君が自分を犯罪者だというのなら
それは多分正しいのだろう
君が自分を汚れているというのなら
それも多分正しいのだろう
けれど、世の中に汚れていない人間なんているだろうか
俺の目には君は余りにも綺麗に映るのに
それでも君が自分をそう暗く見詰めるなら
それは多分正しいのだろう
褒められた事ではない
積極的に肯定する訳にもいかない
けれど俺は―――
―――君を、ただひたすらに愛してる
我が心に君深く【28】
「………新一?」
何の反応も返ってこない事を不思議に思った快斗が顔を上げようとすれば、ぎゅっと手の強い力でそれを阻まれる。
その手が…何だか少し熱い気がする。
「顔、上げんな…」
「えっ…?」
「いいから、上げんな……」
「??」
訳が分からず、それでも快斗はとりあえず上げようとしていた頭から力を抜く。
それに新一がほっと息を吐いたその隙を狙って、快斗はがばっと顔を上げた。
「なっ…!」
「新一…顔真っ赤…」
「るせー!/// 見間違いだ!///」
顔を上げた快斗の視線の先には、今まで見た中で一番顔を赤くしている新一が居た。
それで漸く納得する。
さっきのは…コレを見られたくないが為の抵抗だった訳か…。
「見間違い? そんなに真っ赤なのに?」
「煩い!/// 照明だ! 白熱灯でそう見えるだけだ!!///」
「………新一君………」
(ああもう、何だろうこの可愛い生き物…)
心の中だけでそう思うに留めて、快斗は逃げ出そうとする新一の腰を、ぎゅっと腕で拘束し、困り果てた顔を浮かべている新一を見上げた。
「俺は嬉しいよ? だって、俺が言った事でそんなに真っ赤になってくれてるんだからv」
「ち、違う! か、勘違いすんな!!」
「じゃあ、何でそんなに真っ赤になってるの?」
「うっ……」
言葉に詰まってそっぽを向きながら答えを考える新一にふと悪戯心が湧いて、快斗は視線を彷徨わせた新一の背中をスッと軽く手で撫で上げる。
「んっ…っ……」
途端に上がった可愛い声にクスッと小さく笑えば、余計に顔を赤くさせた新一にぽかっと頭を叩かれた。
「いてっ…!」
「何すんだよ! この、バ快斗!!!」
「何だよ…。新一が敏感なのがいけないんだろ?」
「なっ……///」
顔を真っ赤にさせて、わなわなと唇を震わせる姿が可愛くて仕方ない。
ああもう全く…神様は何て罪作りなんだろう。
こんなに可愛くて堪らない人を創り出してしまうなんて。
「このっ…変態! 色情魔!!」
「…酷い言われ様だな……」
「事実だろうが! この女ったらし!!!」
「………」
この状況で言うのも何だか違う気がするのだが、頭の上で顔を真っ赤にして叫んでいる探偵殿は大真面目だ。
それに快斗は何だかちょっとばっかし切なくなる。
「俺別にたらしじゃないし…」
「…るせー」
「俺は今新一一筋なのに…」
「………」
「新一しか見てないし、新一の事しか頭にないし、俺には新一しか……んぐっ……」
「恥ずかしいからそれ以上言うな…///」
再び頭を腕でぐいっと身体に押し付けられて、言葉を遮られる。
可愛い上に、これ以上ない照れ屋さん。
(ったく、これが意図的じゃなくて天然なんだから困るよなぁ…)
こんなんじゃ、快斗の理性がいくつあったって足りない。
本当に罪作りだ…。
(ま、そこも可愛いんだけどねぇ…)
クスリと小さく笑って、快斗は新一の腰に回した手でぎゅーっと新一を抱きしめる。
それに、折角わざわざ新一が自分の頭を押し付けてくれているのだから、と理由をつけて、新一の身体にすりっと頬を寄せる。
………と、新一の身体がそりゃもう見事にギクッと固まる。
「か、快斗…」
困った様に名前を呼ぶ新一が可愛くって、もう一度すりっと頬を擦り付ける。
と、益々困った様に新一の身体が強張るのが分かる。
「なぁに? 新一v」
「………///」
わざと甘い声でそう尋ねれば、気配で新一が益々困り果てるのが分かる。
流石にちょっと虐め過ぎた。
少しだけ反省して、快斗は顔を上げた。
「しーんいちv」
「な、なんだよ…」
「早く食べちゃわないと、ご飯冷めちゃうよ?」
「あ…」
言われて、新一は視線をテーブルの上へと戻した。
思いついて忘れてしまわないうちに取ってきてしまおうかと鍵を持ってきた訳だが、食事中としては余り褒められた行為ではなかった筈だ。
でもまさか、こんな流れになるなんて思っていなかったから、戻ってきて直ぐに食べてしまうつもりだったというのに。
「誰のせいだ、誰のっ…!」
恥ずかしさを誤魔化す為に、新一はぽふっと快斗の頭を軽く叩く。
それから照れた様にもがいた新一に、快斗は腕を緩めると新一の身体を素直に解放してやった。
「ごめん。可愛いからついつい虐めちゃったv」
「可愛いっつーな!」
「はいはい。可愛いよv 新一vv」
「お前なぁ…!」
「ごめんってば。だから、快斗君の愛情が籠ったシチューをちゃんと新一の胃に収めて下さいなv」
「……わぁったよ……」
椅子に再び座り直し、目の前のシチューに再び口をつけ始めた新一に笑みが零れてしまう。
手の中の冷たい筈の金属が酷く温かいモノに感じる。
彼は自分を『犯罪者』だと言った。
そんな自分に、コレを渡してくれた。
犯罪者である自分を―――信用していると言ってくれた。
その言葉はあの時から凍えてしまった心の一部をゆっくりと溶かしてくれる気がする。
「なあ、快斗」
「ん?」
「お前さ…」
「?」
「……いや、何でもねえ……」
「??」
唐突に呼ばれた事に首を傾げれば、新一は一瞬何か考えて、それから何かを諦める様に口を噤んだ。
本来こうやって新一が言い淀むのは珍しい。
それでも、ここの所の新一は時々こんな風で、それは紛れもなく快斗のせいで。
今回も間違いなく自分が絡んでいるのだろうと踏んだ快斗は、傾げた首を元に戻すと、新一をジッと見詰めた。
「どうしたの? 新一」
極力優しく。
極力甘く。
そう聞こえる様に意識して出した声は、予測通りの結果を出した様で、新一は少しだけ照れた様に快斗から視線を外した。
自分の声は武器の一つだと快斗は知っている。
それを利用して、今までだって『仕事』を進めてきた。
だからそれが狡いと知っている。
それでも、自分が小狡くなるぐらいで、彼の苦しみを一つでも消し去ることが出来るなら、幾らだって狡くなろう。
「……快斗」
「なぁに?」
「あのさ…」
「うん」
「お前…お袋さんと二人で暮らしてんだよな?」
「う、うん…」
一つ一つ確認していくように言われて、快斗は不思議に思いながらも一つ一つ返事をする。
ふむっと少しだけ難しい顔をした新一に快斗はことんと首を傾げた。
「新一、どうかした?」
「いや…」
「?」
「……何でもない…」
「??」
けれど、さっきと同じ様にやっぱり難しい顔で口を閉ざしてしまった新一はこれ以上このことを喋る気はないらしく、快斗から視線を外すと残り僅かになっていたシチューに口をつけた。
「ごちそうさま。ホント美味かった」
「それなら良かったv」
少なめに盛ったとはいえ、きちんと新一が全て食べてくれた事に快斗は安堵する。
後遺症に悩む細い身体。
洋服の隙間から見える細い首筋や、細い手首に酷く不安になる。
これは快斗が出来る後遺症へのささやかな抵抗だ。
「珈琲でも飲む?」
「ああ」
「じゃあ淹れるから、ソファーに座って待ってて」
「ああ、さんきゅ」
「どういたしましてv」
言われるままにソファーへと素直に腰を下ろす。
深く座り込んで背凭れに背を預ければ、身体が少し怠くて疲労を自覚する。
ああ、やっぱり少し疲れている。
この身体に戻ってから、昔より体力がなくなった気がする。
昔から太り易い方ではなかったし、筋肉もそんなに付き易い方ではなかったが、一度小さくなるなんて経験をしてから戻ったこの身体はそれ以上に細くなっている気がする。
同年代の男と比べて、自分の身体は酷く貧相だろう。
そう思うと少しだけ気が重くなる。
それでも、こんな自分でも、彼は自分を抱きしめてくれる。
きっと骨ばっていて抱き心地なんて決してよくないだろうに…。
そうは思っていても、抱きしめられて安心する。
彼の腕の中が―――自分の帰って来るべき場所だと思ってしまう程に…。
(でもやっぱ…無理、だよなあ……)
彼に気付かれない様に、小さく小さく溜息を吐く。
さっき言いかけた事をやっぱり言わなくて良かった、と思う。
(まさか…一緒に住みたいなんて言える訳ない…)
彼は父親を亡くしている。
その上一人息子。
母一人、子一人の彼の家庭から自分が彼を取り上げてしまうなんて、そんな事出来る訳がない。
それでも、一瞬思ってしまった。
彼と毎日こんな風に暮らせたら…どれだけ幸せだろう、なんて…。
「馬鹿だな…俺も……」
はぁ…と、溜息交じりに小さく呟けば、ひょこっと快斗の顔が目の前に現れた。
「うわっ…!」
「何で馬鹿なの?」
「なっ、…お前聞いて…!」
「だって珈琲持ってきたのに、新一ってば考え込んでて全然気付かないんだもん」
ことん、とソファーテーブルに置かれるマグカップはお揃いのモノ。
それに少しだけくすぐったさを覚えながら、新一は素直にその片方を手に取った。
「さんきゅ」
「どういたしまして。で、何考えてたの?」
隣に腰を下ろし、同じ様にカップを手に取りながらそう尋ねる快斗に、新一は誤魔化す様に苦笑した。
「いや、今日の事件の事」
「ふーん…。でも、無事に解決したんだろ?」
「でもまあ、もう少し早く解決出来た気がしてな。だから、一人で反省してた訳だ」
「…ホント?」
探る様な目線を向けられて、新一は思わず少しだけ目線を外してしまった。
本当ならそんな軽率な真似すべきではなかったのに、無意識に逃げてしまう。
「新一。嘘は良くないよ」
「別に嘘なんて…」
「俺には言えない様な事でも考えてたの…?」
責める様な、それでいて酷く寂しそうな快斗の声に新一は慌てて首を振った。
「違う。そういう訳じゃない」
「じゃあ、何で嘘吐くの?」
「…くだらない事を考えてただけだ」
「くだらない事って?」
ずいっと、少しだけ距離が詰められて、思わず少しだけ後ろに後ずさる。
それを許さないとでも言う様に、快斗はことんと自分のカップをテーブルへと置くと、更に新一のカップもひょいっと取り上げてテーブルへ置いてしまう。
そんな快斗の行動に新一が戸惑っている隙をついて、快斗はグイッと自分の方へ新一を引っ張ると、その身体を抱きしめた。
「快斗…!」
「ねえ、何? 新一が考えてた事って」
「…だから、くだらない事だって…」
「でも、俺に言うのを躊躇う様な事なんだろ?」
「それは…」
「…他にいい人でも出来た?」
「な、何言ってんだよ…!」
あらぬ疑いを晴らそうと顔を上げれば、どこか諦めた様な悲しそうな笑みを浮かべた快斗がそこには居た。
余りにも胸を締め付けられるその表情に新一が何も言えずに見詰めれば、快斗の口から自嘲気味な苦笑が漏れる。
「それとも、こんな犯罪者にこんなモノ渡した事、後悔してる?」
「…違う」
ふわっと魔法の手が先程新一が渡した金属片をどこからともなく取り出して見せる。
その問いに緩く新一が首を振れば、ふっとその金属が消える。
「じゃあ、どうしたの? 俺に言えない様な事って何?」
「……いや、その……」
真っ直ぐに真摯な瞳で見つめられ、新一は言葉に詰まる。
こんなシリアスな感じになってしまっては、余計に言えない…。
(一緒に住みたいと思っただけ…なんて、この雰囲気で言える訳ねえ……;)
最初に言ってしまえば良かったのかもしれない。
もう、何て言うか、ものすごーく、言い出し辛い……;
「ねえ、新一。言ってくれていいよ。俺の事が迷惑なら迷惑だって言ってくれていい」
「んな事言ってねえだろ!」
快斗のあんまりな言葉に、新一はむぅっと唇を引き結んで、ついつい怒鳴ってしまう。
新一自身もこうやってむきになってしまうのは悪い事だと分かってはいるのだけれど、それでもこうなってしまう自分を止める事が出来ない。
「俺は、もうお前の事裏切らないって言っただろ! 大体、いつ俺が迷惑なんて言ったよ!」
「だってさ…」
「迷惑だと思うなら、そんなモノ渡す訳ねえだろ! それに……」
「それに…?」
「いい奴なんて居る訳ねえだろ……。お前以外要らなんだから……」
「新一…」
驚きに見開かれた瞳を見ているのが照れ臭くて、ぽふっと快斗の胸に顔を隠す。
全く…こんな恥ずかしい事、言いなれていないのに…。
「お前以外要らねえっつってんだよ…このバ快斗……」
もうちょっと素直に言えたら良いとは思ったけれど、今の新一にはコレが精一杯だった――。
to be continue….