彼は優しい
 そして彼も

 自分の周りは
 余りにも優しさで溢れていて

 気付いたその事実に
 泣きそうになった…










我が心に君深く【18】











「では工藤君、何かあったらいつでも連絡を下さいね?」
「白馬、お前ホント心配し過ぎ。大体、月曜に会うだろうが」


 玄関先まで送りに出た新一に、そう心配そうに告げる白馬に新一は苦笑する。
 全く、この友人は最後の最後まで優し過ぎる。


「それもそうですが…」
「まあ、でも……さんきゅ…」


 少しばかり照れくさくて、少し視線を逸らしてそう言えば、ほんわりとした笑顔を向けられて、余計に頬に熱が集まる。
 いつだってこうやって柔らかく笑ってくれる彼に甘えてしまうのは、彼がどこまでも優しい男だと知っているからだ。

 優しくて。
 お人好しで。
 その癖時々酷く真面目な瞳を向ける。

 そんな彼は新一にとっては今は無ければならない存在にまでなっている。


「僕はいつでも君の味方ですから」


 極上の笑みと共に言われた言葉は、余りにも甘美だった。








































「…ったく、ホントアイツもお人好しだよなぁ…」


 ソファーに深く身体を沈めながら、天井をぼーっと見詰め新一は小さく呟いた。

 未だ自分を好きなのだと彼は言った。
 それでも、快斗を想うこんな自分を心配してくれるだなんて余りにもお人好しだ。
 勿論、自分と快斗を欺いていたという罪悪感もあるのだろうが、それがもしなかったとしても彼の取る行動はさして変わらないだろう。

 本当に、自分の周りにはお人好しが溢れかえっている。

 それに比べてこの自分の身勝手さは何だろう。
 快斗を傷付けたのが分っていながら、それでもなお今の現状では足りないのだと貪欲に叫ぶこの心の醜さときたら…。


「はぁ…」


 小さく零れ出た溜息がより気持ちを重くさせる。
 ズルズルとソファーから滑り落ちるギリギリの所まで落ちて、手の甲で視界を覆う。


 暗闇が落ち着く様になったのは一体いつからだろう。


 あの小さくなっていた時期の事が全てだとは言わない。
 それでも、あの期間のあの出来事はきっと自分の人生の何もかもを変えてしまった。

 きっとあの一件が無ければ、あのまま『平成のシャーロック・ホームズ』なんて言われて周りに褒めそやされるままに天狗になっていただろう。
 幼いままの興味本位だけの様な状態で事件に首を突っ込んだかもしれない。

 闇を見た気がした。
 決して浮上する事の出来ない真っ暗な闇の世界を見た気がした。

 気持ちが折れそうになった事だって沢山あった。
 全て投げ出して自分と言う偽りの存在を消してしまいたいとすら思った。
 それでもそれをしなかったのは――――。


 ――――独り孤高に立ち続けるあの真っ白な彼の姿に、いつの間にか救われていたからかもしれない。



「探偵が、怪盗に救われたなんてな…」



 自分だけ独りぼっちなのだと思っていた。
 自分ばかり不幸なのだと思い違いをしていた。

 けれど自分には何人かの秘密を共有できる仲間とも言える人間が居て。
 秘密を知らなくても、それでも周りには優しい人間が沢山居て。

 彼にも仲間は居ると聞いてはいた。
 老人と女性が一人だと、いつか聞いた事があった。

 居るだけマシなのかもしれないが、それでも自分より余程孤独なのではないかと彼の真っ白な後ろ姿を見ながらいつか思った。
 月に石を翳す彼の姿が余りにも寒々しく孤独に見えた。



「そういや…アイツにはまだ何にも言ってねえんだな……」



 そう、まだ何も伝えていない。

 どうして彼に興味を持ったのか。
 どうして彼に惹かれたのか。

 どうして―――傍に居たいと願ったのか。



「ああ、俺はまだ――――」



 ―――――何もしていなかったのかもしれない……。



 彼に好きだと告げて。
 彼の傍に居たいと伝えて。

 考えてみればそれだけだった。

 自分の気持ちを押し付けるだけ押し付けて。
 彼の気持ちも同じであって欲しいと勝手に願って。

 自分はまだきっと何の努力もしていない。
 傷付いて見せて、彼の関心を引こうとしている唯の子供だ。
 そんな事していたって…何の解決にもなりはしない。

 傷付いたのも本当。
 傷付けたのも本当。

 彼はもう一度一からやり直そうと言ってくれたのに、自分はまだそればかりを引き摺ったまま。
 引き摺って、自分を憐れんでいた。それだけ。


「…やれる事から、か……」


 気付いた事実に居てもたってもいられなくて。
 新一は柄にもなく慌てて携帯のアドレス帳を開いた。


















































 RRRRR…RRRRRR…


「……?」


 白馬と別れて、少しだけ晴れた気持ちと更に暗く淀んだ気持ちを引き摺りながら隠れ家に戻って。
 膝を抱えるようにフローリングに座り込んでいた快斗の耳に携帯の着信音が響く。

 一体誰だろうとディスプレイを見れば、そこにはつい朝会ったばかりの愛しい人の名前が映し出されていた。


「新…一……?」


 彼が一体自分に何の用だろう?
 朝会ったばかりなのに…。

 若干の不安と、それでも愛しい人からの電話に逸る気持ちを何とか抑えつつ、平静を装って快斗は通話ボタンを押した。


「もしもし?」
『…悪い。忙しかったか?』
「えっ…何で?」
『いや、何か急いでる様な気がして…』


 流石は名探偵。
 幾ら快斗が平静を装ってみた所で、逸る気持ちはしっかりばれてしまっていたらしい。
 それでも、自分のことには疎い彼のこと。
 それが自分のせいだとは微塵も感じていない物言いに、少しだけ笑みが零れる。


「…いや、全然。暇を持て余してたとこ」
『それならいいんだけど…』


 こういう所が可愛いと思う。
 いや、正確に言えば『こういう所も』だが。

 持って生まれた美貌と、高過ぎる知性と、カリスマ性と、そして快斗の心を奪って離さない真実を見抜くあの蒼い瞳。
 皆々、人を引き付けてやまないものを持っている癖に本人はそれには全く気付いていない。
 人のことはあんなに細かく分かる癖に自分の事には超がつく位鈍感。
 全く、神様も時々稀有な生き物を作るものだと感心してしまう。


「それよりどうしたの? 何かあった?」


 新一の声から察するに何か悪い事があった様な気はしない。
 だから快斗が暢気にそんな事を聞けば……あり得ない言葉が返ってきた。


『…いや、……ちょっと………お前の声が聞きたかっただけで………』


 最後に向かうにつれて徐々に小さくフェードアウトしていく声は、けれどどれだけ小さくなっても快斗の耳にしっかりと届いた。


「……えっ……えっと………///」


 一度目に耳を疑って。
 二度目に真っ白になった頭に音だけが届いて。
 三度目に漸くその言葉が本来の意味になって頭へと届く。

 届いたと同時に、快斗の頬にどうしようもない熱が伝う。


『…何だよ』
「いや…」
『……何とか言えよ』
「う、うん…」


 照れ隠しだろう。
 わざとつっけんどんに言われる言葉にも、いつもの様に言葉を返す事が出来ない。


 戸惑いと。
 困惑と。

 そしてどうしようもない―――幸福。


 突然現れたその幸福に、どうして良いか分からず、快斗は珍しく言葉を持て余してしまう。


『うん、じゃねえよ。何とか言えって…』
「ああ、ごめんね。でも…」
『……?』
「幸せ過ぎて何て言っていいのか分かんなくて…」
『っ……』
「そう言ってくれて凄く嬉しいよ。ありがとう。新一」
『………』


 無言の彼が今電話の向こうでどんな顔をしているかなんて、快斗には手に取る様に分かる。
 きっと顔を真っ赤にして、唇を少しだけ引き結んでいる筈だ。

 その顔を見られないのが少しだけ惜しいと思う。


「…でも、珍しいね。新一が、そんな事言うなんて」


 照れ屋で。
 意地っ張りで。
 恥ずかしがりで。

 いつだって本心を悟られない様に必死で。
 けれどそんな所が酷く可愛いとは思うけれど、それと同時にそれが少しだけ歯痒く感じる。

 それがいつもの新一との距離だと思っていたのに、今日はいつになく素直だ。
 感じたままの不安をそのまま言葉に乗せれば、少しだけ間のあった後、小さな呟きが返ってきた。


『俺…何もしてないと思ったんだ』
「何も…してない?」
『ああ。だから……少しぐらい、その……』
「少しぐらい素直になってみようと思った?」
『……まあ、そんなとこだよ…』


 相変わらず言い方はそっけなかったけれど、きっと彼は今頃憤死しそうなぐらい恥ずかしいのを必死で堪えているだろう。
 それが想像に難くなくて、快斗の口元には益々笑みが浮かんでしまう。


「ホント新一ってかわい…」
『言うな! その先は言うんじゃない!!!』
「……そういうのが一番可愛いんだよvv」
『煩い!!!』


 ああ、もう…何だってこの人はこんなに可愛いんだろうか。

 可愛くて。
 愛しくて。
 どうしようもないぐらいに恋しい。


「…ホント、大好きだよ。新一」
『………』


 一瞬で静かになった事に、忍び笑いが漏れる。
 本当に素直過ぎるぐらい素直で可愛い。
 堪らなく愛しい。


「ねえ、新一」
『……何だよ』


 好きだ。
 本当に好きだ。
 どうしようもないぐらい、好きで好きで―――愛してる。


「今忙しい?」
『…忙しかったら電話なんてかけてねーよ…』
「それもそっか。じゃあさ……」
『ん?』

「逢いに行ってもいいかな?」




 ―――――もう、一秒だって離れて居られないと思った。






























to be continue….



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