唯一失いたくないと思った人

 唯一守りたいと思った人


 自分の命を懸けてでも守りたいと思っていたのに…










【47.貴方がいなくなった日】










「快斗!!」


 その声に振り向いたその一瞬…世界が止まって見えた。

 彼が自分を庇って撃たれたその瞬間…。
 時間にすればきっとほんの数秒の出来事。

 けれど俺にはそれが何時間にも感じられた。

 何もかもがスローモーション。
 撃たれた胸を真っ赤に染め上げた新一が、自分の方へと倒れこんでくる。

 ゆっくり…ゆっくりと…。


「新一!! 新一!!」


 その身体が腕の中に沈んだのが合図だったかのように時が再び動き出す。
 しかし、その時の流れは…現実は余りにも無情で…。


「うるせーな。耳元で叫ぶんじゃねえよ」


 腕の中の新一は何時もと同じ口調で軽口を叩く。
 けれどその胸から流れ出す血は止まる事はなく、新一の息遣いは徐々に弱くなっていく。


「待ってて、すぐ哀ちゃんに…」


 慌てて携帯を取り出そうとした快斗の手は、新一の手によって制された。


「無駄だ」


 解ってるんだろ?と優しく、けれど残酷にその瞳は告げてくる。

 解っている。
 新一の傷は致命傷だ。
 例え今から彼女を呼んだところで…間に合わない。

 それは解り過ぎるほどに解ってはいたけれど…。


「ばーろう。何泣いてんだよ…」


 苦笑気味にそう言うと、新一はそっと快斗の涙を指で拭う。


「俺の…俺のせいで…」
「お前のせいじゃない。俺が勝手に庇っただけだ」
「でも…俺さえ…」

 俺さえ新一と出会わなければ…。
 俺さえ新一に手を伸ばさなければ…。

 捲き込む事などなかったのに…。


 唇を噛み締めた快斗に、新一はそっと微笑み静かに告げる。


「快斗、最後に言いたい事がある」


 『最後』その新一の言葉に快斗の身体は強張る。


「俺はお前と居られて幸せだった」

 だから…俺と出会ったことを決して後悔しないでくれ…。

「新、一…」
「お前と過ごせた日々が何よりも幸せだった」

 愛してる…だから幸せに……生きて………。


 その言葉を最後に静かに新一はその瞳を閉じた。


「新一…?」


 快斗の呼びかけに返って来るのは、もはや夜の静寂だけ。


「っ…新一…新一!! 新一!!」


 快斗は新一の身体を掻き抱いてひたすらにその名前を呼び続ける。
 けれど、どんなに泣き叫んでももう二度と彼がその瞳を開く事はない。

 暫くそうしていた快斗は新一の身体を抱き締めたまま静かにそっと呟いた。


「新一…俺も幸せだったよ…」

 新一と出会えて…。
 新一と過ごせて…。

「俺も幸せだったよ…」

 本当にこれ以上ないぐらい幸せだったんだ…。


 それはもう二度と届く事はない新一への感謝の言葉。
 自分に光を与え続けてくれた彼への最後の告白。


「だからね…俺は新一を失って生きていく事なんて出来ないんだ…」

 新一は怒るかもしれないけど、新一を失って俺が幸せに生きられる筈ないんだから。

「待っててね…すぐ行くから…」

 貴方がいる場所にすぐ行くから…。










 唯一失いたくないと思った人

 唯一守りたいと思った人

 唯一自分の命を懸けてでも守りたいと思った人

 けれど彼はもう居ないから

 この世界に自分が留まる意味はもうないから

 彼と共に逝こう

 静かに眠りに付ける場所へと…。









END.




当初の予定では快斗がそのまま残って苦悩しながら生きていく続きを作るつもりだったんですが…あまりにも辛いので変更しました(爆)
新一に庇われる快斗…逆の方が多そうだな…(苦笑)  

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