付き合って貰ったお礼ですよ」
「あのな、1日付き合ったぐらいでこんな洋服プレゼントする奴が何処に居んだよ」
「ここに居ますが何か?」
「………」


 何だろう。
 そこまでしれっと言われてしまうと、何だか自分の方が間違っている気がするから不思議だ。

 って、ちょっと待て。
 流されてる、流されてる…。


「お前なぁ…もうちょっと自分が坊ちゃんなのを自覚しろ」
「…いえ、僕は別に…」
「それに、俺はお前にこんな洋服プレゼントして貰う義理はねーの。分かったか?」
「はぁ…」
「つー訳で、着替えるからちょっと待ってろ」


 ぷいっと試着室に戻ってしまった快斗に白馬は小さく溜息を吐く。
 よく分からないが、何だか余計に機嫌を損ねてしまったようだ。
 何がいけなかったのだろう…と白馬は小さく首を捻る。


「…やっぱり洋服は好きな人からプレゼントして欲しかったんでしょうか…?」


 そんな快斗が聞いたら余計に深い溜息を吐きそうな、世間様からはちょっとずれた言葉を呟いて、白馬は少しだけ上空を仰いだ。








































「なあ、白馬」
「何ですか?」
「何で俺がお前とアイス食ってんだ?」
「君がチョコアイスが好きだと言ったんじゃないですか」
「いや、言ったけどさ…」


 結局白馬に選んでもらった洋服は丁重にお店にお返しして店を出て、その後もぷらぷらと色んな店を見て歩いた後に辿り着いたのがフードコート。
 一番手前に目につく様にあったアイスクリーム店を見つけ思わず、『俺チョコアイス好きなんだよな』と呟いてしまったのが運のつき。
 その言葉に何故か目を輝かせた白馬に引き摺られる様に店に連れ込まれ(…)、何故か向かい合ってアイスを食べるという事態になった訳なのだが…。


「つーか、白馬」
「はい」
「…何でお前コーンじゃなくてカップなんだよ」
「こちらの方が食べやすそうだったので」
「…お前は女子か…;」


 はぁ…とまた快斗の口からは溜息が零れ落ちる。
 こうして端々に見える目の前の友人の坊ちゃんっぷりは何と言うか…色々強烈で。
 その点、同じ坊ちゃんでも新一にはこういう事を感じる事が少ないな…と頭の隅で思う。


――RRRR…RRRRR…


「ん?」
「電話ですか?」
「ああ、悪い」
「いえ。ゆっくりどうぞ」


 以心伝心か、それ以上の何かか。
 携帯がポケットの中で震えたのに気付き、取り出すと、サブディスプレイに映し出されていた名前は今自分が考えていた彼の名前で。
 アイスを落とさない様に気を付けつつ、それでも慌てて快斗は片手で携帯を開いて耳に当てた。


「新一? もう事件解決したの?」
『ああ。何とか無事にな』
「そっか。お疲れ様v すぐ帰ってくるの? すぐ帰ってくるんだったら俺新一の家行っていい?」
『来ても良いけど俺はちょっと警視庁寄ってくから…って、快斗。お前今どこに居るんだ?』
「え?」
『学校じゃないだろ? んー…ショッピングモールか、スーパーか、その辺か?』
「流石、名探偵v」


 零れ聞こえてくる音での間違いのない判断に快斗は苦笑する。
 確かに大学でも人の声はするだろうが、こんなに子供の声やバックミュージックの音は聞こえないだろう。


『買い物か何かしてんのか?』
「あー…うん。まあ、そんなとこ」
『誰かと一緒か?』
「………うん。白馬」
『白馬?』
「そう。白馬」
『白馬と、お前が一緒に買い物…?』
「うん」
『ぷっ…』
「こら、新一。笑いたい気持ちは分かるけど、笑わないの!」


 そうは言っても、電話の向こうの新一はクスクスと笑っている。
 その声を聞きながら、快斗はまた一つ溜息を吐いた。


「もう、ホント…笑い事じゃないんだけど、しんいちぃ…;」
『何だよ、情けない声出して』
「何で俺が白馬と向かい合ってアイス食べなきゃいけないんだと思う?」
『向かい合ってアイスって……ぷっ……』
「だーかーら! 笑うなっつーの!!」


 更にクスクスと、それでは飽き足らずに本格的に笑いだしてしまった新一に、快斗は余計にガックリと項垂れる。
 視界には目の前できょとんとした表情を浮かべている白馬の姿が目に入る。
 何だろう…この頗る謎な状況は…;


『いいじゃねえか。ゆっくりデートして来いよ』
「デートじゃねえ! つーか、もう帰るから! そっこーで帰って新一の家行くから!!」
『おいおい。それじゃ白馬が可哀相だろ?』
「いいんだよ。可哀相でいいの。もうそっこー帰るから! だから新一も気を付けて帰ってこいよ!」
『はいはい。まあ、ゆっくり来いよ』


 相変わらず笑いを含んだ声でそう言った新一が余りに楽しそうで。
 電話を切った快斗は思わず目の前のテーブルに突っ伏した。
 勿論手に持ったチョコアイス(トリプル)はちゃんと死守してではあるが。


「黒羽君?」
「何だよ」
「大丈夫ですか?」
「あんまり大丈夫じゃない…」
「すみません。僕のせいで疑われてしまった様で…」
「は…?」


 頗る申し訳なさそうに言われた言葉が理解出来ずに快斗がテーブルとお友達になっていた顔を上げれば、そこには声以上に非常に申し訳なさそうな顔を浮かべた白馬が居た。
 何故そんな顔をされなければいけないのか。
 これはちょっとばっかりからかい過ぎたかと反省して、快斗が口を開きかけた時、更に衝撃の一言が白馬の口から発せられた。


「本当にすみません。工藤君に僕とデートだと勘違いされてしまったみたいで…」
「……はぁ?」
「だってさっき言ってたじゃないですか。『デートじゃない』と。工藤君に勘違いされて、そう言ったのではないですか?」
「…………」


 何だろうか。
 この目の前の生き物は新種の生物なんだろうか。
 それとも宇宙外生命体か何かなんだろうか。

 全くもって冗談の通じない目の前の坊ちゃんにどう説明したら分かって貰えるのかを考えて、快斗は再びテーブルとお友達になった。






























to be continue….



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