怖いのは君に嫌われてしまう事

 でもそれより怖いのは
 君が居なくなってしまう事

 好き
 大好き
 愛してる

 零れ落ちる言葉は
 酷く甘くて

 でも、その心の内は…










我が心に君深く【23】











――ボーン……ボーン……



 暫くそうやって新一を抱き締めて。
 時計の鐘が、夜を告げる頃、漸くその音で我に返った。


「ちゃんと寝かせてあげないとね」


 新一が起きない様にそっとお姫様抱っこをして、起きている時にやったら怒られたな…と前の事を思い出して苦笑する。
 きっと今だって目を覚ましたら顔を真っ赤にして『下ろせ!』というのが目に見える様だ。

 なるべく振動を与えない様に階段を上り、器用にその状態で新一の部屋のドアを開け中に入る。
 静かにベッドへと横たえて布団をかけようとした時、手が止まった。


「これは……えっと………」


 そのまま寝てしまうつもりはなかった新一が当然着替えている筈はなく。
 完全に普通の洋服の状態な訳で。
 これは多分着替えさせてやった方が寝るのは楽な筈なのだが…。


「………っ…/// ……無理……今の俺には、絶対無理……///」


 友人だと思っていたあの時は、確かに着替えさせてやった事もあった。
 身体の細さに心配は覚えたが、その時ですら彼の身体を綺麗だと純粋に思った。

 それが今この状態で見てしまったりしたら………正直我慢できる自信は快斗には無かった。


「…ごめん、新一。寝苦しいかもしれないけど…許して…;」


 すやすやと寝ている新一に静かにそう謝って、快斗はその身体に布団をかけた。
 そして、膝を折ると、そっと新一の頭に手を伸ばす。
 優しく髪を撫でると、さらさらとした髪が手に馴染む。


「おやすみ。新一…」


 名残惜しいと思いながらも、快斗は立ち上がると、少しだけ躊躇った後、新一の額に軽く唇を落として部屋を後にした。


















































「こんばんは。志保ちゃん」
「どうしたの? こんな時間に…」


 確かに余所様のお宅を伺うには少々遅い時間だ。
 それに素直に快斗は申し訳なさそうな顔を浮かべた。


「ごめんね、遅くに」
「…まあ、いいわ。とりあえず中に入ったら?」
「うん…ありがとう」


 言われるままに、阿笠邸へお邪魔した快斗はきょろきょろと辺りを見渡して首を傾げた。


「あれ? 博士は?」
「学会で発表があるから出かけてるのよ。博士に用事だったの?」
「ううん。志保ちゃんに」
「でしょうね。とりあえず珈琲でも淹れてくるわ。ソファーにでも座って待っててくれる?」
「うん」
「…黒羽君」
「ん?」
「相変わらずあの珈琲もどきなのかしら?」
「え、…ああ、うん…」
「そう…」


 はぁ…と溜息を吐きながらも、珈琲を淹れるためにキッチンへと向かった哀を見送って、快斗は最初に志保に会った時の事を思い出した。

 新一の家に遊びに行った時、借りていた本を返しに来た志保と偶々会う事になって。
 リビングで珈琲もどきを飲んでいた時に言われた。


『ハートフルな怪盗さんは随分と甘党なのね』


 あの時の自分は相当間抜けな顔をしていたのだろうと思う。
 まさか一発で見抜かれるなんて思っていなかったのに…。
 流石というか、何と言うか…。

 そんなこんなで、ちょこちょこと新一の家で会う度に少しずつ仲良くなって。
 今では色んなお話もできる様になったりした訳ではあるのだが……。


「どうぞ」
「ありがとう♪」


 にこっと微笑んだ快斗を志保はじっと見つめて、快斗の向かいに腰を下ろした。


「で、黒羽君。何が聞きたいの?」
「え…」
「貴方が態々こんな時間に此処に来るなんて、工藤君に何かがあって、それに対しての見解を聞きに来たとしか思えないわ」
「………えっと………ι」


 喋る前にすっかり何もかもばれてしまっている事に快斗は苦笑する。
 それにしても……。


「何か、色々ばれてるんだね…ι」
「彼が前から貴方の事を好きだったのは見ていれば分かったわ」
「……えっと……」
「多分貴方以外皆気付いていたと思うけど?」
「うっ…」
「本当に鈍感なのね。その辺りは工藤君と貴方、そっくりよ」
「………返す言葉も御座いません;」


 何も言えずに項垂れた快斗だが、それでもやっぱり疑問に思って口を開いた。


「新一が、志保ちゃんに言ったの?」
「言う訳ないじゃない」
「じゃあ何で…」
「私は隣に住んでるのよ? 毎日彼の顔を見ていれば嫌でも分かるわ」
「えっと…」
「途中、本当に貴方の事殺してやろうかとも思ったけれど……まあ、とりあえずは落ち着いたみたいだから今は許しておいてあげる」
「………;」


 諸々あった時に落ち込んでいる新一でも見たのだろう。
 とりあえずその時にお邪魔しなくて本当に命拾いしたと、快斗は切実に思った。

 この目の前の科学者は、新一のためだと判断すれば冗談ではなく本気で快斗を殺すだろう。


「それで、一体何を聞きに来たの?」


 鋭く細められていた目を少し和らげて、志保は快斗を見つめる。
 その瞳に、少しだけ躊躇った後、快斗は口を開いた。


「新一……身体の方はどうなの?」
「工藤君に何かあったの!?」


 慌てて椅子から飛び降りそうな勢いの志保に、快斗は慌てて首を振った。


「ち、違うんだ。ただ…」
「ただ…?」


 不安げに聞かれる問いに、快斗も形のない漠然とした不安を口にした。


「……時々、辛そうにしてるのを見るから…」
「そう…」
「あ、でも志保ちゃん、新一には…」
「分かってるわ。どうせ私には言うなって言われてるんでしょ?」
「…………」


 視線を少し空へと飛ばして、志保は小さく溜息を吐く。


「何かあったらすぐに来る様に言ってるのに、よっぽどじゃない限り来ないのよ」
「…志保ちゃん……」
「どうせ、私に余計な事を考えさせたくないなんて、つまらない事を思ってるんでしょうけどね…」


 悲しそうに伏せられた視線に、快斗はかける言葉を失う。


 志保が作ったクスリによって新一の身体は幼児化した。
 そして、新一の望む様に志保は解毒剤という名の新たな毒を新一へと渡した。
 そうして漸く新一は自分の身体を取り戻す事が出来た。

 けれど、それで全てが元に戻った訳ではない。

 確かに『工藤新一』自身は取り戻した。
 それでも、何もかも円満にいった訳ではない。

 身体に纏わりつく数々の後遺症。
 それを新一は極力志保には言わない。
 新一は新一で哀でありたいと願った志保の思いを知っていながらそれでも尚元の身体に戻りたいと願い、その思いを知っていた哀は自分を被験者として志保へと戻した。

 志保は新一に。
 新一は志保に。

 お互いに負い目がある。
 そして、お互いにお互いを思い過ぎる程思っている。


 それは快斗には時々酷く痛々しく映る。


「新一は志保ちゃんの事大事に思ってるからね…」
「でも、原因を作ったのは私よ」
「それでも、新一を助けたのも志保ちゃんだよ」
「………」


 伏せていた視線を上げ、辛そうに、でも奥に強さを含んだ瞳で志保は真っ直ぐに快斗を見る。


「それで、工藤君は?」
「今寝てるよ。色々疲れてたみたいでさ…」
「そう…」
「ねえ、志保ちゃん…」
「大丈夫よ。今のところ検査結果に酷い異常はないわ」
「それなら、いいんだ。それでさ…」
「?」


 不自然に言葉を切った快斗に志保は不思議そうな目を向ける。
 その視線を受けながら、快斗は意を決して口を開いた。


「新一に出してる薬、俺にも分けてくれないかな」
「…黒羽君」
「俺もさ、多少はそういう知識もあるけど……流石に、新一の状態が分からないから迂闊に俺が何か飲ませる訳にもいかないしね」


 この間飲ませた二日酔いの薬の様な薬なら快斗だって新一に飲ませる事が出来る。
 けれど、後遺症の薬に関しては全く話が別だ。
 悔しいが、それに関しては快斗は恐らく一生志保には敵わない。

 歯痒さがない訳ではない。
 それでも、そんなものにこだわっていたら、大切な彼を失うかもしれない。

 少しだけ視線を伏せた快斗の様子を見て、志保も声を落とした。


「工藤君、そんなに…」
「違うよ。唯のお守り代わり」
「……分かったわ。ちょっと待ってて…」


 それ以上何も言わず、志保は立ち上がると研究室へと向かった。
 ふぅ…と小さく息を吐いて、快斗はソファーの背凭れへ背を預けた。

 前に公園で新一を見つけた時、背筋が凍りついた。
 薬を飲ませてやろうにも、本人があの状態ではどこに薬があるのかも分からない。
 しかも、それを新一に聞いた所で上手くはぐらかされるのは分かっているし、それを新一は望まないだろう。
 けれどこれからも傍に居たいと願うなら、きっとあの時の再現があるかもしれない。
 出来ればそんな時が来ない事を願いたいが、それでもいつ何時何があるか分からない。

 新一が体内に取り込んだのは、間違いなくそういう類のモノなのだから。


 薬箱を片手に戻ってきた志保が黙ってそれをテーブルへと置き、蓋を開ける。
 そうして中から幾つかの袋を取り出すと、快斗へと渡した。


「これは心臓が痛んだ時、これは眩暈が酷い時、これは主に足が痛んだ時の痛み止め、これは……」


 次々と説明をされて、快斗の顔が引き攣る。
 確かに新一が見えない様にこっそり薬を飲んでいたのは知っている。でも……。


「黒羽君」
「ん…?」
「顔に出てるわ」
「え…」
「ポーカーフェイスが売りの怪盗さんも、予想外の事態には弱いのね」
「………そう、だね……」


 流石にここまでの量の薬が出ている程に悪いなんて思わなかった。
 顔を引き攣らせながら志保の説明を聞いていた快斗に、志保は努めて優しく言った。


「貴方がお守り代わりっていうから、一応全部渡しているだけ。今はもうこんなに飲んではいないわ」
「ホントに…?」
「ええ。本当に具合が悪い時だけ。だから、貴方が思う程には悪くはないわ」
「……なら、いいんだけど……」
「彼は死なせないわ。私が。絶対に…」
「志保ちゃん…」


 決意を込めた瞳でそう言われて、引き攣っていた快斗の顔に、少しだけ笑みが浮かぶ。


「そうだね。新一には志保ちゃんっていう主治医がついてるもんね」
「ええ。それに…」
「?」
「貴方もついてるしね…」


 そう、彼女は新一を死なせない。
 意地でも、絶対に。
 そう、自分も新一を死なせない。
 意地でも、絶対に。

 世界一の主治医と。
 魔法使いと呼ばれる怪盗。

 その二人が揃っていて、みすみす彼を死なせる筈がない。


「そうだね。新一には俺達がついてる」


 だから死なせない。
 絶対に―――失ったりしない。

 その決意と共に、そう言って、快斗は志保から薬を受け取った。


「無くなったらいつでも言って。用意しておくから」
「うん」
「それから……」
「?」
「…工藤君の事、宜しくね」
「…うん」


 小さく頷いた快斗に、志保は柔らかく微笑んだ。
 その笑みに、快斗も微笑む。

 大丈夫。
 きっと―――ずっと一緒に居られる。


「黒羽君」
「ん?」
「貴方、こっちに来るの工藤君に言って来た?」
「いや、言ってないけど…」
「電気」
「え?」
「工藤君の部屋、電気が点いたわ。起きたんじゃないかしら?」
「あ…」


 志保の視線の先。
 言われれば、確かに新一の部屋に灯りが点いていた。


「早く戻った方がいいわ。きっと寂しがってるわよ」
「…志保ちゃん……///」


 何だか色々ばれているとはいえ、こういうのはやっぱりちょっと…照れる。
 少し頬を赤くした快斗に、志保はクスクスと笑う。


「普段仕事ではあれだけ気障な事を言ってる割には、意外に純情なのね」
「…っ……/// そ、そんな事…///」
「まあいいわ。今度思う存分からかわせて貰うから、今日はもう行きなさい。工藤君に妬かれても困るし」
「志保ちゃん…!///」
「はいはい。真っ赤になってないで、さっさと行きなさい」
「……はい……///」


 言われるままに、快斗はソファーから腰を上げた。
 それから、手にしていた薬を一瞬で消して見せる。
 代わりに快斗の手に現れたのは、綺麗にラッピングされた小さな箱。


「じゃあ俺は帰るね。これは今日のお礼v」
「あら…」
「きっと志保ちゃんに気に入って貰えると思うよv」
「それはどうも。ありがたく頂いておくわ」


 志保にその包みを渡して、微笑むと、快斗は急いで愛しい新一のもとへと向かうべく阿笠邸を後にした。






























to be continue….



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