一つ一つ噛み砕いて
 一つ一つ整理して

 全部全部伝えなければいけない

 伝えたからといって  今更信じて貰えるなんて思ってない
 それでも、思っていなくても伝えなければならない


 それが…
 一度でも、真実から目を背けた自分が今出来るただ一つの事










我が心に君深く【3】











「黒羽。もう一杯」
「…おい、工藤。お前、いい加減話せよな!」


 グラスを持ち上げて、快斗にそんな風に言った新一に快斗はガクッと肩を大げさに落として見せた。
 さっきから、一杯飲むごとに『もう少し飲んだら…』のオンパレード。
 酔わなきゃ話せない、なんてらしからぬ事を言っていたから相当話し難いのだろうが、そろそろ話して貰わないと本気で聞けなくなる事を懸念して、快斗は新一の手からグラスを取り上げてしまう。


「あ、こらっ! 黒羽!!」
「話したら返してやるから、とりあえず話せ」
「うっ…」


 きっと話を逸らそうとでもしていたのだろう。
 もしかしたら、何とか誤魔化そうとしていたのかもしれない。
 気不味そうに快斗から視線を逸らした新一に、快斗ももう限界だった。


「おぃっ…! 黒羽っ!!」


 横でちょっとでろんとソファーの背凭れに深く沈ませていた新一の身体を、快斗はいきなり引き寄せてぎゅっと抱きしめた。
 それに新一が慌てたのが分ったが、それを封じる様に余計に力を込めた。


「ちゃんと話してくれるんだろ…?」


 弱々しく、響いたと快斗も思った。
 それは本気半分、演技半分だった。

 快斗がそういう弱々しい姿を見せる時、必ず新一は一瞬辛そうに瞳を細める。
 そうして、快斗の弱さを慰める言葉をくれる。

 知っていた。
 そして、今それに漬け込んでいるのも分っていた。
 でもきっとこうでもしなければ、言ってくれないだろう。

 新一がこんな風に酒にでも逃げなければ言えない様な事ならば、切欠を作ってやらなければならない。
 そうしなければ、もしかしたらずっと話を逸らされ続けるかもしれない。
 そんなのは…耐えられなかった。


「く、ろば……」


 案の定、小さく名前を呼ぶ声と、こくっと小さく息を飲む音がした。
 それに申し訳なさを覚えない訳ではなかったが、それでも快斗は止めてやれなかった。


「話してよ。工藤…」


 耳元で力なく弱々しく呟けば―――新一が落ちない筈がなかった。








































「話すから…とりあえず、離せよ…」
「うん…」


 求められるまま、静かにゆっくりと身体を離す。
 見詰められた蒼は決心を固めていた。


「……どっから、話せばいいのか……」


 頭に手を当て、少し視線を下に下げた新一の事を、急かすでもなく快斗はただ静かに見守っていた。
 その様子で新一が苦悩しているのが分る。
 それだけ余計に何を言われるのか怯える自分がいる。

 でも、それでも―――今コレを避けて通れば、きっとまた同じ事の繰り返しだ。

 そう自分に言い聞かせて、快斗はただ静かに新一を見守る。
 そうして、少しの沈黙が二人の間に落ちた頃、漸く新一がもう一度口を開き始めた。


「俺、さ……お前に…白馬の事が好きだって、言っただろ…?」
「うん…」


 そう、確かに言った。
 あの日そう言った新一の言葉で、快斗は漸く自分が新一の一番近くに居たいのだと気付いた。
 その時はまだ―――それが『恋』だとは気付いていなかったけれど。


「あれ…嘘だったんだ…」
「……嘘?」
「そう。嘘」


 あの日、あの時。
 どうしてあんな嘘をついてしまったのか。

 今思えば、酷く馬鹿げていて。
 けれど、あの時はそれが最善策に思えて。

 新一はあの日偽りの言葉を快斗に告げた。


「何で……?」


 どうして、そんな事を言う必要があったのか。
 快斗は訳が分らず、新一をジッと見つめる。
 今度こそ、ちゃんとどんな言葉も聞き漏らさず、何にも騙されないとでも言うかの様に。


「俺、さ……お前の事、ずっと好きだったんだ……」
「………」
「でも、それを言ったらお前と友達ですら居られないと思って……」


 そう、決して『恋人』なんてものにはなれないと思っていて。
 想いが快斗にばれてしまえば気持ち悪がられて『友人』ですら居られなくなると思って。

 だから、だから―――。


「白馬を想い人だって言って誤魔化せば……お前とせめて『友人』ではいられるんじゃないかと思って……」


 『恋人』じゃなくてもいい。
 『親友』じゃなくてもいい。
 ただの『友人』になってしまうとしても、ただ快斗の傍に居たかった。

 それは新一の本音。


「……本当に?」
「ああ」


 探る様に向けられた視線を、新一は真っ直ぐに受け止める。

 こんな話、今更信じて貰えるなんて思っていない。
 自分がどれだけ快斗の事を傷付けたかなんて分っている。

 けれど、今ここで一つでも疑わせる様な行動を取れば、自分はまた彼を失うかもしれない。
 そんなのは死んだって御免だった。

 だから、絶対に疑わせない様に。
 だから、せめて真っ直ぐな瞳で。

 じっと静かに快斗の視線を受け止める。


 そんな新一の真っ直ぐな瞳に、快斗は自分を落ちつける様に小さく息を吐いた。
 そして、柔らかく新一を腕の中に拘束した。


「……俺は、信じない」
「…分ってる」


 信じて貰えるなんて思っていない。
 今すぐにこんな話を信じろ、なんてそんな事新一には言えない。

 それだけの傷を…新一は快斗に残した。


「でも………信じてみようとは、思う………」


 小さく、自信なさげに紡がれた言葉。
 でも、今の新一にはそれだけで充分過ぎる程、充分だった。

 そっと快斗の背に手を回す。
 伝わってくる温もりが酷く愛しい。


「ありがとう。快斗………あっ、……」


 思わず出てしまった彼の名に小さく声を漏らせば、クスクスと小さく笑い声が聞こえた。


「いいよ。好きな様に呼んでいい」
「でも…」
「もういいよ。無理すんな」


 ぎゅっと、自分を拘束する腕に力が籠められて。
 それに酷く安堵して。
 新一は快斗の腕の中で瞳を閉じる。


「分った。ありがと……快斗」


 過ぎる幸せに、眩暈さえ起こしそうだった―――。








































「悪い。何もしないって言ったんだけどな…」


 少しの間抱き締めあって。
 決まり悪そうに笑いながら新一の身体を解放した快斗に緩く新一は首を振った。


「お前は悪くない。悪いのは…俺だ」
「工藤…」
「お前がこうでもしてくれてなきゃ…多分、俺は話せてない…」


 そう、きっと快斗が抱き締めていてくれなかったら、新一はきっと話せなかっただろう。
 自分の罪を吐露するのが、こんなに辛いなんて……。


「なら、いいか」


 辛そうな新一を宥める様に、柔らかく笑って。
 快斗は「はい」と新一にグラスを渡した。


「まだ飲むだろ?」
「勿論」
「流石工藤。そうこなきゃな♪」


 楽しそうにそう言って。
 自分のグラスと、新一のグラスに快斗はワインを注ぐ。
 赤い液体はグラスの中でトロリと揺れる。


「なあ、快斗」
「ん?」
「……いや、何でもない」


 揺れた赤を見詰めたまま言い淀んだ新一に、快斗は首を傾げる。
 それに新一は言い辛そうに顔を顰め、視線を宙に彷徨わせ何か考えた後……漸く素直に口を開いた。


「俺の事は……名前で呼んでくれねえのか…?」
「えっ…」


 新一のその言葉が余りにも意外だったのだろう。
 ぽかん、という表情がピッタリの顔を快斗にされて。
 新一は自分の言った言葉に、一気に顔を真っ赤にした。


「何でもない!! 今のは忘れろ! 忘れてくれ!!///」
「……ふ〜ん♪」


 ニヤリ、と笑った快斗に新一は不味いと思った。

 確かに、確かに快斗の事を名前で呼んだ自分に対して、快斗が変わらず名字で呼ぶのを寂しいと思ったのは事実で。
 だからそんな自分らしからぬ事を言ってしまった。
 本当に……自分らしからぬ事を。

 途端に恥ずかしくなって、俯いた新一の顔を、快斗はニヤニヤとした顔のまま下から覗き込んだ。


「俺に名前で呼んで欲しい?♪」
「べ、別に……///」
「ふーん…別に、なんだ?」
「うっ……」


 ピクっと眉を上げて、「ならいいか…」なんて言いながら体制を戻して、快斗は俯く新一を余所に赤い液体に口を付ける。
 そんな快斗に、新一はそろそろと顔を上げ、快斗の横顔を窺う。

 物凄く自分らしくない。
 そんな事、新一だって分り切っている。
 分り切ってはいる、が………。



「…名前で呼んで欲しい……///」



 ぷいっと快斗とは反対方向を向いて。
 それでも小さくそう呟いた新一を、快斗は心底愛しいと思った。






























to be continue….



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