頭ではこれでは駄目だと分かっていた
 彼と居た方が彼が幸せになれると分かっていた

 分かっていて尚、感情は理性を裏切る

 口にした言葉は結局彼を傷付けただけで終わり
 建設的な結果など残す事はなくまた元の位置に戻しただけ

 信じる事も
 逃げ去る事も

 どちらも選べず、ただ自分の感情だけに突き動かされていた










我が心に君深く【21】











 額に、頬に、瞼に、首筋に。
 一つ一つ確かめる様に口付けを落とす。
 抵抗するでもなくただ素直にそれを受け入れる彼に、どうしようもなく心が焼ける。

 駄目だと、それ以上するなと、頭の中でもう一人の自分が静止をかける。
 それでももう止まれない所まで来てしまっている。


「新一…」


 これ以上ない愛しい人の名を呼ぶ。
 それだけで、心が震える。

 信じ切れてなどいる筈がない。
 いつまた裏切られるかも分からない。

 それでも、どうしようもない程溢れてしまった感情は自分でも制御出来ない。


「快、斗……」


 首に回された腕に引き寄せられるままに、そっと彼の唇に触れる。
 そこで……快斗は漸く我に返った。


「……ぁ………」
「快斗?」


 不安げに呼ばれた名に快斗は複雑そうに眉を寄せ、新一をぎゅっと抱きしめた。


「ごめん」
「…何で謝んだよ」
「俺、言ってる事とやってる事が滅茶苦茶だ」


 突き放してみたり、愛していると言ってみたり。
 傷付けてみたり、受け入れてみたり。

 自分でも何をどうしたいのか最早分からなくなってきている。

 どうしようもない混乱で頭が回らなくなってきた頃、くしゃくしゃっと新一に頭を撫で回された。


「バーロ。それはそれだけお前が考えてる証拠だろ」
「……うん……」
「いいよ。お前がしたい様にすればいい。…但し、俺の傍から離れないならな」
「うん……」


 新一が苦笑しているのが分かる。
 どうしようもなくやるせなくなって、快斗は新一を抱きしめる腕に力を込めた。


「こら、快斗。苦しい…」
「ごめん」
「…ったく、しょうがねえな…お前は…」
「ごめん…」
「もう、謝んな」
「うん…」


 甘えている、完全に。
 彼の優しさに甘えきっている。

 傷付いたと、あの言葉を盾にして彼の優しさに甘えて言いたい放題言って。
 好きだと言って、愛していると言って、それでもまだ信じられないと言って彼を突き放す。

 自分でも呆れるぐらいに自分勝手で我が儘で、どうしようもない程馬鹿だ。
 それでも―――どうしようもないぐらい彼を好きだと心は叫ぶ。

 傍に居ない方が彼の為だと分かっているのに。
 彼の傍に居た方が彼は幸せになれると思うのに。

 それでも貪欲に心はこんなにも彼を求めてしまっている。


「ごめん、新一…好きだ……」
「バーロ。ごめんと好きはくっつかねえんだよ」
「ごめん…」
「だから、謝んなつってんだろーが、バ快斗」
「じゃあ、好き」
「じゃあ、って何だよ。つけたしみたいに言うんじゃねえよ」
「うん…」
「言うならちゃんと言えよ…」
「……好きだよ、新一。大好き。愛してる」


 余りにも子供染みた告白だった。
 それでも、それ以上の言葉なんて見付けられなかった。


「愛してる。新一、…愛してる」


 言えば言う程、心に染み入ってくるのが分かる。
 そして今頃気付く。
 自分がどれだけ――彼の事を愛しているのか。


「……俺も、好きだよ。快斗、………愛してる」


 幸せ過ぎて眩暈がする。
 抱きしめる腕に余計に力が籠って、それに抗議する様にどんどんと背中を叩かれた。


「バ快斗! 苦しいって…!」
「あ…ごめん…」
「ったく、そんなにきつく抱きしめなくたって、……俺はもうお前を裏切らねえよ」
「新一…」
「別に今すぐ信じろなんて言わねえし…、俺も急かし過ぎて悪かった」
「いや、新一が謝る事なんて…」
「お前を失いたくないから、俺も…気長に待つよ」
「でも…」
「嫌なんだよ。お前が…俺の前から居なくなるなんて考えたくもない……」


 肩口に顔を埋める様にして、呟いた新一の頬の熱が上がっているのが快斗にも伝わってくる。
 見なくても分かる。
 きっと耳まで真っ赤になっている筈だ。

 そこまで想像して、快斗は少しだけ落ち着きを取り戻した。


「俺、新一の傍に居てもいいのかな…?」
「バーロ。今更勝手に居なくなるなんて許さねえからな」
「…俺は新一を傷付けるよ?」
「…俺はお前を傷付けた。だからお前にも俺を傷付ける権利がある」
「でも俺は…」
「なあ、快斗。俺が傷付くぐらいでお前が傍に居てくれるなら、俺は幾ら傷付いたっていいよ」
「………」
「それに、お前が居なくなる方がよっぽど俺が傷付くとは思わないのか?」
「……それはきっと時間と白馬が解決してくれ…」
「…それ以上言ったら殺すぞ、快斗」


 お仕置きだとばかりにぎゅーっと思いっきり腕を絞められて、今度は快斗の息が詰まる。


「ごめん、俺が悪かった。だから新一…」
「分かればいいんだよ、分かれば」


 そう言って満足そうに腕を緩めた新一に、快斗は溜息を吐く。


「そっちのが絶対幸せになれるのに」
「何が幸せかなんて、本人にしか分かんねえだろ」
「それはそうだけどさ…」
「それに大体、何でここで白馬を持ってくんだよ」
「だって…」
「…そういえば、お前今日白馬に会ったんだったな」
「…………何で知ってんの?」


 ざわり、と胸の奥で何かが蠢く。
 自分から話を振った癖に、それでもこうして嫉妬は生まれる。

 本当に…救い様がない。

 そんな快斗の気持ちを見透かした様に、新一は苦笑した。


「お前が思ってる様な事は何もねえよ」
「…でも、」
「大体、お前が言ったんだろ? 白馬に俺に会いに行けとでも」
「…アイツがそう言ったのか?」
「いや。でも、アイツがお前と会ったのなんてお見通しだ」


 俺は探偵だぜ?と、耳元で囁かれて、今度は快斗が苦笑した。


「アイツ、俺と会った事言った訳?」
「いや。最初は言わなかった」
「最初は?」
「ああ。履修ガイド、俺も見せたんだよ。白馬に。
 んで、アイツ最初は素知らぬ振りして書き写してたんだけどさ、そのスピードが早過ぎたんだ。
 で、分かったんだよ。アイツはこれを一度見た事がある。そしてそれを見せる事が出来るのは、快斗、お前だけだ」
「……それはそれは……」


 何と言うか、快斗は白馬に嫉妬した事をほんの少しだけ後悔した。
 そして、彼をほんの少しだけ哀れに思った。


「ねえ、新一」
「ん?」
「もしかしなくても、途中で気付いた癖に全部書き写させた?」
「当たり前だろ」
「……ホント、いい性格してるよね……」
「アイツが悪い。俺がしたのはそれに対するほんの趣向返しだ」
「俺、ちょっとだけ白馬に同情する…」


 快斗は嫉妬した白馬に心の中だけで詫びておいた。
 本当に少しだけ…可哀相だ。


「何だよ、今度は白馬の味方かよ」
「いや…何て言うか……ホント、アイツっていい奴だよな…」
「今更気付いたのかよ」
「…ホントは多分ずっと前から気付いてた。気付いてて、でも見ない様にしてた」


 本当は優しくてお節介で、超が付く程のお人好し。
 悪役を気取ってみようにも、その優しさが仇となって結局『悪役もどき』の上に更には『恋のキューピット』だ。
 全く…本当にいい奴過ぎる。


「新一が選んだのがアイツじゃなかったら、多分今頃こうなってないよ?」
「それは俺もそう思う」
「流石名探偵。人を見る目、あるんだねー」
「快斗。お前それ褒めてんのか? それとも貶してんのか?」
「さて、それはご想像にお任せしましょう」
「んじゃ、褒めてると思っといてやるよ」


 クスクスと笑う新一に、快斗は漸く安心する。
 安心して、改めて包み込む様に新一を抱きしめた。

 出来る限りの優しさで包んでやりたかった。


「新一」
「ん?」
「大好き。愛してる」
「……俺もだよ、快斗」


 背に回された手が優しくて、今度は切なさではなく愛しさで胸が締め付けられる。
 大切で大切で堪らない人。
 どうして……離れられるなんて思えたのか今では分からない程。


「新一…やっぱり無理」
「は?」
「俺、新一から離れるなんて出来ない」
「…何だよ、さっきは終わりだ何だって言ってた癖に」
「新一の意地悪」
「意地悪はどっちだ」


 呆れた様に笑われて、快斗も苦笑を漏らす。
 確かに、そう言われても仕方ない。


「そうだね。俺は意地悪で我が儘だ」
「そんなの知ってる」
「で、新一は俺様、女王様…と」
「…お前、喧嘩売ってんのか?」


 言葉こそ甘さのない言葉だったが、響きは酷く甘い。
 甘くて甘くて蕩けそうだ。


「売ってないよ。だって大好きだもん」
「…っ……あんまり好き好き言うな……///」


 照れた様に言った彼の顔は見えなかったけれど、きっと真っ赤なのだろうと容易に想像がついて、益々彼が愛おしくなった――。






























to be continue….



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