自分の生まれた日
 そして大切な人に感謝をする日

 その日が重なる事なんて
 初めてじゃない

 その日が重なる事なんて
 これが最後じゃない


 それでも何だか
 酷く皮肉の様に思えたんだ…










 父に捧ぐ詩










「今年は……日曜か」


 5月から6月に移り変わる頃、快斗はカレンダーを捲り一人呟いた。

 毎年幼馴染から『誕生日は皆でパーティーするんだからちゃんと空けておいてよね!』なんて念押しされてしまっているから、きちんとカレンダーに予定を書き込んでいる。
 自分の誕生日を自分でカレンダーに書き込むのもどうかとも思うのだが、まあ、悪い気はしない。
 大切な幼馴染が自分の誕生日を祝ってくれようというのだから、悪い気がする筈がない。

 けれど今年は―――その誕生日の日付のすぐ横に『父の日』と小さな青い字で書いてあって、少しだけ気が滅入る。


 父を亡くしたのはもう9年も昔。
 去年の誕生日には、あの部屋を見付け―――俺がキッドになった。


 父の日なんて毎年やってくるもので。
 15日から21日の間にやってくるのだから、それが自分の誕生日と重なる事なんか何度でもある訳で。

 それでも…今年は何だか酷く気持ちが滅入った。


 大切で大切で堪らなかった父親。
 憧れで、目標で、未だ追いつけたとは言えない人。
 そして……初代の怪盗キッド。

 去年の誕生日、俺はあの部屋を見付けた。
 キッドになったのは俺の意志。
 それは間違いない。

 けれど時々思う。
 ――――おやじは、俺にキッドを継がせたかったのか。















 ――――おやじは、俺を犯罪者にしたかったのだろうか…?








































「……今夜もハズレ、か……」


 高いビルの屋上。
 危なげもなくフェンスの上に立って、月に今夜のお姫様を翳す。
 月に美しく輝くブルーの石にも目指す紅は見付けられず、その瞬間その石はその辺に落ちている石と同じ価値しか持たなくなった。
 それはいつもの事なのに、それでもやっぱり落胆は隠せない。

 こんな時思う。
 神様なんて本当は居ないんだって。

 誕生日だからもしかして、なんてありもしない奇跡を思わなかったかと言われれば嘘になる。
 誕生日にキッドになり、誕生日にキッドを終える。
 そんな夢みたいな奇跡、願わない訳じゃない。

 そうしたら――――。


「名探偵に告白でもしたのに…」


 蒼い蒼い綺麗な瞳を持った極上の宝石。
 その瞳はいつだって冷たく自分を切り刻んでくれそうで、ぞくぞくする。

 スリルと謎と冒険が大好きな名探偵。
 小さくなって、少しは反省とか慎重とかいう言葉を覚えても良いと思うのに、いつだって無茶ばかりする人。

 面白いと思えた。
 純粋に。

 愛しいと想えた。
 心から。


「あーあ…。また来年かなぁ…」


 クスッと笑みが零れる。
 別に誕生日だから見つかるなんて思っていない。

 それでも、そんな奇跡を願わない程大人にはなれない。
 だって自分は―――唯の『子供キッド』なんだから。



「…こんな事なら、名探偵にも招待状出しときゃ良かった」



 もしかしたら、パンドラが見つかるかもしれないなんて思ったら、流石に彼を呼び出す気は起きなかった。
 伝説上のモノだから本当にあるかも分らないけれど、もしも万が一見つかったとしたら。

 どうやって不老不死になるか分らない。
 本当にそんな事起きるか分らない。

 でも逆に言えば、パンドラの箱は開けるまで中身が分らないのだ。


 もしも、もしもそれを開けてしまって、近くに居る名探偵にもしも何かあったら。
 きっと自分は生きていけないと思う。
 彼に何かあったら……自分はきっと自分自身を呪い続けるだろう。

 唯でさえ、身体が小さくなるなんてまるでお伽噺の呪いをかけられた様な状態なのだ。
 これ以上何かを背負わせる事なんて絶対にしたくない。
 叶うなら―――全ての危険から彼を遠ざけてやりたい。

 まあ、自ら危険に飛び込んで行く人だから、そんな事は出来ないけれど…。










「あーあ。誰も追いかけて来ないなんてつまんねえな…」


「ったく、そんな言葉中森警部が聞いたら泣くぞ?」


「!?」










 ぼそっと呟いた声に、思わぬ返事が返って来て慌てて振り返れば、そこには思い浮かべていた彼の姿。
 蒼い蒼い極上の宝石。


「な、何で名探偵がここに!?」
「お前しかあの暗号の正しい答えをくれないだろうからな」


 どうして暗号を知っているのかと聞こうとしたところで、回答が分り切っているのを悟った怪盗は口を噤んだ。
 彼がいるのは探偵の事務所だ。
 どこからかそれが持ち込まれても決して不思議ではない。
 それを彼が目にするのだって。


「名探偵だけだよ、ちゃんと解けたのは」


 ふわりと音も立てずにフェンスから降り立って。
 正解を待ち望む彼に、きちんと解答を与えてやる。

 日時も場所も、他の奴らはみーんな見当違いの事ばかり言っていた。
 だから本当は違ったのだけれど、それでも逆にそっちに乗ってやった。

 だから、誰も解けていないのを承知で帰りは此処に寄った。
 逃走経路として暗号に織り交ぜておいたこの場所に。
 誰も解けてないと―――そう思っていたのに。


「だよな。おかしいと思ったんだ。皆全く見当外れの事言うし…」
「俺も暗号に書いてない様な場所で盗んだし?」
「ああ、まるで…」
「わざと俺がそっちに乗ってやったみたいだって?」
「……やっぱりそうだったのかよ」


 少し不機嫌そうに言った探偵に、怪盗はウインク付きで言ってやる。



「だって予告状を出したのに、誰も居ない所で盗んだって仕方がないだろ?」



 そう、こんな事は何度かあった。
 本当の意味とは違う予告を果たす事は何度か。

 けれど、それもこの名探偵が現れてからはずいぶん減った。
 彼は―――自分の出す予告状ラブレターをきちんと読み解いてくれるから。


「まあ、そりゃそうだけどさ…」
「名探偵。お願いだから早く元の姿に戻って、俺の捜査に参加してくれよ。そうしたら俺のこんな苦労も少しは減るから」


 それは本音だった。
 建前で、本音だった。

 苦労は減るが、別の苦労は増える。
 だって、彼相手じゃ自分の全力を出さないと勝てない事は分っている。


「お前な…探偵にそんな頼み事するなよ;」


 呆れた様に溜息を吐く彼に怪盗は笑う。
 だって仕方ない。
 大変だって分っていたって、苦労するって思っていたって―――彼との追いかけっこはいつだって楽しいから。



「いいじゃん、名探偵。今日は俺―――プレゼントを強請ってもいい日なんだから」



 何故だろう。
 そんな事言うつもりなんて全然なかったのに。

 ちらっと時計を見て、日付がその日になったのを確認したら、何だか口からそんな言葉が零れ落ちてしまった。
 それに目の前の探偵は一瞬ぽかんとして、そして次の瞬間、頭を抱えた。


「お前、そんなトップシークレット…」
「いいじゃん、名探偵。お前だけだよ」
「いい訳ねえだろ! 探偵にそんな…」
「いいんだよ。お前だからいいんだ」


 探偵には、嘘を吐きたくなかった。

 こんな姿で。
 自分は犯罪者で。
 嘘に嘘を重ねた様なこんな自分でも―――。

 一つぐらい彼に真実を言いたかった。



「…プレゼントなんて用意してねえからな」



 馬鹿だと言われると思ったのに、返ってきたのはそんな言葉で。
 その言葉に、何だか酷く笑えてきた。


「ホント…名探偵って面白いね」
「別に面白い事なんて言ってねえし。
 つーか、自ら誕生日を教えてくれるどっかの怪盗の方が面白いと思うけど?」


 いつかの事件の時は、ベリッとはがして素顔なんて見せてくれるし。
 いつかの事件の時は、素顔で自分の振りをするなんて芸当を見せつけられたし。

 そんな中で、誕生日まで教えてみせるなんて――酔狂にも程がある。


 そんな事は怪盗にも分っていたけれど、相手は名探偵。
 現場以外できっと捕まえようなんて思わない事は分っていたし、現場で捕まる様なヘマはしないと思っている。

 だからそんな事―――全然平気。



「名探偵だから、特別vv」



 大切な人だから。
 大好きな人だから。

 嘘で塗り固められた自分の中の真実を一つでも多く知って欲しいと願った。
 それだけの事。



「……後悔すんなよ?」



 口の端を持ち上げるだけの皮肉めいた笑みも、彼の口元に浮かぶとそれだけでゾクゾクする。

 手に入りそうで手に入らない至宝の宝石。
 いつか手に入れてやりたいお姫様だ。


「しないよ。それからさっきのだけど…」
「?」
「プレゼントならもう貰ったよ。
 ―――名探偵が今日ここに来てくれたのが、俺にとっては一番のプレゼントだから」



 自分の生まれた日に、一番最初に逢えたのが自分が一番想っている人だなんて。
 さっきまで信じても居なかった神様を信じてもいいと思うぐらい奇跡だと思う。


「…バーロ」


 短く言われた言葉の響きが怪盗には、酷く甘い睦言に聞こえる。
 彼の頬がほんの少し赤く色付いた様に見えたのは、自分の想いが見せる幻か。



 そんな可愛らしい彼を見詰めながらふと頭の中でもう一つの日付が来た事を思い出す。
 ああ…今日は父の日だ。


 おやじがどういう意図を持ってあの部屋を残し、そしてあの日開く様にしておいたかなんて、あのテープがワカメになってしまっていたから今では永遠の謎になってしまった。
 今はもう初代が何を思い、何を悩み、何を残そうとしたのか誰も分らない。

 もしかしたら自分は最初からキッドになる事を義務付けられていたのかもしれない。
 もしかしたら自分は最初から犯罪者にする為に育てられたのかもしれない。

 あれだけ自分を愛してくれた父親だから、それはきっとないと思うけれど。
 それでも心の中の疑念はきっとずっと晴れる事はないだろう。
 敬愛の中に僅かに混じる、愛憎という感情を消しさる事はきっと一生出来ないだろう。


 それでも―――自分がキッドにならなければ、こんな風に彼と出逢う事すらなかった。


 『探偵』と『怪盗』
 宿敵で、天敵で、相容れる関係では消してない。
 けれど、お互いが対極だからこそ、見える事も、感じる事も出来る事もある。

 今はそれが、途方もなく愛しい。


 だから思う。
 青白い月を見上げ、大切な父を思う。













 ―――俺にキッドを継がせてくれて……ありがとう。













 自分の生まれた日、そして大切な人に感謝する日。
 それが交わる日に感じたのは…僅かな憎しみでもなく、僅かな恨みでもなく――――ただ純粋な、感謝の気持ちだった。















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