小さくとも一歩ずつ
焦らずに一歩ずつ
少しずつ少しずつ
出来る事から始めていこう
そうすれば
――きっと未来は見えてくるから
我が心に君深く【19】
告げられた言葉に思わず顔が緩みそうになるのを必死に堪えて、新一は何ともない様な振りを装う。
「別に、来たきゃ来ればいいだろ」
言ってから、しまった…と思う。
いつもこうだ。
つまらない意地を張って、本音をひた隠しにして。
その癖、彼がどうにか自分の本音に気付いてくれるのを期待している。
狡くて卑怯だ。
駄目だ。
これでは――――何も変わらない。
「…俺も、逢いたいし……」
電話の向こうで息を飲む音がした。
次いで聞こえたのは、快斗の嬉しそうな声。
『分かった! すぐ行く! そっこーで行くからちょっとだけ待ってて!!』
「あ、おい…快斗っ…!」
ツーツーという電話の切れた音が聞こえて苦笑が漏れる。
いつだって本当の彼は素直で、分かり易くって…優しい。
それを歪めてしまっていたのは…間違いなく自分だ。
白馬も。
快斗も。
きっと自分を責めているのだろうけれど、悪いのは彼等ではない。
『真実』から目を背け、逃げ続けていた自分が悪い。
彼等を傷付けてから漸くそれに気付いたなんて、余りにも身勝手で余りにも狡い。
それでも…相変わらず彼等は優しいから。
それに甘えそうになる。
きっと…それではいけない。
出来る事から一歩ずつ。
そうしなければ、いつまでだって前には進めない。
「分かってんだけど…やっぱ……///」
自分がさっき言った言葉を思い返して、頬に熱が上る。
やはりこういう事は慣れない。
恥ずかしくって仕方ない。
「アイツが来たらどんな顔して逢えばいいんだよ…///」
頬に上る熱と折り合いをつける為、落ち着く様に珈琲でも淹れようとソファーから立ち上がる。
瞬間、くらっと眩暈を感じ、倒れかけた所で危うくソファーへと逆戻りする。
「っ…と……」
眩暈を抑える様にこめかみを押さえる。
目を瞑って少しだけそうしていれば、落ち着いてくる。
それでも、一応大事を取ってソファーに横になった。
彼が来る前で良かったと思う。
必要以上に心配はかけたくない。
この姿に戻りたいと願ったのは自分だ。
これは…その為に必要だった代償。
その代償は自分だけで背負っていかなければいけない。
誰にも言う事無く、ただ自分の中で処理すればいいだけ。
それが…少し辛いとしても。
「ああ、早く…」
少しだけセンチメンタルになってしまった自分に苦笑して、新一は天井を見上げ小さく呟いた。
―――アイツの顔がみてーな………。
「…ぃ……」
「………」
「…し……ぃ…ち……」
音がする。
心地良く耳に馴染む様な音にゆっくりと意識を浮上させられる。
「新一」
「ん……」
思い瞼を持ち上げれば、心配そうにこちらを覗き込む快斗の顔があった。
「こんなとこで寝てたら風邪ひくよ」
「あ…俺、寝てた…か…?」
「うん。チャイム鳴らしても全然反応ないから心配で勝手に入っちゃった。ごめんね」
「いや、それは全然いいんだけど…」
あのまま寝てしまったらしい。
想像以上に、身体にガタがきていたのかもしれない。
「おはよう。新一」
緩慢な動作で身体を起こせば、そう言って微笑まれる。
そこで漸く、自分が寝る前に彼に言った言葉を思い出した。
『…俺も、逢いたいし……』
恥ずかしさを堪えてあれだけの言葉を絞り出したのに、寝こけていたとは何事か。
それに更に恥ずかしくなって、新一は小さく呟いた。
「わりぃ…。俺が呼んだのに…」
「いいよ。普段あんまり寝ないんだから、寝られる時に寝ておいた方がいい」
「ん…」
何だかまともに快斗の顔を見るのが気恥ずかしくて、少しだけ視線を外したまま小さく頷く。
労わる様にそっと頭に触れた彼の手に心臓が派手過ぎる音を立てる。
「寝るならちゃんと部屋で寝た方がいいよ」
「いや、起きる…」
「そう? 眠いんだったら寝た方がい…」
「折角お前が来てんのに…寝たら勿体無い……///」
言ってから、自分の頬に熱が上がって行くのに耐えられなくて、顔を少しだけ快斗から背ける。
頬が熱い。
もしかしたら耳まで熱いかもしれない。
「…ねえ、新一」
「な、何だよ…」
「ごめん…」
「えっ…」
言われた瞬間、感じる温もり。
自分を包む温もりで漸く新一は自分が快斗に抱きしめられたのだと気付いた。
「あんまり可愛い事言わないで。理性、持たなくなる」
「な、何だよ…それ……」
「俺も普通の男の子って事」
「快、斗…」
「…好きだよ、新一」
「っ…///」
抱きしめられた腕の中で、頭が沸騰しそうになる。
全身の血液が熱で沸いてしまうんじゃないかとも思うほどに、頬だけでなく身体全体すら熱くなってしまった気さえする。
恥ずかしくて。
照れくさくて。
でも、それよりも何よりも、嬉しくて幸せで。
抱きしめられた腕の中、そっと目を閉じた。
彼の鼓動も自分と同じようにドキドキと音を立てているのにクスッと小さく笑う。
ああ、自分だけではない。
そう思うと、何だか酷く安心して素直に言葉が溢れた。
「俺も…好きだよ、快斗」
快斗の胸に顔を埋めて、思わず泣いてしまいそうになる。
好きだと言ってくれて。
こうやって抱きしめて貰って。
それだけでこれ以上ないぐらい幸せだった。
このまま時が止まってくれればいいと思った頃、背に回されていた温もりが離れた。
「快斗…?」
不思議に思って顔を上げれば、酷く複雑そうな顔をした快斗と目があった。
「ごめん。俺から言い出したのに…」
言われた言葉が直ぐには理解できず、しぱしぱと瞬きをする新一に快斗は苦笑して、ぽふぽふとその頭を撫でる。
「俺は新一に『友達』から始めようって言っただろ?」
「ああ…」
言われて漸くさっきの言葉の意味を理解して、快斗のその表情にも納得がいった。
確かに『友達』ではこんな風にはしない。
「駄目だね。言った本人がこんなんじゃ…」
そう言いながら、新一から身体を離そうとした快斗を、新一は反射的に強く抱きしめていた。
「…し、新…一……?」
「ぁ……」
抱きしめてから自分の行動を自覚して、新一の口から思わず声が漏れる。
それでも、腕を緩める事は出来なかった。
快斗が戸惑っているのは分かっていた。
それでも、この温もりを離したくないと思ってしまう。
傍に居られれば良いと思っていた。
友達だってなんだって、快斗の傍に居られれば良いと思っていた。
でも―――それでは絶対に足りない事は嫌という程知っていた。
本当に欲しいのが心からの信頼である事に変わりはない。
信じて貰えなければ先がないのだって分かっている。
傍に居て。
少しずつ少しずつ信頼関係を作っていって。
そうして信じて貰えた頃に『恋人』になっていくのが一番良いのだと分かっている。
それでも―――この温もりを与えられてしまったら、もう耐えられなかった。
「……無理だ」
「…新一?」
「……こんなに近くに居るのに『友達』で居るなんて俺には無理だ」
言いながら、ぎゅっと更に腕に力を込める。
そう、無理だ。
触れられる距離に居るのに、そんな風に言われてこの温もりが離れてしまうなんて無理だ。
「………」
快斗の沈黙が痛かった。
痛くて堪らなくて、ぎゅっと目を閉じる。
我が儘なのは分かっていた。
自分が彼を傷付けて、それでも彼は自分にチャンスをくれたのに、それを自分はふいにしようとしている。
それでも―――もう限界だった。
「ごめんね。新一…」
よしよしと頭を撫でられて、泣きそうになる。
それでも何とか涙を堪えれば、少し躊躇った様な間があった後、優しく抱きしめられた。
「…ホント、意志薄弱だな…俺は……」
自嘲気味に言われた言葉に、新一は苦笑する。
そんなの自分だって一緒だ。
「俺も変わんねえよ」
「そう? でも、言い出したのは俺だよ?」
「でも、俺だってそれを受け入れたんだ。同じだよ」
「そっか…」
少しだけ安心した様に洩らされた声に快斗の気配が少し和らいだ気がした。
それに少しだけ安堵して、新一も肩の力を少し抜いた。
「なあ、快斗」
「ん?」
「やっぱり俺の事信用できねえか?」
「………」
分かり切った事を聞いた。
当然返ってきた沈黙も分かり切っていた。
それでも聞かずにはいられなかった答えを聞いた事に、その瞬間後悔する。
「そうだよな。まだ…何日も経ってねえしな…」
急いている、と新一自身ですら思う。
それでも…好きだから傍に居たら触れたいと思う。
頭では分かっていても、心は貪欲にそう願う。
願わずには―――いられない。
「そうだね…」
曖昧に誤魔化す様に続けられて、余計に切なくなる。
苦しくて、切なくて、それを誤魔化すためにほんの少しだけ腕に力を込めた。
「快斗」
「何?」
「…もうちょっとだけ、このままでいていいか…?」
「うん…」
受け入れられたのではないと新一だって分かっていた。
それでも、今はただもう少しだけこの温もりを味わっていたかった―――。
to be continue….