『友人』から『親友』へ
『親友』から『想い人』へ
そうしてまた、もう一度…
『友人』としての二人から
また一歩ずつ初めていこうか?
我が心に君深く【1】
「ふんふーん♪」
「……何か、ご機嫌だな、お前…」
「そりゃそうでしょ。工藤と飲みに行けんだよ? 嬉しくない訳ないじゃん♪」
「…そりゃ良かったな……」
授業が終わり、教室を出た所で、いい感じに鼻歌なんぞ歌って下さった快斗に新一はそれ以上突っ込むのは止めた。
昨日の今日だというのに、本当にこの切り替えの早さは何なのだろうか。
これでは、気にしまくっている自分が馬鹿みたいだと思う。
彼が好きで。
彼を愛していて。
昨日は確かに自分は彼の腕の中に居て。
甘い甘い一時を過ごして。
けれど、彼を傷付けた事も、彼の中の蟠りも分っていたから、彼の『もう一度最初から始めよう』という言葉に頷いた。
だから、正直な所………傷付いているのだ。少なからず。
好きで仕方なかった人に漸く想いを告げられて。
お互いに両想いになって…。
けれど―――関係は未だに『親友』…否、それよりも恐らく下であろう『友人』
その証拠と言わんばかりに、快斗は新一の呼び方を『工藤』と戻した。
それは……胸にぐさりと刺さった。
新一だって分ってはいた。
それは自分が犯した『罪』に対する『罰』なのだと。
それでも……苦しくない訳ではない。
でも――――彼の横にこうして居られるなら、その苦しみさえ、痛みさえ甘美だった。
(駄目だ…。俺、相当重症だ……。終わってる……ι)
苦しくて、痛くて。
でもそれが心地良いだなんて……本当に終わっている。
「工藤?」
内心で思った言葉に思いっきり溜息を吐けば、横からことんと首を傾げた快斗が新一の顔を覗き込んでくる。
その表情さえ愛しいと思うのだから………もう、重症を通りこして末期だ。
「どうかしたのか?」
「……ナンデモナイ」
駄目だ。
こんな事ではいけない。
新一だって決めたのだ。
もう一度快斗と『友人』から始めるのだと。
だから―――。
「んで、何処行くんだよ」
努めて冷静に、平静を装って、不機嫌そうに快斗にそう言ってやる。
そう。これでこそ自分だ。
「んー…そうだねぇ…何処行こっか?」
「…結局決めてねえのかよι」
「いや、だってさぁ…」
「ぐだぐだ言ってねえでさっさと決めないと、帰るぞ?」
「………あ、そうか! その手があった!!」
ぽんっとまるで漫画でやる様に手を打って、快斗はにこっと表情を輝かせた。
それに新一は若干嫌な予感を覚える。
「……何だよ」
「帰るんだろ?」
「え?」
「だったら、工藤の家で飲めばいいじゃん♪」
「………」
快斗の提案に、新一はそりゃもう見事に固まった。
頭に思い浮かんだのは、家で快斗と飲んだ時の事。
抱き上げられて。
寝室まで運んでもらって……。
あの日あった色々な事を思い出して、頬がじわりと熱を持つのが自分でも分った。
「工藤、どうした?」
「……なんでも、ない……」
「もしかして…こないだの事思い出しちゃったとか?」
「っ……///」
思いっきり否定してやりたいと思うのに、新一の口から言葉は出てこず、肯定するかの様に頬に余計に熱が集まる。
その様子を快斗はニヤッと笑って見詰める。
「工藤ってば、ホント俺の事好きだねv」
「っ……るせー……///」
「はいはい。そういう可愛くない事言わないの」
よしよし、なんて頭を撫でられたら、もう駄目で。
新一は赤い顔を隠すように、少し俯く。
あぁ…駄目だ。
『友人』に戻ろうと思った矢先にコレだ。
だって仕方ない。
好きで、好きで堪らない人が――――今隣に居る。
「でも、だったら……今日は止めとくか?」
じんわりと、心が熱くなった刹那、酷く真面目な声でそう言われて。
新一は慌てて顔を上げた。
その瞬間―――しまった、と思った。
視線の先にあった快斗の顔は、悪戯が成功した子供の様な、それはそれは楽しそうな顔をだったから。
「そんなに…俺と一緒に居たい?」
「っ……!///」
嵌められた、と思った。
きっと自分は必死な顔をしていたのだろう。
それを見越して快斗は自分にそんな事を言ったのだ…。
全くもって………この男、性質が悪い。
「本当に、工藤は可愛いねv」
「可愛いって言うなっ……!///」
もう一度よしよしと撫でられて。
新一は悔し紛れに思いっきり右足で蹴りを入れてやったのだった。
「何買ってく?」
「んー……そうだなぁ。やっぱチーズは外せないだろ」
「そうだね。あ、新商品のチョコ売ってる〜♪」
「ホント、お前甘い物好きだよな……」
帰りに途中のコンビニに寄って。
ぷらぷらと陳列棚を眺めていく。
勿論、カゴを持つのは快斗の役目だ。(場所代分労働をしろという工藤様命令 by快斗)
「いーじゃん。美味しいよ? 特にチョコアイスとか最高vv」
「……いらねー」
「あ、酷っ! 工藤! チョコアイスを馬鹿にする者はチョコアイスに泣くんだぜ?」
「………」
何だか物凄く得意気に言われても、正直チョコアイスに泣く日が来るとは思えず、新一は無言で視線を快斗から商品棚に戻した。
「おい、工藤! シカトすんな!!」
「くだらねえこと言ってるからだろ」
「くだらなくないだろうが! 俺はチョコアイスの重要性をだなぁ…」
「いいから、早くつまみを選べ」
「うっ……。いーけどさ…どーせ工藤にチョコアイスなんて必要ないだろうけどさ……」
横でイジイジといじける快斗を見詰めて、新一はふむっと奇跡的なラインを描く顎に手を当て、考える。
自分は甘い物に対しては大して興味が無い(というか、あんまり食べない)のだが、そんなに快斗が言うのであれば実はもしかしたら気が向けば(…)美味しいと思う事もあるのかもしれない。
一応、物は試し、という事もある。
「わあった。俺の分とお前の分のチョコアイスも買っていいから、先にさっさとつまみを選べ」
「えっ……?」
新一の意外な言葉に、快斗はぱしぱしと瞬きを数度して、ものすごーく失礼な事をのたまって下さった。
「ど、どうしたの? 工藤、具合でも悪い?」
「何でだよ」
「だっていつもの工藤だったら、
『俺の傍でそんな甘ったるい物食うな』とか『そんな物見てたら気分が悪くなる』とか『食ったら近寄るな』とか言いそうなのに…」
「……お前の中の俺のイメージはそんななのかよ…ι」
何だかあんまりな言われ様に、がっくりと肩を落とした新一。
それでも快斗は失礼な発言(…)を止めなかった。
「だって『工藤』だよ?
あの苦くて真っ黒な物体が大好きな工藤が、だよ? チョコアイスなんて食べてる姿想像出来る訳ないじゃん!!」
「………黒羽。買いたくないなら俺は無理に買えとは言わないが?」
そりゃもうにーっこりと、極上の天使の笑顔で言われて。
快斗はしまった!と慌てて口を押さえた。
こういう笑顔の新一はそりゃもう極上に美人さんだが、そりゃもう極上に………怖い。
『怪盗キッド』なんてものをやっている自分の背筋に悪寒を走らせてくれるぐらいなのだから。
「め、滅相も御座いません!! 是非、是非買わせて頂きます!!」
「ん」
宜しい、という言葉が後に続きそうな返事を当然の様にして、新一は手近にあったカマンベールチーズをカゴに放り込む。
どうやら、何とか危険な事態(…)は免れたらしい。
ほっと胸を撫で降ろして、快斗も近くにあった焼きイカをカゴに放り込んだ。
「………」
「ん? どうした?」
快斗がカゴに放り込んだイカをじっと見詰めている新一に快斗は首を傾げる。
「工藤、イカ嫌い?」
「いや、…」
「じゃあ…」
「お前、さか…」
「わぁわぁ!! 言うな!! それ以上言うな!!」
「んぐっ……」
物凄い勢いで、口を塞がれて。
もごもごと言葉を紡ごうとした新一に、快斗はぶんぶんと首を激しく横に振った。
「言うな! 言うんじゃない!!」
「………せっ…」
小さく、離せ、という言葉が聞こえて。
快斗はじっと新一の瞳を見詰めれば、こくっと小さく新一が頷いた。
それに漸く快斗は新一の口を封じていた手を離した。
「苦しいだろうが」
「ごめん…」
「まあ、いいけど…。つーか、お前イカは平気なんだな」
「……アイツみたいにいっぱい鱗とか付いてたりしないもん」
「……鱗」
「鱗が付いてたり、あんな死んだ……みたいな目とか、変なぱくぱくする口とかついてないもん!!」
「………」
嫌いな割には良く特徴を捉えた表現だ。
しかもしっかり、死んだ『魚の様な』目、という大事な部分はちゃんと抜かしてある。
流石はIQ400なんて本当か嘘か分らない様な馬鹿みたいな脳を持つだけはある。
嫌いなモノでも、その頭脳はしっかりと観察をし、嫌でもしっかりと記憶は残っているらしい。
「はっ……! いや、あの……べ、別にそ、そこまで苦手な訳じゃないんだけど……」
相当暴走していたのに気付いたらしい。
確かに語尾に『もん』とか付けたりしちゃっていたのだから、本人としては結構恥ずかしいのかもしれない。
何だかものすごーく恥ずかしそうに、少し俯きながらごにょごにょとそういう快斗を新一は可愛いと思う。
可愛いとは思うが……。
(いや、めちゃめちゃ苦手じゃねえか……ι)
思わず内心ではそう突っ込んでしまった(爆)
「……そういう事にしといてやるから、とりあえず他選ぶか…」
「うん……;」
ほんのりと涙目なのには気付かなかった振りをして。
新一はぽいぽいと手近なつまみを次々とカゴに放り込む事で、その事態を誤魔化してやった。
「……工藤」
「ん?」
「お前、買い過ぎ……」
コンビニの袋3つ。
しかも一番大きいサイズ、を持ちながら快斗は呆れたようにそう言った。
「別にいいだろ。足りなくなるより多めに買ってた方が」
「いや、そりゃそうだけど…」
普段の新一の食べる量を思い返して、快斗は溜息を吐いた。
どう足掻いても、新一は小食で。
普通の食事ですら『量が多過ぎる…』とぶちぶち言っているのをよく聞く。
その工藤が、足りなくなる程食べる事態なんて…正直想像がつかない。
「まあ、残ったらお前が持って帰ればいいしな」
「………」
(ああ、知ってたさ! 知ってたけどさぁ……;)
相変わらずな女王様っぷりに何だか泣けてきた。
でも、何だかそれが新一らしくて笑えてもくる。
正直な所、今日一番に新一に会った時の新一の戸惑いっぷりを何と表現すればいいのか。
寂しさと。
悲しさと。
戸惑いと。
ほんの少しの喜びと。
向けられる視線が辛そうに歪むのを見ていられなかったのは快斗の方だ。
だから何とか茶化して。
普段の新一をどうにか引き出そうと思って。
どうにかこうにか、今こうして普段通りの新一の様子に酷く安心している。
『友人』としてもう一度最初から始めようと言ったのは自分だ。
お互いの気持ちを分っていて、そんな事を言うのは酷だと快斗とて分っていた。
でも、それでも…。
新一をもう一度ちゃんと信じられる様になりたい。
もう一度ちゃんと信じられる様になって、そうして新一の気持ちを信じられる様になって。
そうしたら―――もう一度ちゃんと、新一に好きだと言って、そうして好きだと言って貰おうと決めた。
中途半端な付き合いがしたい訳ではない。
願うのは――――ずっと、それこそ一生彼の隣に居る事。
だから……彼の言葉を自分が心から信じられる様になる必要があると思った。
それにはきっと…もう少し時間がかかる。
「なあ、工藤」
「ん?」
「……いや、何でもない」
クスッと小さく笑みを零した快斗に新一が首を傾げる。
そんな新一に、快斗は心の中だけで小さく呟いた。
――――新一。俺はお前が、大好きだよ……。
to be continue….