本当は分っていた
どうしてコイツが此処に来たかなんて
俺は『探偵』
そういうのは――
――大得意だった
我が心に君深く【17】
折角新一が気を使って『履修ガイド』なんてものを見せて下さったので、白馬はポケットからメモとペンを取り出した。
他の人間がこういう物を何かの時でなく突然取り出したらそれこそわざとらしいのだろうが、こういう物を普段必ず持ち歩いていても不自然にならないのは、探偵の特権だと思う。
そうして全てを写し終えると白馬は履修ガイドをきちんと閉じて、新一へと返した。
「有難うございました」
「おう。で、白馬」
「何ですか?」
「お前、どうせコレ、快斗にも見せられたんだろ?」
「………」
ニヤリ、と口の端を持ち上げて履修ガイドを白馬から受け取った新一に、白馬は言葉を失って、そして少しの間の後深々と溜息を吐いた。
「どうして分ったんですか?」
「スピードだよ」
「スピード?」
「ああ。これだけ授業数のある中で、お前は最短のスピードでそれを書き写した。
幾ら印が点けてあるとはいえ鉛筆で付けただけの分り辛い印だ。決して見易いものじゃない。
それにも関わらず、お前は迷いもせずにメモを取っていた。それにメモを取るスピードも速過ぎた。
まるで、一度それを見た事があるか、最初からその時間を知ってるみたいにな。
もしお前が俺と快斗の取る時間割を分ってコレを見ていたんだとしたら…ソレを知らせる事が出来るのはアイツだけだ」
「…元々僕がメモを取るのが早いという可能性は?」
「ばーろ。普段のお前の速度を知ってる俺に聞くのか?」
「…これだから同業者は嫌ですね」
授業が同じ、そして隣の席に座った事のある新一なら普段の白馬のメモを取るスピードも知っているだろう。
全く…本当に、これだから『探偵』は困る。
「それで、君はそれを途中で気付いた癖にわざわざ最後まで僕にメモさせたんですか?」
「いいだろ。素知らぬ振りをしてみせたお前への趣向返しだ」
「悪趣味ですね」
「そりゃどーも」
白馬が眉を顰めても、新一は楽しそうにクスクスと笑うばかりで。
白馬は吐きたくもない溜息をもう一度深々と吐いた。
「そこまで分っているなら、どうせ僕がここに来た理由も分っているのでしょう?」
「まあ、大方はな」
新一と快斗が授業の取り方を相談したのが昨日。
しかも快斗が帰った時間を考えれば、きっと今日白馬と快斗は会ったと推測出来る。
快斗と会って、そうして態々その後に新一に会いに来た。
この目の前の男の優し過ぎる部分も考慮に入れれば、後は簡単だ。
「ったく、お前もアイツもお節介過ぎんだよ」
「それは君も似た様なものでしょう?」
「俺が?」
「ええ。探偵なんてお節介な人間の代名詞みたいなものだと、昔黒羽君に言われた事がありますよ」
「………」
確かに否定は出来ない。
人が心の奥に抱えておきたい秘密を暴き出して見せる無礼者同士だといつぞや自分も彼に言われた事がある。
だとしたら、彼もそして彼も自分も皆お節介なのかもしれない。
「でも、安心しましたよ」
「ん?」
「思ったよりも元気そうで」
「…まあ、な……」
気遣う様に微笑まれ、新一は何かを誤魔化す様に曖昧な笑みを浮かべる。
傷付いていないと言えば嘘になる。
苦しくないと言えば嘘になる。
でも、それでも―――。
彼は『友人』としてでも、傍に居てくれる事は確かで。
この目の前の優し過ぎる友人は、こうして事ある度に心配してくれて。
きっと幸せだと思う。
『真実』を見詰める探偵である自分が『嘘』を吐いたにしては、これは上々過ぎる結果だ。
「俺が快斗にした事を考えたらさ…多分、俺には何も言う権利はないんだ」
「工藤君…」
諦めを口にする新一は、新一らしくないと白馬は思う。
それでも、白馬の隣でそんな風に言って笑う新一の笑みは、決して自嘲だけを含んでいる訳ではなかった。
諦め。
期待。
絶望。
希望。
様々な感情の入り混じったその笑みに、白馬は紡ごうとした言葉を飲み込んだ。
新一はもう決めている。
どれだけ切なくても、苦しくても、快斗の傍に居る事を選んだ。
それはその笑みと、そして淡い色を湛えたその瞳が物語っていた。
だとしたら、白馬にはもう言うべき言葉は無い。
出来るのは、こうやって少しばかり話を聞いてやるぐらいだ。
「アイツさ、優しいんだ。優しくて…残酷だ」
「…そうですね」
白馬も。
新一も。
どれだけ快斗が優しくて、どれだけ快斗が残酷か知っていた。
「でもさ、…それでもアイツの事好きなんだから、俺も相当終わってるよな」
「まあ、黒羽君を好きになってしまうというのは、仕方ないのかもしれませんね」
「…仕方ない?」
「ええ」
ことん、と小首を傾げて見せる新一を白馬は素直に可愛いと思う。
想いは未だ消えないが、それでも、今は冷静にそして親友としてそんな彼を微笑ましく思う事が出来る。
「彼は“謎”の塊みたいな人間ですからね。僕ら探偵がどうしたって興味を抱いてしまうのは仕方ないでしょう?」
にっこり笑って、それでも瞳の奥に悪戯を告げる子供の様な彩を含ませた白馬に、新一は一瞬呆けて、そして苦笑した。
「そうだな。確かに俺達探偵にはアイツは魅力的過ぎるかもな」
「ええ」
「…って、お前もそう思ってるのか?」
同意した新一の目に僅かばかりの嫉妬が籠ったのに苦笑して、白馬は緩く首を振る。
「僕はただ、友人としてそう思っているだけですよ、それに…」
「?」
「僕はまだ、工藤君の事が好きですから」
「っ……///」
忘れていた訳ではない。
白馬とは一時でも『恋人』だった。
それが例え偽りだったとしても、あの優しい時間は確かに事実だった。
頬を僅かに赤く染めた新一を優しい瞳で白馬は見詰め、伸ばしかけた手を理性で無理矢理押し止めた。
「でも僕は、君と黒羽君の事を応援していますから」
「白馬…」
「それが…君と黒羽君を欺いた僕の出来るただ一つの罪滅ぼしですよ」
「違う…お前が悪い訳じゃ…」
慌てて口を開いた新一の言葉を封じる様に、白馬はシッとそっと人差し指を口元に当てた。
「工藤君。コレは僕の罪です。誰かに押しつけていい物じゃない」
「…でもそれは……」
「切欠は君の想いと、黒羽君の鈍感さであったとしても、全ては僕自身が決めた事です。
だから、それを君がどうこう思う事はないんですよ。そんな事よりも…君は君自身の罪滅ぼしをすればいい」
「俺自身の…」
「ええ。君の一番大切な人に…」
「……そう、だな……」
思わず零れ出しそうになった涙を押し止めて、新一は無理矢理口元に笑みを掃いた。
その笑みが白馬の目には痛々しく映ったが、それでも、もう手を伸ばす様な真似はしなかった。
きっと一生続くこの絶妙な距離感は、その時その瞬間に確定した―――。
to be continue….