好き
 大好き
 愛してる

 それだけでは駄目だと分かっていた
 でも、それが必要だとも分かった

 信じて貰えずとも
 傍に居てくれたらそれでいい

 今はただそれだけで
 充分だと思った










我が心に君深く【22】











「……快斗」
「ん?」
「お前のせいで珈琲が冷めた」
「…しょうがないなぁ。これだから照れ屋さんは…」
「いいからさっさと淹れ直してこい…っ…///」


 腕の中でバタバタと暴れ始めた新一に苦笑して、快斗は漸くその腕を離した。
 身体を離せば案の定耳まで真っ赤にした新一がぷいっとそっぽを向く。
 それに笑いを堪えながら、快斗は極力弄らない様にして、少しだけ微笑む。


「はいはい。淹れてきてあげるから、ちょっと待っててね」
「ん…」


 こくんと小さく頷いた新一が、恥ずかしそうに手近にあったクッションを引き寄せて、それを胸に抱える。
 その仕草がそりゃもうべらぼうに可愛らしかったのだが、泣く泣く快斗はキッチンへと向かった。


(あー…もう……可愛いなぁ、ホント……///)


 思わず新一の前で言いかけたが、よく飲み込んだものだと自分でも感心する。
 言ってしまったが最後。
 余計に真っ赤になってそのクッションを放り出し、快斗と全く視線を合わせてくれなくなってしまうだろう。
 そして、その優秀な頭脳にしっかりと刻まれたその動作をもう二度としてはくれなくなる。
 それは酷く――惜しい。

 あの分でいけば、当分は自分の世界だ。
 だとすれば、珈琲を持って行った時に、またもう一度あの可愛らしい様子を見れる筈。

 思わず鼻歌を歌ってしまいそうなのを必死に堪えて、快斗はルンルンと珈琲を淹れ始めた。






























「っ………///」


 自分が快斗に言ったことを思い出して恥ずかしくなった新一は、真っ赤な顔を隠す様に抱えたクッションへと押し付けた。
 確かに、確かに今日は素直になろうと思った。
 だけど、それはここまでじゃなかった筈なのに……。


「…///」


 思い出してまた頬の熱が上がる。
 耳なんてきっととうに真っ赤だ。

 快斗がくるまでには何とかこの熱を冷ましておきたいのに、中々熱は引いてくれない。
 それどころか益々酷くなる一方な気がする。

 離れたくないと思った。
 離れた方が新一の為だなんて、何て馬鹿な事を言うのだろうと思った。


バーロ…


 聞こえない様に、クッションに顔を押し付けたまま小さく呟く。

 何がその方が幸せになれる、だ。
 何が時間と白馬が癒してくれる、だ。

 ふざけるな、と思う。
 こんなに夢中にさせて、他の誰も見えない様にして、それで今更逃げ出そうなんて……許さない。

 大体、気付かないのが悪い。
 ……快斗が居なくなる事が、新一が一番傷付く事なのだと。


おめーが居なくなるなんて…考えただけでも……


 ぞわりと嫌な寒気を感じて、新一はぎゅっとクッションを抱きかかえる腕に力を込めた。

 寒い。
 空調は適温にしてある筈なのに。

 ―――これは恐怖だ。
 恐怖で背筋が凍る…。


「新一…?」
「…ぁっ……」


 呼ばれた自分の名に顔を上げれば、心配そうに覗き込む快斗と目が合った。
 その瞬間にくしゃりと泣きそうに新一の顔が歪む。


「かいと…」


 どうしようもなくなって、彼の名を呼べば、優しく微笑まれて手の中のクッションを外される。


「おいで、新一」


 新一の横に腰かけると、そう言って手を広げた快斗の胸に逆らわずに顔を埋める。
 回された腕が、背筋の嫌な寒さを溶かし、新一の身体を温めてくれる。


「どうしたの?」
「何でもない」
「そう…」


 よしよしと快斗に優しく頭を撫でられて、また泣きそうになる。
 切なさと幸福で胸が詰まる。

 彼が今ここに居るのは分かっている。
 それでも尚、不安は胸に巣食っている。

 彼が自分の前から居なくなってしまったら――――自分は死んでしまうかもしれない。

 それは決して大げさな表現ではなく、ごく自然にそう思える。


「なあ、快斗…」
「なに?」
「…勝手に居なくなるなよ……」


 あの日、あの時、もし止められていなかったら…、そう思うとぞっとする。
 今快斗がここに居てくれているのは、偶然にも似た何かだ。

 その偶然を離してしまわない様に、新一はぎゅっと抱きしめる。


「勝手に居なくなったら……俺は、死んでやる」
「新一…」


 何て最低な告白だろうと思う。
 もっと甘い言葉なんて幾らでも世の中には溢れているというのに。

 自分が言えたのはそんなどうしようもない言葉。

 けれど、その言葉に意外にも快斗が微笑んだのが気配で分かって、新一は快斗の腕の中で少しだけ首を傾げる。


「快斗…?」
「なんか、ちょっと嬉しくてね…」


 快斗に優しく頭を撫でられて、益々新一が首を傾げれば、快斗は笑みを深めた。


「新一がそこまで俺に執着してくれてるんだ、って嬉しくなったんだよ」
「執着って…」
「『好き』とか『愛してる』って百万回言われるより愛を感じるよ」
「っ…///」


 好きだ。
 愛してる。

 それは紛れもない事実だけど、それをそうやって言われてしまうと何だかとっても恥ずかしい。


「大丈夫。俺は……新一が裏切らない限りずっと傍に居るよ」


 その言葉がズキッと新一の胸に突き刺さる。
 ああ、きっと―――快斗の胸に巣食う不安もまた消える事はない。

 新一が不安に思うのと同じ、いや…それよりも深く深くきっと快斗の胸の中にその不安は巣食って消える事はない。
 それでも、新一は今はそれに目を瞑る事にした。

 焦る必要はない…。
 快斗は今こうして傍に居てくれている。
 それだけでもう、充分過ぎる程。


「…俺は、……裏切らないよ、快斗」


 それだけ言って、新一は静かに目を閉じた。


















































「新一…?」
「………」


 暫く静かに抱きしめていれば、いつの間にかすうすうと健やかな寝息が聞こえ、快斗は苦笑する。
 きっと、ここの所まともに眠れていなかったのだろう。

 それが漸く少しは安心できた…という所だろうか。


「でも…」


 自分が部屋に入ってきた所を思い出して、快斗は一人眉を寄せる。

 あの時、新一はソファーに横になっていた。
 そういう事は今までにも度々あったけれど、そんな時は必ずと言っていい程、手に本(推理小説)を持ったままだとか、事件の捜査資料――内心は持ち出してきて良いのかと思ったりしていたのだが――が握られていたりだとか。
 何かをしている時に、充電が切れたかのようにぱたりと眠ってしまったのだろうという事が容易に想像がつく様な状態だった。

 でも…今日は違った。

 苦しそうに少しだけ寄せられた眉。
 何かを堪える様に頭に当てられた手。
 不自然な体制で寝ていた彼に慌てて彼を起こしてしまった。

 そうでなければ、人一倍睡眠時間の足りない新一をわざわざ起こしたりせず、何かをかけてやるなり、寝室に運ぶなりしていた。
 けれど……あの時の恐怖を何と表現したらいいのだろう。

 怖かった。
 堪らなく。
 彼を失ってしまうのではないかという不安が、ざわりと心の表面を撫でた。

 慌てて起こした新一が目を開けて、あの蒼い瞳が快斗の姿を捉えた時、どれだけ安堵したか分からない。
 その後も、特におかしな様子はなかった。

 考えすぎかもしれない。
 けれど、彼の身体が普通ではない事は快斗もよく知っている。

 何度も伸び縮みをした身体が傷付いていない訳がない。
 あの身体には不似合いなパワーを引き出していたあの靴の反動だって相当に大きいだろう。

 だとすれば―――彼を失うのは…もしかしたら、そう遠くない事なのかもしれない。


「っ……」


 そこまで考えてしまった自分に寒気がして、快斗は新一を起こさない様に、それでもしっかりと彼を抱き直した。

 耐えられない。
 新一を失うなんて。
 こんなに好きで、愛しくて堪らない人を失うなんて…。


「ねえ、新一。俺はもう勝手に居なくなったりしないから……」


 ――――だから、新一も……俺の前から居なくなったりしないで……。






























to be continue….



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