だって心配だったんだ

 睡眠も
 食事も
 何もかも

 君は忘れてしまうから

 事件解決も大切だけど
 自分が一番大切だって忘れてない?










我が心に君深く【27】











「………」


 一応用心の為に気配を消して、後ろ手で玄関のドアを静かに閉める。
 灯りが点いているのはキッチンの方だ。
 それに余計に確信が深まる。

 普通の侵入者なら、キッチンよりも他に用のある場所がある筈だ。


(…多分、アイツなんだろうけど……)


 一歩一歩足音を殺し慎重に歩く。
 彼である可能性は一番高いが、それでもそれ以外の可能性だってある訳で…。

 油断しない様に慎重に。


 そうして、ひたすら慎重に歩みを重ねて、漸く辿り着いたキッチンの壁の陰から中を伺う。
 そこには案の定―――。


(…やっぱり……)


 ―――――快斗の姿があった。


 ほっと、胸を撫で下ろし、キッチンへ入ろうとした所で……ふと、悪戯心が湧く。


(俺を少しでも驚かせたんだから、俺もアイツを驚かせてやろうじゃねえか…)


 ニヤッと小さく口の端を持ち上げ、快斗が冷蔵庫の中を覗いている隙にそっと背後に忍び寄る。
 そうして脅かしてやろうと手を背に付けようとした瞬間、


「おかえり、新一vv」


 そう言って、くるっと後ろを向いた快斗にぎゅーっと抱きしめられてしまった。


「か、快斗! お前気付いて…!」
「当たり前でしょ。気配消してたって俺が新一に気付かない訳ないよv」
「っ……」


 何だかちょっとばっかり悔しくて、唇を噛みしめれば、目の前の快斗にめっと叱られた。


「こら、新一。綺麗な唇に傷が付く」
「るせー! 野郎に綺麗なんて言うな!」
「しょうがないじゃん。新一は綺麗だもん」
「あのな…」
「新一は世界で一番綺麗で美人さんだよvv」
「なっ…///」


 にっこりとほほ笑まれて、おまけとばかりに頬にキスまで落とされて。
 口をぱくぱくとさせた新一は、けれど何も言えず、むぅっと唇を引き結んだ。


「おかえり、新一。お疲れ様」


 それでも、蕩ける様に甘いその労わりの言葉には、流石の新一も照れ隠しも何も出来ずに、素直にぽふっと身体を快斗に預けた。


「ただいま。快斗…」








































「美味しい?」
「ああ。すげー美味い」
「それなら良かったvv」


 ダイニングテーブルに二人仲良く座って。
 快斗の作ってくれたビーフシチューを頬張りながら、新一はふと今更な事を尋ねた。


「でも、何でお前、家に来てんだ?」
「……新一君」
「ん?」
「それ、もっと前に聞く台詞。多分、一般的には…」
「るせー。勝手に人の家に不法侵入してる奴に一般を説かれたくねえよ」
「…それは、そうだけどね……」


 苦笑を浮かべる快斗を横目に、新一はもう一口シチューを頬張る。

 お世辞抜きに美味しい。
 贔屓目抜きに美味しい。

 正直食にはそこまで拘りがある訳ではないが、世間的には有名な両親にどこぞのパーティーだの、開店祝いだの、諸々の付き合いで、様々な所に連れて行かれている。
 自慢じゃないが、そこらの大学生よりは舌は肥えているだろう。

 そんな新一が本当に美味しいと思うのだから、これは……店の一軒も出すべきじゃなかろうか……。


「なあ、快斗」
「ん?」
「お前がマジシャンになったら、世界は素晴らしい料理人を一人失う事になるな」
「え…?」


 思いついたままをそのまま素直に口にすれば、目の前の快斗が一瞬ぽかんと呆けた顔をして、それからやっと意味を理解したのか、頬を少しだけ赤く染めた。


「あ、えっと……ありがとう、新一……///」
「あ、いや……別に……///」


 そんな風に素直に照れられたら、こっちだって照れる。
 目の前で赤くなった快斗に、新一まで赤くなってしまう。

 何だか本当にとっても……恥ずかしい……///


「そ、それより、だから何で家に来てんだよ!」


 とりあえず誤魔化す様にそう言って、何とかその話題はスルーすることにして。
 少しだけ問い詰める様な視線を快斗に向ければ、少しだけ気まずそうな顔をして、快斗は視線をちょっとだけ逃がした。


「いや、あのね…」
「?」
「俺、昨日新一に夕飯食わせ損ねたな…と思って」
「…ああ、……そういや食ってなかったな」
「………;」


 言われて今初めて気付きました、とばかりな新一に、予想通りとは言え、流石に快斗もちょっと涙目だ。
 それでも、今日ちゃんと食べさせたのだから、ちょっとだけ元気になる。


「で、だから今日はちゃんとご飯食べてね、って電話しようと思ったら新一出なくてさ…」
「わりぃ、ちょっと事件で呼ばれて…」
「うん。多分そうだと思ってたから…」
「あ、そういや、留守電…聞いた……///」


 電話の快斗の声を思い出して、少しだけぞくりと背筋が震える。
 その嫌ではない感触に少しだけ身震いしたが、快斗にそれを悟られないうちに、新一は次の言葉を繋げてしまう。


「だから、作りに来てくれたんだな。さんきゅー、快斗」


 誤魔化しだけではない、本心からそう言って微笑めば、快斗が思いっきり安心した顔を浮かべた。


「良かった…」
「ん?」
「怒られたらどうしようかと思った…」
「怒るって…何で怒るんだよ」
「だって、俺…余計な事したかなって……」


 いじいじとしながら俯く快斗を新一は不思議モノを見る様な顔で見詰めた。
 その視線に何だかちょっと居心地が悪くなって、快斗は逆に尋ねる様な視線を新一へと向けた。


「えっと、……新一……?」
「何で怒るとか、余計な事、とかいう単語が出てくるんだ?」
「えっ…だって……勝手に家入ったし…勝手に料理作って待ってたし……」
「でも、俺の為にしてくれたんだろ?」
「あ、うん…」
「だったら、感謝こそすれお前を怒る様な事は何もないじゃないか」
「えっと……」


 益々不思議そうに小首を傾げられて快斗は益々困ってしまう。
 いや、確かにそうなんだけど…そうなんだけれども……。


「だって、迷惑かなって…」
「迷惑?」
「そう、迷惑」
「………」


 ふむっと顎に手を当てて、新一はちょっとだけ考え込むと、快斗の顔をじっと見つめた。


「じゃあ、お前は俺が同じ事をしたら迷惑だって怒るのか?」
「そんな事ある訳ないでしょ! 寧ろ大歓迎だよ!」
「じゃあ、同じじゃないか」
「………そう、かな……?」
「そうだよ。俺も大歓迎だ」


 すこぶる満足そうに満面の笑みでそう言われて、快斗の心の中に温かいモノが広がる。
 本当に……漸く安堵できた気がした。


「じゃあ、またこうやって作りに来てもいい?」
「ああ、いいけど…」
「?」


 ふと言葉を切った新一が何やらちょっと考えて、徐に席を立つ。
 それに快斗が首を傾げれば『ちょっと待ってろ』とだけ言われ取り残された。


「……?」


 益々訳が分からなくて、新一の気配を探れば、とんとんと階段を上る音がする。
 何か二階に用事だろうか?
 不思議に思いながらも、快斗は大人しく新一を待つ。

 数分も経たない間に、とんとんと今度は逆に階段を下りてくる音がして、新一が戻ってきた。


「新一? 急にどうしたの?」
「…これ……」
「?」


 握ったままの右手をずいっと目の前に差し出されて、快斗は顔にハテナマークを浮かべる。
 すると、ちょっとだけそっぽを向いた新一に手を出す様に催促された。


「いいから、手、出せよ」
「う、うん…」


 快斗が大人しく差し出した手に、ぽとん、と小さな金属が落とされる。
 不思議に思った快斗がそれを自分の方に引き寄せてまじまじと見れば―――。


「新一、これって…」
「………いちいち不法侵入じゃ面倒だろ………///」


 ―――特殊な形をしてはいたが、それは紛れもなくこの家の鍵だった。


「え、でも、新一…俺……」
「それから、後で指紋と、網膜と、静脈の登録もしてけ」
「あ、えっと……」


 セキュリティーを突破してきたから、新一の言いたい事は分かったが、快斗は躊躇いがちに手の中の鍵と、新一の顔とを見比べた。


「ねえ、新一。俺は…怪盗で、犯罪者だよ…? 探偵が怪盗に家の鍵なんて易々と渡していいの?」
「…ばっ……、バ快斗! あのな、俺はお前の事……信用してんだよ! 別に……易々と渡してる、訳じゃない………」


 ぷいっとそっぽを向いたままだった新一の顔が快斗を見詰めて、ちょっとだけむくれてそう言って。
 それでも最後は少しだけ辛そうに顔を俯けてしまった新一の手を、切なさと嬉しさでぐちゃぐちゃになった感情のまま、快斗はそっと握りしめた。


「快、…」
「ありがとう。新一…」


 怪盗で。
 犯罪者で。

 そんな自分をこの目の前の愛しい人は信用していると言ってくれた。

 酷く温かくて。
 酷く切なくて。
 酷く嬉しくて。

 どうしようもなくて、新一の手をぎゅっと握れば、握ったのとは反対側の手がそっと快斗の目元に触れた。


「ばーろ…。何泣いてんだよ」
「え……」


 言われて、目元を拭ってくれた彼の指が微かに濡れているのに気付いて、漸く自分が泣いているのだと自覚した。
 そうやって自覚してしまえば、溢れる涙は止める事が出来ない。


「新一…」
「ば、馬鹿…! 余計に泣くなって!」
「だって…」
「分かった。分かったから…そんなに泣かないでくれよ……」


 わたわたと途方にくれる新一が可愛くて、快斗は泣きながら口元を上げる。
 その様子に、新一は苦笑した。


「ったく、泣くのか笑うのか、どっちなんだよ…お前は」
「ごめん。嬉しくて…」
「わあった。わあったからもう泣くな…」


 座ったままだった快斗を、立ったままの新一がぎゅっと抱きしめる。
 そのまま頭を新一の腕に引き寄せられた快斗は、大人しく新一の腰の辺りに腕を巻き付け、新一の身体に自分の顔を押し付けた。


「新一…」
「ん?」
「…ホント、大好き。死ぬ程…好き……」


 少しだけくぐもった声で、快斗は告げる。
 どれだけ言ったって、今の感謝は今の気持ちは、きっと上手く伝える事なんて出来ないだろうけど。



「……どうしようもないぐらい……愛してる……」






























to be continue….



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