探偵がこんなに可愛くてどうする
 そう思う

 怪盗がこんなに探偵に心惹かれてどうする
 そう思う

 それでも彼が可愛いのは現実で
 自分が彼をどうしようもない位愛しているのは現実で


 まあ、いいか…
 仕方ない、それが幸せなんだから










我が心に君深く【25】











「痛い…新一……;」
「ば、バーロ! お、お前があんな事するからいけないんだろうが!///」


 そのままフローリングに座っていては身体が痛くなってしまうだろうと、抱きかかえてソファーに運ぼうとすれば、顔を真っ赤にした新一にそりゃもう物凄い勢いで暴れられて。
 それでも何とか新一を落とさない様にして抱えて行ったソファーに新一を下ろした瞬間、黄金の右足が快斗の脇腹に綺麗にヒットした。
 油断していた所に、見事に決まったキックに流石の快斗も思わずその場に蹲った。


「さっきはあんなに可愛かったのに…」
「う、煩い!!/// だ、大体な、…勝手に出てくなよ! 宮野のとこ行くなら書置きの一つもしていけ!」
「いや、だって直ぐ帰ってくるつもりで…」
「それでもだ!」
「……はい。ごめんなさい……;」


 ソファーに思いっきり踏ん反り返る新一の前に、フローリングに蹲った快斗。
 そりゃもう見事に上下関係を表されているようで、何だか快斗はちょっとばっかし泣けてくる。


「それから、人の事をひょいひょい持ち上げるな!」
「いや、別にひょいひょい持ち上げてる訳では…」
「俺はな、もうコナンじゃねえんだよ! お前と同じ大学生の男だ! 分かるか?!」
「はい、分かってます…」


 新一の言いたいことは快斗も分かっている。
 確かに新一の言う様にコナンの頃はひょいひょい(…)持ち上げていた節はある。

 だって―――持ち上げた方が色々連れて行きやすかったし(…)、何より……可愛かったしvv

 思い出して、若干にへらとしてしまったら、新一にすかさず睨まれた。


「快斗」
「……すみません;」
「……お前、…コナンのが、……」
「ん?」
「いや、何でもない……。と、兎に角、あんまり人の事抱きかかえるな! いいな?」
「はーい……」
「よし。分かればいい」
「………;」


 結構な剣幕でそう言われてしまっては流石に逆らえず、素直に返事をすれば、満足とばかりに頷かれて、快斗はちょっとばかし複雑な気分になる。


(さっきまで人の腕の中で可愛いこと言ってた癖に…。ホント照れ屋さんなんだからvv)


 こういう意地っ張りで、俺様で、女王様をして、そういう所の照れ隠しにするのは新一の可愛い所だ。
 全く、本当に可愛くて仕方ない。


「で、快斗」
「何?」
「宮野のとこに何しに行ってたんだ?」
「ああ、ちょっとね。渡すものがあっただけ」


 きたか、と思った。
 聞かない筈がない。
 こんな時間、こんなタイミングでお隣に伺っていた訳だから、気にならない筈がない。

 それでもそれ用の答えはきちんと用意してあった。


「渡すもの?」
「うん。前から志保ちゃんが欲しいって言ってた薬品が丁度手に入ってね。なるべく早めに欲しいって言ってたから」
「…そっか」
「うん」
「………ホントにそれだけか?」


 全てを見通す蒼い瞳で見詰められて、正直心臓が鼓動を早める。
 それでも、快斗は微笑んでその瞳を見つめ返した。

 これは――これだけは、本当の事を知られてはいけない。
 嘘でさえ本当しんじつにしてしまわなければならない。


「それだけだよ。ホントに」
「…なら、いい……」


 ほぅ…と新一が小さく息を吐いた隙に、快斗はちゃっかり新一の隣にお邪魔する。
 ちらっと睨まれた気がするけれど、新一はそれ以上何も言わなかった。


「ねえ、新一」
「何だよ」
「あのさ…」
「ん?」
「俺としてももう少し新一と一緒に居たいのは山々なんだけど…」
「…ああ、もうこんな時間か…」


 快斗に言われた言葉に新一が時計を見れば、時計の針はもう既に深夜を指していて。
 新一は一瞬眉を顰めた。


「俺、結構寝てたな…」
「そうだね」
「眠くねえ…」
「こら、ちゃんと寝ないと明日が辛いよ?」
「別にいい」
「よくないから; ちゃんと寝な?」
「いいだろ、別に。明日は日曜で休みなんだから」
「そうだけど…ただでさえ普段睡眠不足なんだから、ちゃんとした時間に寝られる時は寝ておいた方が…」
「わあったよ。寝りゃいいんだろ、寝りゃ…」
「そう。寝ればいいんだよ♪」


 ぞんざいな言い方をしても、笑顔で返されて。
 流石の新一も白旗を上げた。


「…わあった。ちゃんと寝る」
「うん。それなら俺も安心して帰れるよ」
「…こんなに遅くにどうやって帰んだよ」
「ん? タクシー拾うから大丈夫だよ」
「…電話しろ」
「え?」
「今ここで電話をしろ」
「…えっと……」
「じゃなきゃお前、歩いて帰ったりしそうだから」
「………分かりました………;」


 何だか今日じゃない違う日(…)の事を見透かされている様で、快斗は色々(…)藪蛇にならない様に、素直に新一に従い、携帯を取り出すと、タクシー会社へと電話を掛ける。
 その横で新一は小さく安堵していた。


(これなら多分どこも寄らねーで真っ直ぐ帰るだろ…)


 要らぬ心配かもしれない。
 それでも、好きな人を心配してしまうのは世の常だ。


「これでいい?」
「ああ。これで俺も安心して寝れるよ」


 さっきの快斗の口調を真似てそう言えば、快斗からは苦笑が返ってくる。
 それさえも何だか楽しくて、新一の口元には笑みが上ってしまう。


「ま、お前もゆっくり寝ろよ」
「うん。そうする。じゃあ、そろそろ帰るよ」
「ああ」


 腰を上げた快斗と一緒に、新一もソファーから腰を上げる。
 そして、玄関まで快斗を見送りに行ってやる。


「じゃあ、新一。ゆっくり休んでね」
「ああ。さんきゅー」
「じゃあ、おやすみvv」
「っ……///」


 靴を履いて、振り返った快斗に不意打ちで頬にキスをされて、新一の頬は真っ赤に染まる。
 恥ずかしさに少しだけ俯けば、ぽふぽふと頭を撫でられた。


「おやすみ、新一」
「おやすみ…快斗…」


 パタンと、閉じたドアを確認すると足の力が抜け、新一はずるずるとその場にしゃがみ込む。
 快斗がキスをした頬にそっと触れる。
 やっぱり…頬が熱い。


「バ快斗…///」


 照れ隠しにそう呟いて、新一は自分の鼓動が落ち着くまでもう少しだけその場にしゃがみ込んでいる事にした。






























「…そろそろ、家に帰るかな」


 パタン、と工藤邸のドアを閉め、門から出た辺りで快斗はそう小さく呟いた。
 まだタクシーは来ていない。
 もう少し待てば直ぐに来るだろう。

 そう思って、空を仰ぎ見る。
 近くにある街頭のせいで辺りはある程度明るかったけれど、自分の守護星だけは白くぽっかりと真っ暗な空に浮かんでいた。
 いつか見たあの月とは何だか別物に見えるのだから、心境の変化は不思議だ。

 今自分の手の中には彼に必要な薬がある。
 今自分の心の中には彼が居る。

 それだけで全て大丈夫な気がする。


―――ブロロロ………。


 漸く来たタクシーのライトに一瞬目が眩み、苦笑する。
 ああ、全く。
 危機感が今日は希薄だ。


「ま、いっか。今は…ただの黒羽快斗だしね……」


 笑みを掃いた唇で小さく呟くと、快斗はタクシーへと身体を滑り込ませた。






























 久しぶりに自宅の鍵を開け、久しぶりに自宅の玄関へと入った。
 キッチンに覗く光に、ちらっと中を見れば、母親がテーブルでお茶を飲んでいた。
 足を踏み入れれば、見知った笑顔が快斗を出迎えてくれた。


「あら、快斗。随分遅かったのね」
「ああ。ただいま、母さん」


 久しぶりに帰った自宅も、母親の対応も、至っていつも通り。
 それに酷く安堵する。


「少しは落ち着いたの?」
「ああ。少しは、ね」


 それでも、やっぱり珍しく長期間帰って来なかったからだろう。
 心配そうな母親の瞳に、快斗は笑ってそう言った。

 ああ、全く。
 大学生にもなってこんな風に母親に心配をかけるなんて、まだまだ自分は『子供』だ。


「ならいいわ。夕食は?」
「あ……食べてない…」
「そう。煮物ぐらいならあるわよ」
「じゃあ、貰う」
「温めておくから、着替えて来なさい」
「はーい」


 ぽてぽてと階段を上って、自分の部屋で着替えをしながら、快斗は『しまった…』と小さく呟きを漏らした。


「………新一に、飯食わしてねえ…ι」


 色々あって、食欲とかそんなものすっかり吹っ飛ばしていて忘れていた。
 新一がこんな夜中に自主的に何かを食べて寝てくれるとも思えないから、きっとあのまま寝ただろう。

 黒羽快斗―――かなりの不覚。


「……明日、メールしよう……」


 昨日、今日の事を考えて、流石に連続で明日お邪魔するのもどうかと思い、そう決心だけ固めて着替えを終えキッチンへと降りて行った。


「はい、どうぞ」
「さんきゅー、母さん」


 久しぶりに母親の手料理を食べる。
 昔は当たり前だったそれが、時々酷く懐かしくなる。

 キッドとしての仕事で少し地方に行っていて、中々帰って来れない時は、酷くコレが恋しくなって自分で作ってみたりするのだが…やっぱり何かが違う。


「なあ、母さん」
「何?」
「料理を上手く作るコツって何?」
「そんなもの決まってるでしょう? 愛情よ、愛情v」
「……愛情、か……」


 新一にももっと美味しい料理を食べさせてやりたくてそう尋ねれば、何とも定番と言えば定番の答えが返ってくる。
 でも、何だか母親らしくて思わず笑ってしまう。


「それなら、俺はきっと世界一上手い料理が作れそうだ」


 心の底からそう思って、思わず口に上らせてしまったが最後、母親の顔付きが変わった。
 しまった、と思った時にはもう遅く、にやっと笑った母親が快斗の顔を覗き込んだ。


「あら、快斗。暫く帰って来ないと思ったら…いい人が出来たのね?」
「あ…えっと……あの……ι」
「出来たのね?」
「……はい………;」


 有無を言わさぬ迫力に負けて、頷いてしまう。
 こういう時は、やっぱり敵わない。


「そう。良かったじゃないv 美人さんなの?」
「そりゃもう! 世界で一番美人さんだよv」
「まあ! それなら今度是非家に連れて来なさい!」
「……マジで?」
「大マジよ」
「…はい。連れて来ます……」
「嬉しいわー♪ 楽しみねー♪」
「………」


 失敗した。完全に。
 今日はそりゃもうべらぼうに可愛かった事を思い出してついつい母親に乗ってしまったりした訳だが………。
 完全に、失敗した。

 まあ、でも……そういうのも、そのうちなら悪くないかもしれない。
 もう少ししたら―――。


「母さん」
「何?」
「俺のだから、取らないでね」
「あら…。ホントに本気なのね」
「ホントに本気」


 少し意外そうにそう言った母親に、大真面目にそう告げれば、酷く優しい笑みを浮かべられた。


「良かったわね、快斗」
「うん…」


 何だか少し照れくさくて、快斗は頭に手をやって髪を少し混ぜる。
 やっぱり何だか…こういうのは少し照れ臭い。


「まあ、そのうち連れてくるよ。ごちそーさん」
「楽しみにしてるわ」
「ああ。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」


 ひらひらと手を振って、キッチンを出て、自室へと戻りベッドにダイブする。
 シャワーは明日の朝浴びる事にした。

 色々あって、心も身体も結構疲れた。
 それでも、今はこうして温かい気持ちでいられるのだから、自分は本当に幸せだ。


「新一、愛してる……」


 小さく小さく呟いて、快斗はそっと瞼を閉じた。






























to be continue….



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