『友人』でいい
 こうやって今隣に居られる

 でも…

 でも、本当は
 『友人』じゃ足りない


 こんなにも
 君が好きなのに……










我が心に君深く【2】











「おじゃましまーす♪」
「………」


 何だか頗る楽しそうにそう言って。
 さっさと靴を脱ぎ、自分を先導する様に家に入って行く快斗の後ろ姿を新一は少し複雑そうに、しかし少し安堵して見詰めていた。

 前回この状態だった時は、彼は自分の想いなど知らなかった。

 でも今は知っている。
 知っていて、こうして家に上がる。
 それにどういう意味があるか、なんて知りもせずに。


「工藤」
「ん?」
「とりあえず珈琲飲む?」
「ああ。って、お前、何ナチュラルに淹れようとしてんだよ」
「えっ…?」
「お前は客。俺は家主。普通は俺が淹れんの。分ったか?」
「いや、だってさ…」
「いーから、大人しくソファーにでも座ってろ」


 ナチュラルに缶チュウハイやらつまみやらを冷蔵庫にしまって、至って当然の如くそんな事を言って下さった快斗の頭を新一は後ろから軽く小突く。
 そうして、ちょっと不満げな顔を浮かべた快斗をスルーして、キッチンの戸棚から珈琲豆を取り出す。


「ねえ、工藤」
「ん?」
「此処に居ていい?」
「は…?」


 後ろから聞こえた快斗の声に新一が振り返れば、、いつの間に持ってきたのか快斗はダイニングテーブル用の椅子を直ぐ傍まで持ち込んでいて、背凭れを前にする形で腰をかけて背凭れに腕を乗せその上に顎を乗せた体制のまま、じーっと新一の様子を見詰めていた。
 その視線は優しく、けれど少しだけ熱の籠ったもので。
 新一は頬に熱が集まるのを見られない様に、快斗に背を向けた。


「居たきゃ居ればいいだろ…」
「うん。ありがとう」


 背中に感じる視線に上がる体温を悟られない様に、新一はコーヒーミルの準備に取り掛かった。








































 サイフォンのロートを外し、珈琲を注ぐカップを食器棚から取り出そうとした所で一瞬手が止まる。
 一番手前にあったカップを避け、その後ろに置いてあったペアのカップを取り出す。

 あの日あの時、一度使ったきりのそれ。
 こうしてもう一度使える日が来るなんて思わなかった。

 上がってしまいそうになる口元を何とか必死で抑え、カップに珈琲を注ぐ。
 立ち昇る香りに少し心が落ち着く。

 カップを両手に持って新一が後ろを向けば、酷く真面目な顔をした快斗と視線がぶつかった。


「工藤」
「ん…?」
「持つよ」


 椅子から立ち上がって、新一の手からカップを受け取った快斗の手が一瞬触れた気がして、鼓動が跳ねる。
 そんな自分を頭の中のもう一人の冷静な自分が笑う。

 ああ、何だか…中学生の恋愛の様だ、と。


「悪い」
「いーえ♪」


 何がそんなに楽しいのか。
 全く分らないのだが、酷く楽しそうにカップを受け取って、快斗はてこてこと歩いて、ソファーテーブルにカップを二つ置いた。
 そして、ソファーに腰をかけると、自分を近くでじっと見詰めている新一に首を傾げた。


「座んないの?」
「いや、座るけど…」
「けど…?」
「……いや、何でもない」


 距離が近いとか。
 思わず触れてしまいそうだとか。

 そんな感情を口に上らせる事など出来る訳が無くて、新一は複雑な気持ちのまま快斗の横に腰を下ろした。
 若干でも距離を取ろうと、端の方に腰を下ろしたのは許して欲しい。


「もうちょっとこっちくればいいのに」


 クスッと笑った快斗は、新一が何を気にしているのか何て全てお見通しだ。
 それが歯痒い。


「るせーよ。別にいいだろ」
「そんなに警戒すんなよ。何もしねーから」
「っ…」


 クスクスと笑いを深めて。
 笑みを浮かべたまま紡がれた快斗の言葉に嘘はない。

 そう、嘘がない事が問題だ。

 自分は彼が好きで。
 彼も自分を好きだと言ってくれて。

 昨日だって抱き締められて、キスされて……けれど、戻ったのは結局『友人』というポジションだ。

 確かに、確かに自分だってそれを求めた。
 彼が離れてしまうなら、せめて『友人』に戻りたいと切実に願った。


 けれど――。


 ―――お互いに気持を告げたのに、両思いなのに……どうしてまた『友人』で居なければならないのだろう。


 それが自分の『罪』に対する『罰』なのは新一だって分り過ぎる程分っていた。
 頭では分ってはいても……気持ちは付いてこない。


 ぎりっと唇を噛みしめた新一に苦笑して、快斗はそっと新一の頬に手を伸ばした。
 ビクッという過剰過ぎる反応に苦笑を深めて、親指でそっと唇を撫でる。


「止めろよ。綺麗な唇に傷が付く」
「綺麗なんかじゃな…」
「綺麗だよ。工藤は…全部綺麗だ」


 真っ直ぐに彼の蒼い瞳を見詰めて快斗が真摯にそう呟けば、辛そうに視線が外された。

 快斗だって分っている。
 新一が何をどう思って、何を苦しんでいるかなんて。


 でも………それは新一の『罪』に対する『罰』だ。


 それを否定してやるつもりは快斗にはない。
 傷付けられた事を根に持っているのかと問われれば、恐らくそうだろう。
 でも一番は…怖くて怖くて仕方ないのだ。


 ―――受け入れた振りをされて、また最後に否定されるのが。


 新一は快斗を好きだと言ってくれた。
 けれど、また『犯罪者』だと言われて、全部全部否定されるかもしれない。
 それを思うと、怖くて怖くて堪らなかった。

 だから……まだ新一を受け入れる訳にはいかなかった。


「悪い。何もしないって言ったな」


 ぽふぽふと頭に数度優しく触れて。
 快斗は新一から身体を離し、適度な距離を作った。

 それを寂しそうに新一が見詰めたのを分っていて、敢えて距離感を作る。


「工藤」
「…何だよ」
「そろそろ飲もっか?」


 さり気なさを装って、時計に視線を移す。
 時計の針はまだ夜とは言えない時間をさしていたけれど、明日は休みだし、悪くないと新一も頷いた。


「お、おぅ…。飲むか」
「だな。持ってくるからちょっと待ってろよ」
「ああ」


 冷蔵庫へ諸々取りに行った快斗を見送って、新一は詰めていた息を吐き出した。

 全く…どうしようもない。
 昨日の今日でこれだ。
 これから毎日やっていけるのか若干不安になる。

 そうして思い出すのは、先週の事。
 一週間の間に、色々とあり過ぎてすっかり時間が流れた気でいたが、快斗と前回飲んだのは紛れもなく先週だ。
 そう、先週の金曜日。
 ちょうど一週間前の事。
 たった一週間の間に、本当に色々な事があったものだ……。

 はぁ…と一つ溜息を吐けば、ズボンのポケットの中で携帯が震えた。


(あ、そういや授業の時にマナモードにしたままだったっけか…)


 慌てて取り出せば、電話ではなくメール。
 見知った相手からのそれを開いて、新一は苦笑した。



『今日は大丈夫でしたか?』



 簡潔だが、相手の優しさが伝わってくる気がして、何だかほっとする。
 何だかんだ言ったって、何だかんだあったって、やっぱり彼は――優しい。

 彼には諸々の事情を昨日の夜、メールで伝えた。
 その時に、今日の授業に出ない事をとても申し訳なさそうに詫びていたのを思い出す。


(きっとアイツ…俺が思ってるより気にしてんだろうなぁ…;)


 根が優しい彼の事。
 本当に、本当に深く気にしているのだろう。
 まあ…確かに褒められた事ではないが、それだって新一が悪かった訳で。
 彼を責める要素を新一は見付ける事が出来ない。

 結局―――最初から最後まで、新一にとって彼は『良き友人』である事に変わりはない。



『ああ。アイツとは…上手く友達やれてるよ』



 簡単な文章を打ち終えて、携帯を閉じようとしたところで、諸々を持った快斗が戻ってくる。
 そして新一の手の中にある携帯に目を止めると、少しだけ眉を寄せた。


「メール?」
「ああ」
「……白馬?」
「ああ。そうだけど…」
「そう…」


 パタン、と携帯を閉じ、その携帯をポケットに突っ込む。
 そんな新一の一連の行動を快斗は手にした物を置く訳でもなく、そのまま見詰めていた。


「ん? 何だよ。どうした?」
「別に…」
「とりあえず、それ置けば?」
「ああ…」


 何だか、動作がぎこちない。

 舞台の為、そしてキッドの為。
 普段でも見られる事を意識している快斗の動きはいつだってしなやかで華麗だ。
 そんな快斗が、何だか不自然なぐらいぎくしゃくと、ソファーテーブルの上にワインやつまみや缶チュウハイを置いて行く。
 不自然な快斗の様子に新一は首を傾げる。


「何か…あったのか?」
「………」


 ことん、と首を傾げた新一に、快斗は深々と溜息を吐く。
 そうして、ちょこんと座ったままだった新一の横に腰かけると、じっと新一を見詰めた。


「工藤」
「ん?」
「聞きたい事がある」
「何だ?」
「……えっと……」


 聞きたい事があると言った癖に、まだ悩んでいるのか、視線を彷徨わせ言い辛そうに一度口を噤んだ快斗に新一は再度首を傾げた。

 昨日の今日で。
 きっとお互い言いたい事はある程度言った…筈。
 まだ何か引っ掛かる所があるのだろうか?


「言いたい事があるならハッキリ言え」


 この際だから、今のうちにお互いに言いたい事は吐き出してしまった方が良い。
 何たって今は『友人』だ。

 そんな風に自分を内心で励まして。
 新一は色々覚悟の上でそうはっきりと告げてやった。

 そんな決意の眼差しで新一にじっと見つめられ、快斗は深いふかーい溜息を吐いた。


「工藤…」
「何だよ」
「あのさ、…」
「ん?」
「白馬とは、……その……」
「…?」
「別れたんだよな……?」
「ああ……」


 そういう事か、と漸く新一は納得した。

 自分と白馬の中ではお互いに色々な行き違い(…)やら何やらは解消されていたのだが。
 自分の事で一杯一杯ですっかり忘れていたが、そういえば(…)快斗にはその辺りの事情をまるっきり話していない訳で。


(そりゃ、気にするか……;)


 自分が白馬との事は何だかすっかりすっきり(…)してしまったので忘れてしまっていたが、快斗は新一が白馬の事を好きだと思っていた訳で。
 まあ尤も、自分がそう言った訳なのだが……。


(あ……そうか。快斗にとっては実質的に…白馬は元彼になる訳か……ι)


 物凄く今更な事に、今更気付いて、漸く快斗の態度の理由が分った。
 何だか自分は快斗に物凄く可哀想な事をしている気がする。
 これは今不安になっているであろう、新一を信じられないであろう快斗にとっては非常に良くない事だ。
 だから―――。


「なあ、黒羽」
「……何、…?」


 ―――ちゃんと説明をしてやらなければならない。

 急に酷く真面目な声色で新一に呼ばれて。
 ビクビクといった形容詞がぴったりな程、怯えた表情をした快斗の頬にそっと新一は触れる。
 それによりビクッとなった快斗に苦笑しながら、新一は努めて優しい声で言った。


「お前に言ってない事がある」
「…何……?」
「そうだな。話すと少し長くなるんだけど…いいか?」
「…うん」


 こくんと小さく弱々しく頷いた快斗を、新一はこっそり可愛いと思った。
 普段、嫌味なぐらいカッコイイ快斗がこんな風な顔を見せるのは自分だけだと思うと何だか酷く歪んだ優越感で満たされる。

 けれど、今はそれに満たされている場合ではない。


「じゃあ、とりあえず……」


 ――――話す前に、酒でも飲むか。


 それでも、酒に逃げる事をしないと真実を言えそうにない自分の意気地無さに新一は内心でおもいっきり苦笑した。






























to be continue….



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