甘く優しく
彼を傷付けず
ただ優しい
真綿の様に
彼をそっと
包み込めたら良かったのに…
我が心に君深く【10】
「そっか…。分った」
悠然と微笑んだ新一の真意を快斗が知る事は出来ない。
でも、新一が押し止めておきたいというのなら。
それを快斗に告げる事を望まないというのなら、快斗はもうどうする事もできない。
だからそう言って、同じ様に微笑んでやる。
「新一がそう言うならもう聞かないよ」
きっと新一が考えている事は、快斗が予想している事とそう変わらないだろう。
それならば、それを新一が言う事を望まないというのなら、それでいい。
「さて、じゃあ俺はそろそろ帰るかな」
「えっ…?」
その話はそれでお終い。
そう言う代わりにそう言って腰を持ち上げかけた快斗に、新一は小さく声を洩らした。
新一のその意外そうな声と表情に、快斗は少しばかりの複雑な思いを抑え込んで、努めて優しく微笑む。
「調子も良くなったみたいだし、俺の役目はお終い。だから帰るよ」
「そっか…」
寂しげに伏せられる目も少しだけ落ちた肩も、全部全部愛おしいと思えたけれど、触れそうになる手を快斗は必死に抑え込む。
ああ何て―――自分は酷い人間なんだろう。
「まあ、今日はあんまり無理すんなよ」
ぽんぽんと軽く頭を撫でるだけに抑えて、快斗は今度こそソファーから腰を持ち上げた。
そうして、玄関まで見送るつもりなのか腰を上げかけた新一を視線だけで制する。
「いいよ。そのまま休んでな」
「でも…」
「いいから。じゃあ、また月曜日」
「あ、ああ…」
ひらひらと手を振って、何の躊躇いもなく別れを告げた快斗の背中を新一はジッと見つめる。
そうして、快斗がリビングの扉を閉めて視界から居なくなった頃、詰めていた息を漸くゆっくりと吐いた。
心配してくれただけでいい。
こうして少しだけでも会いに来てくれただけで幸せだ。
小さな小さな幸せを胸の中に一生懸命に集めて、自分を納得させる。
望むものは余りにも遠く。
今手にあるものは限りなく小さく。
傍にあった優しさは余りにも愛しく。
離れて行った温もりは余りにも寂しく。
永遠に―――赦されない『罪』を犯した事に今更気付いた。
「…何やってんだかな……」
昼間のこんな天気の良い中を歩くなんて気分にはなれなくて。
快斗は新一の家の近くでタクシーを拾うと、真っ直ぐ自分の隠れ家へと直帰した。
一人きりの部屋で、ソファーの上クッションを抱え独りごちる。
彼の温もりには敵う筈のないそれでも、抱えていないよりはまだましだった。
彼を心配していたのも本当。
彼が薬を飲まずにああなっていると予測していたのも本当。
だから、彼を心配して行ったのは嘘ではない。
でも、一つだけ彼に言っていない事があるとしたら、それは―――。
―――彼にどうしても逢いたくて堪らなかったという事。
会いたくて。
逢いたくて。
堪らなくて。
ただ顔が見たかった。
ただ傍に居たかった。
それだけで満足して帰るつもりだったのに、自分がしたのは余りにも残酷な事だけ。
彼の戸惑いも。
彼の困惑も。
そして、彼の望みも。
自分は全部全部知っている癖に、狡い『傷』を盾にして、それを素知らぬ振りをして見せる。
ああ、こんなにも――――自分の中身が腐っている事になど、気付かなければ幸せだったのに。
彼に出逢って気付いた。
こんなにも自分が何かに執着する事があるのだと。
彼に出逢って気付いてしまった。
こんなにも自分が醜い感情を持った人間だという事。
こんな感情彼に出逢わなければきっと一生気付く事なんてなかったのに―――。
「出逢わなければ…幸せだったのかな……」
口から思わず零れ出した言葉は―――余りにも辛辣な『もしも』だった。
to be continue….